・ギャルと子猫に部屋を貸すことにした

「ねぇ……今さら、ペットはダメとか、言わないよね……?」


 その態度が明るい彼女の様子を不安に染めた。


「いや、それは……」


 俺が学校で見てきた藤原シロナと、なんかイメージが違う……。

 俺は勝手な思い込みでコイツのことを、コイツをオタク趣味を全否定してくるような、嫌なやつだと脳内解釈してきたんだが――なんか、コイツ、か弱いぞ……?


 こういう姿を見せられると、男として守らなきゃいけなくなるような、そんな気の迷いが心を乱してくる。

 だが……だが、子猫は厄介だぞ……。


「なんとか言ってよっ、マジメくん!」

「は、マジメくん!? その呼び方は止めろよなっ、言うほどマジメじゃねーし、俺!」


「だって学校じゃマジメそうにしてたし……」

「いや全然。単にそう見えるだけだろ」


「そうだったんだ……。なんかうち、勝手に付き合いがたいイメージ持ってた、与一くんに」

「ならお互い様かもな」


 人間って、自分の勝手な印象で人を決めつけるもんなんだな……。

 話してみるとコイツ、なんか話しやすいいいやつだ……。


「ねぇ、それより……部屋、貸してくれるよね……? うち、ここがいい……」


 だからそういう、か弱い顔をするな。

 庇護欲を誘われて、無条件でうなづきたくなるだろう……。


「本気か?」

「うん、本気も本気っ、気に入った!」


「けど……死んだ爺ちゃんに言っちゃ悪いが、ここって普通にボロいぞ? 隙間風とか普通に吹くし。あるのは古民家の味わいくらいだぞ? あ、そこがいいんだけどな」


 代わりに家賃15000円の格安料金だ。

 そのお金で、ここの維持さえできれば俺もそれでいい。


「だって、マジメくんなら無害そうだし……」

「人を見た目で決めつけるなよ。案外、悪いやつかもしれないだろ……?」


 こんな簡単に人を信用して大丈夫なのか、コイツ……?

 なんかますます心配になってくるな……。


「でも、与一くん以外住民いないんでしょ? なら信用できるかもわからない人の家より、同級生の家のがずっといいよっ! もし変なおじさんが同居人だったら……うち、犯されちゃうかもだし……」

「俺がお前を犯さないって保証もねーだろ……」


「ぇ……。するの……?」


 だからそのか弱い声を止めろ……。

 このタイミングでそういう声出されると、なんか、ドキドキしてくるだろ……。


「いや、何が楽しくてそんなことするんだよ。お……」


 1階の探検は終わりなのだろうか。あの灰色の子猫カマタリがコタツに座る俺の隣にトテトテとやってきた。

 そして子猫特有のカッコイイ目で俺を見上げて、何をするかと思えば、小さな爪を立てて膝に飛び乗った。


 甘えるというよりも、やんちゃ坊主の山登りだ。

 抱き上げて股間を確認してみても、性別不明だった。


「ちょ、なにやってんの……?」

「コイツ、雌?」


「わかんない……。うち、拾っただけだから……」

「ふーん……」


 ヤンチャ坊主の頭を撫でて、俺は契約に関係する書類を取り出した。

 うちの兄ちゃんが全部用意してくれたやつだ。


「あ、それ契約書……?」

「らしい。こっちとこっちに印鑑押してくれたら、たぶん契約成立」


「わかった、押す!」

「いや……ちゃんと読んでからな?」


「大丈夫だよっ、うちマジメくんのこと信用してるし!」

「そういう問題じゃねーってのっ、とにかくちゃんと読め!」


 俺たちがわいわい言い合っても、子猫のカマタリの方はのんきに膝でまどろんでいる。

 そんな無防備な寝顔に目を奪われると、彼女の早業により印鑑が二枚の書類に押されていた。


 書類に記された名前はフジワラ・シロナではなく、藤原黒那だ。それが彼女の名前だった。


 しかし未成年の印鑑って有効なのか……?

 けど今さら、やっぱ問題あるから帰れなんて言えないしな……。行くところもなさそうだ……。


「これで契約成立? 二階の一室はうちとカマタリのものっ!?」

「あ……」


 ヤバい、あれだけ兄ちゃんに言われてたのにミスってた……。


「な、なに……? 今さら文句言われても困るよっ!?」

「いや、肝心の、部屋を見せてなかったなって……」


「あ……。あー、あちゃー……」


 カマタリのかわいさと、クロナの意外なか弱さに気を取られてしまった。

 だなんて兄ちゃんには言えないな……。


「今から見せる。気に入らなかったら契約書は破棄でいい」

「……ねぇ、やっぱ与一くんって、マジメじゃない?」


「いや、そっちが大ざっぱ過ぎるんだと思うぞ……」


 二人できしむ階段を上がって、向かって右手の部屋に彼女を通した。


「こっちが15000円の方」

「ほらやっぱり、ちゃんとした部屋じゃん! ていうかかなりいい!」


「そうか? そう言われると孫として悪い気しないな……。ああ、家具はそのまま使っていいぞ。邪魔な物があったらこっちでどかすから、言ってくれ」


 私物の色の強い物は一通りどかしたので、問題はないはずだ。

 しかし変な気分だ。部屋を褒められただけなのに、気持ちがウキウキとしてきた。


「全然いいよっ、もっとボロボロの部屋イメージしてたっ! わっ、ここ眺めも最高じゃん!」

「そう思うかっ? 実は俺もそう思ってたんだ!」


 今のは態度がガキっぽかっただろうか。

 クロナのやつが真顔でこちらを見てきた。ま、まさか、これからギャルとして容赦のない洗礼を俺にぶちまける気では……。


 キモッとか、ウザッとか、カンチガイシネイデヨネー、カレシキドリウザイ! 的なやつを……!


「わー、いい笑顔するね~、少年」

「ぅっ……わ、笑ってなんかいないぞ……。ただ爺ちゃんの家を誇りに思っているだけだ……」


「あははっ、意外とかわいいとこあるじゃん♪」


 さっきまで弱々しい姿を見せていたギャルは、調子が戻ってきたのかふざけたことを言い出した。

 やはり舐められるわけにはいかない。なんとしても、キモオタ扱いだけは避けなければ……!


「やかましい。それよか1階の居間とキッチン、風呂、トイレ、洗面所は共用な。風呂はガス代を節約したいから、可能な限り順番に入ってくれ」

「おっけ、わかった! はぁぁ……それにしても、ほんとよかったよぉぉ……」


 そう言いながら、彼女は無防備にも部屋のベッドへと倒れ込んだ。

 一瞬、スカートが浮き上がって、白いパンツが見えたかもわからない……。コイツ、ギャル……だよな? ギャルって白いパンツはくものなのか?


「んふふ……どうかしたー?」

「いや……ちょっと哲学の命題が頭に浮かんだだけだから、別に気にしないで」


 何をもってギャルをギャルと定義するのだろうか。

 ラフな服装? 染めた髪? 見たところ彼女の茶髪は――どうもこれは地毛だ。


 うつ伏せに寝そべった彼女はあまりに無防備で、短いスカートから肉付きのいい足が伸びている。

 オタクな俺とは住む世界が違う子が、奇しくも同じ家に住むことになるとはな……。


 わからん。とにかくコイツは――コイツは明るくていいやつだ。


「ん……? なんか、さっきから音がしないか……?」

「ホント。なんかするね、どこだろ……」


 音の発生源は座椅子の側からだった。

 なんだろうと近付いてみると、それは――


「あっあああああっっ!? だ、ダメだよカマタリッ!」


 子猫が座椅子を使って爪を研ぐ音だった。

 悪いことをしている自覚があったのか、現場を押さえられた子猫は庇護を求めるように飛び上がり、ベッドに腰掛け直したクロナの膝に飛び乗っていた。


「思った通りの悪ガキだな、ソイツ……」

「あ、あはは、あはははは……ごめん。この子はうちがちゃんと面倒見るから、お願い追い出さないで……」

「ミャ……?」


 明るくなったり弱々しくなるギャルと、かわいい鳴き声ですっとぼける子猫を、俺は見て見ぬ振りで済ました。

 爺ちゃん婆ちゃんと座った思い出の座椅子をボロボロにされようとも、今はこの家の維持費が欲しい。


「何かあったら声かけてくれ、管理人としてやれることはやるから。……さっきのは見なかったことにする」

「ありがとう……。与一くんって……意外といい人……」


「いや、意外って部分は余計だろ」


 女の子に感謝されたり、明るく微笑まれるのに慣れていなかった俺は、部屋を離れて元の生活に戻ることにした。

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