・二人目の入居希望者と会おう

 それからしばらく、秋らしい鱗雲の浮かぶ寒い日が続いた。

 最近は夕方が訪れればあっという間に夜で、これは家族でいっぱいの親元を離れた事情も加わってなのか、放課後の街を歩いているとふいに寂しいような、物足りない気分になる。


 けれど家に帰れば藤原黒那と、やんちゃなカマタリがいる。

 暖かな掘りゴタツの中で子猫が丸まって、足の甲を枕にしてくれる生活がある。


 おまけにクロナは話がとても上手だ。

 俺たちは一緒に夜を過ごすのがただただ楽しくて、毎晩眠気の限界点まで同じ居間で、同じ時間を過ごしていった。


 頻繁に妹の咲耶が遊びにくるのも相まって、最近は何か活動しているわけでもないのに、とても充実した気分が続いている。


 一言で済ませれば、俺たちは浮ついていた。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「与一、そろそろ携帯かスマホを持て。金なら俺が――」

「俺はいいよ、別に困ってないから」


 ある日の放課後、兄ちゃんから電話がかかってきた。

 『これって鈍器になるんじゃないか?』ってくらい重たい受話器を上げると、兄ちゃんは真っ先に小言から入ってきた。


「こっちが困るから言っているんだ……」

「だけどそこまで兄ちゃんに甘えられないよ。で、そんなこと言うために電話したの?」


「違う。こっちも突然のことなのだがな、これからそっちに、新しい入居希望者が行く」

「それ本当かっ!?」


「ああ、良かったな。最初は俺も不安だったが、どうにか軌道に乗せられそうだな」

「そうだね……。あ、それで、今日なの?」


 クロナのときもそうだったけど、突然の展開が多い。

 兄ちゃんが言う通り、スマホだけでも持った方がいいのだろうか。


「16時半にそっちに行くそうだ。名前はチャバタケさん、念のため確認したが今度は成人だ。失礼がないようにな……?」

「それはこの前も聞いたよ。ちゃんとやるって」


「信じてるぞ。……で、フジワラさんとはどうなんだ?」

「え、どうって?」


 突然、話題が変わって驚いた。兄ちゃんはしばらく口ごもり、慎重に言葉を選んでいる。


「与一、間違いは冒していないな……?」

「はぁっ!? 俺がクロナに変なことするわけないだろっ! したくても出来ないよ、立場上!」


「む……。したい気持ちはあるのか……」

「兄ちゃん! 俺の目的はこの家を守ることだ、もし彼女に手を出したら台無しになる!」


 心外だった。一緒にこの家を守ろうと決めたのに、兄ちゃんは俺が彼女と怪しい関係になると疑っている。


「そうは言っても、お前も年頃だからな……」

「はいはい、年頃で悪かったな」


「与一、フジワラさんは魅力的な子だろうが、節度は守れ。わかったな?」

「わかってるってば……。準備しないといけないから、そろそろ切るね」


「本当に大丈夫か? 確かお前、巨乳が好きではなかったか?」

「なっ……。弟の性癖把握してる兄の方がっ、どうかしてるってのっ!」


 話を打ち切って受話器を戻し、お節介な兄ちゃんにちょっとだけ脱力した。

 昔、兄ちゃんのスマホで勝手にアレコレしていたのが、実はバレていたのだろうか……。


 知りたくもない答えを頭の奥へと追いやって、俺は軒先を簡単に掃除することにした。

 間もなくして、渦中の存在であるクロナが帰ってきた。今日も胸のボタンがガバガバだった。


「ただいまー、与一♪ 出迎えごくろう、えへんっ」

「何言ってんだ。それよか、これから隣の部屋の入居希望者がくるぞ」


「え……」


 バックを抱えたままギャルが固まった。

 まあおかしくもない反応だ。緊張しない方がどうかしている。


「ねぇそれって、ちゃんとした人かな……?」

「それは会うまでわからないな。とにかく話してから決める」


「そうだね……」

「心配するな。危なそうな人だったら入居を断るつもりだ」


 そう笑い返しても、彼女の表情は暗いままだった。

 そんなに人見知りするタイプじゃなかったはずだけど、どうしたのだろうか。


「はぁ、もっと満喫しておけばよかったなぁ……」

「何をだ?」


「なんでもないよ。その人、面白い人だといいねっ!」

「そうだな。名前はチャバタケさん、これから会うんだけど、よかったら一緒に立ち会ってくれるか?」


「……ん、相手に悪いし遠慮しておく。うち買い物に行ってくるね!」

「残念だ。わかった」


 クロナの学生カバンを受け取ると、手と手が触れ合っていた。

 こっちが驚いて小さな声を上げると、クロナがおかしそうに笑顔を花咲かせた。


「ふふふっ、チャバタケさん、良い人だといいね! じゃ、また後で!」

「車に気を付けてな」


「そんなに子供じゃないってば!」


 からかわれるかとヒヤヒヤした俺がバカみたいだ。

 クロナの後ろ姿はどことなくご機嫌で、何度も子供みたいに後ろを振り返ってくれた。


 俺は俺の仕事をしよう。歓迎の準備を整えて、新しい入居希望者のハートをゲットしよう。

 女の子との触れ合いに舞い上がる男子高校生としてではなく、一人の管理人として。

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