・入居希望者チャバタケさんの正体
別にダジャレじゃないけど、居間で今か今かと来客を待っていると、予定より10分遅れて玄関のチャイムが鳴った。
学生だからって甘く見られないようにちゃんとしよう。
俺は兄ちゃんに半分なりきるくらいの気持ちで、玄関の引き戸を開いた。
ところがそこに現れた意外な容姿に、いきなり虚勢が揺らぎそうになっていた。
「初めまして、チャバタケです」
「あ、はい……ど、どうぞ……」
どんな人かと思えばそれは40歳近いおじさんだった。
しかも白髪交じりの髪に紫のメッシュを入れていて、どこからどう見ても会社勤めの人間には見えなかったので、非常に驚いた……。
「コーヒーと紅茶、どちらがいいですか?」
「ん……んー、どっちもいけるぞ?」
いや、そう言われてもこっちは困るんだけどな……?
「じゃあ、コーヒーにしますか?」
「いや、紅茶で頼む。そういやしばらく飲んでねぇ」
丁寧語だったのは第一声だけで、彼はちょいワルオヤジっぽい外見そのままの口調になっていた。
ちょっと変わってるな、この人……。
兄ちゃんが手配してくれた一つ当たり40円のティーバッグに、古い電気ポットのお湯を入れる。
ティーカップではなく湯飲みという点以外は、ちゃんとしていると思う。
「お兄さんから名前は聞いてるよ、与一くん。いや、感心したよ」
「うちの兄ちゃんから?」
「おう。今どきよ、お爺ちゃんの家を守りたいだなんて珍しいわ。それに目の付け所がなかなかいい。この場所なら、多少古かろうと需要があると思うぜ」
「あ……ありがとうございます。そう言ってもらえると、ちょっと安心しますよっ」
お茶を掘りコタツ机に配膳して、彼の向かいに座った。
台所側にテーブルとイスがあるけれど、この季節は寒いのであまりあっちは使わない。
「俺は茶畑薫。職業は飲み屋のバイトだ」
「飲み屋ですか。大変そうですね」
「まあな……まあ、結構大変だ。それで、俺は合格か?」
「え……。あれ、もしかして茶畑さんを値踏みしていたの、バレていましたか……?」
「何か心配事でもありそうな顔だったから、なんとなくな」
「実は、ちょっと色々ありまして……」
窓際の障子に目を向けると、そこにひっかき傷が走っている。
まずはアレから説明しないといけないだろう。彼、猫は嫌いだろうか……?
「猫がいるのか? しかし小さいな、子猫か?」
「よくわかりますね。実は……茶畑さんの隣の部屋は、ある女子高生が借りていまして……」
「マジか……。女子高生ってアレか、JKってやつか……」
「ええまあ……。猫は、その子が拾ってきた子です。その、色々ありまして……」
「はははっ、JKか、そりゃ気が気じゃねーだろ。それこそ色々ありそうだなぁ」
「え、いや……。そこはノーコメントです」
クロナにおかしなことをしそうな人なら入居を断ろうと思っていたけれど、見た目はともかく、茶畑さんは明るく親しみやすいおじさんだった。
「そんなに気になるならよ? 手、出しちまえばいいんじゃねーか?」
「バカ言わないで下さいよ……。俺はここの管理人を自負しているつもりです」
管理人と住民に関係があったら、新参の住民は居づらくなるばかりだ。
「お堅いねぇ……だが気に入った。よければ部屋を貸してくれ」
「ええっと……」
「お前さんの女に手なんか出さねぇよ」
「そ、そんな関係じゃないですよっ!?」
「ともかくここなら職場が近いんだ。それに家賃が安い上に、古き良き時代の情緒の残るいい感じの木造建築とくる。気に入ったよ」
当然だ。爺ちゃんの家はそこいらの家とは違う。
どうしようもなく古いという点だけをのぞけば、ここは最高の家だ。
俺はファイルから契約書を取り出して、コタツのテーブルに並べた。
「いつから入居します?」
「今でもいいか? 実は俺、今ホームレスなんだ」
「え、えええーっ!? それ、冗談ですよね……?」
「マジだ。私財はこのバック一つだけ、いつでも入居可能だ」
ルームシェアという性質上、色々な人がくることはわかっていた。
だけどいきなりホームレス宣言をしてくる人は、そうそういないと思う……。
「大変なんですね……」
「まあな。そこはしょうがねぇさ」
契約書を交わして、茶畑さんから今月分の2万円を受け取った。
クロナの分と合わせて3万5000だ。これだけあれば家の修繕も出来そうだった。
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