・藤原黒那と学園祭の準備を手伝おう

 休みが明けて、放課後がやってきた。

 学園祭の実行委員はまた会議室に集められて、うちの担任から配役ごとにプリントを渡された。


「伸び伸びと自由に手伝え。って言われても困るだろうから、大まかにやることを書類にまとめておいた。後はお前らの自主性に任せたぞ」


 俺とクロナは文化部の雑用とご用聞きだ。

 プリントによると、各部室を訪ねて要望を聞き、手伝うことはないかと手伝いを願い出ろと書いてある。


 逆に言い直せば、それしか指示が出されていなかった。


「いこっか、与一」

「まずは文化部棟だな」


 会議室を離れて、俺たちは並んで廊下を歩いていった。


「知らない部室に入るのって緊張するね……」

「そうだな。だが、縁のない世界をゲストの立場からのぞけるのは、なかなかない経験かもな」


 渡り廊下を抜けて文化部棟に入った。

 まずは手前の科学部からだ。数ある部活でも、外部から見れば特によくわからん部活だった。


「ちわーっ、文化祭実行委員の方からきましたー!」

「なんでわざわざまぎらわしい言い方すんだよ……っ。……何か要望や、手伝うことはありますか?」


 部室にお邪魔すると、部の連中は大半がだらだらしながら、一部だけが文化祭の展示の準備を進めていた。

 なんか半数くらいがカードゲームをしているような……。


「あれ、ここって科学部、だよね……?」

「実行員の人お疲れ様。要望は特にないよ、展示の方もこっちで適当にやるから、他の部を手伝ってやってよ」


 3年生の部長さんやってきて、なんか開幕から気の抜ける応対をしてくれた。

 助けもいらない、要望もない。楽でいいけど、手応えがないのも寂しい。


「なあ、あのパネルになんで、ゲームのカードが貼ってあるんだ?」

「そういやそうだよっ、ここって科学部でしょっ!?」

「ああ、うちは科学部だけど、主な活動はカードゲームなんだ。だからカードゲームの展示を科学的にする」


 それ『カ』と『科』の字しかかすってねーだろ。よくそれで学校からの許可が下りたな……。

 受理したのがうちの担任なら、まあ納得だが……。


「そうですか、がんばって下さい。んじゃ、次行くか……」

「うん……自由だね、今年の学園祭……」


 俺たちは科学部の部長さんと別れて、隣の木工部に入った。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 木工部の要望:材木を買う予算が足りないので、校舎裏の木を伐らせてくれ


「いや絶対通らないってそれ……」


 部長に要望を聞いてみたら、こっちはこっちでムチャクチャだった。


「ダメかー? 一本ぐらいいいだろ?」

「いやよくないでしょ。学園祭のたびに伐採してたら、ガッコーから木がなくなっちゃうじゃん……」


「じゃあ予算くれよ。5万くらい。部全体ででっけー木彫りの彫像を作りたい」

「んなに出るわけないだろ……っ! 一応申請しておくが、5万は絶対出ない、保証する」


 文化部って、変なやつが多いな……。


「あ、それで実行委員として雑用も受け持つよ。何か手伝うことある?」

「なら木くずを焼却炉まで運んでくれ」

「ゴミ捨てかよ……。わかった、やっておく」


 散乱した木くずをゴミ袋に詰めて、ため込まれていたゴミと一緒に俺とクロナは部室を出た。

 焼却炉なんて用がなければ絶対に立ち寄らない。雑用も雑用だが、これはこれで新鮮だった。


「なんかいい匂いするね。クンクン……あ、与一の髪も木の匂いがする」

「お前は犬か……。そういうクロナだって――」


「わっわっ、与一がうちにするのはダメーッ!」

「なんでだよ……」


 いい匂いしかしないのに、クロナは逃げるように俺から距離を取った。

 下駄箱で靴を履いて、一緒に外へと出る。

 文化祭を半月後にひかえて、学校中に活気があふれている。


 焼却炉の前にゴミを置いて、俺たちは木の香りと一緒に文化棟に戻る。


「もう汗臭いガチムチの相手は嫌でござる……! なぜ我々が、やつらにこき使われなければならないのでござるかぁーっ!?」

「で、でも、り、陸上部の、お、女の子……か、かかか、かわいいんだなぁ……hshs……」

「でありますな! では、陸上部は精力的に支援してゆくということで、ここは一つ!」


「乗ったでござる!」

「生足のためにっ!」

「えいえいおーっ! であります!」


 帰り際、よく知った寝言を聞いたような気がしたが、気づかなかったことにして素通りした。

 もうちょっと欲望を包み隠せよな、お前らさ……。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 文化部は展示が主なので、仕事としては簡単だった。

 倉庫から展示用のパネルを運んだり、部屋の飾り付けが主だ。


 その後も俺たちは各部室を回って、少しでも部員たちの手が開くように雑務を手伝っていった。


「来たよーっ、ユカナ!」

「よ、よう……」


 順番に部を回ってゆくと、軽音部の部室を訪ねることになった。

 文化部オブザ文化部って感じの王道をいった部活動だと思う。


 その顔ぶれの中に、クラスメイトのユカナがなければ、俺ももっと落ち着いていられただろう。

 不良風ギャルのユカナは、俺のことを一瞥してクールに澄ましていた。


「手伝うことはある? それと、要望とかあったら聞くから言ってよ。ユカナの部ならうちが便宜図っちゃう」

「いや図っちゃダメだろ……。ぅっ……」


 ついいつものノリでツッコミを入れたら、ユカナに鋭い目で見られた。

 やっぱりこの子は苦手だ……。


「同意かな。軽音部は体育館を借りるし、贅沢は言えない。それと与一くん」

「は、はい……っ!?」


「……クロナのことありがと。卵焼きも美味しいし、与一くんのこと誤解してた……」

「お、おう……。まだあの卵焼き飽きてないんだな……」


「当然、それが最近の楽しみ。あとごめん、あいつらと付き合ってるから、てっきり与一くん、危ない人かと思ってた……」

「ぁぁ……まあ、うん……。あいつらも別に、悪気はないと思うぞ……?」


 空気を読めたら陰キャなんてやってないし。そこはしょうがない。

 ところ構わずオタトークするところが、趣味が合わない人からすれば極めてウザいのかもしれないな……。


「あ、もうキスした?」

「はいぃぃっっ!?」


 訂正。陽キャ陣営にあっても空気を読めないやつっているんだな……!

 軽音部の演奏がとたんに止まって、注目が俺たちに集まった。

 クロナか? 真っ赤になって完璧に固まってる。


「なんだ、まだなんだ……」

「あのさ、俺のいないところで普段どんな話してるの……?」

「っっ……。もうっ、ユカナッ! うちら、まだそんな……キスなんて、し、したくても、できな……」


 恥ずかしさにちっちゃくなるクロナを見て、ユカナの方はちょっと意地悪な微笑を浮かべた。

 これは手強い……。怖いというより、手強いわ……。


「与一くん、設営の準備手伝ってくれる?」

「いいぞ。なんか楽しそうだしな」


「あと、クロナとキスしてあげて」

「はいわかりました。って、できるかアホーッッ!」


「プッ……。ノリいいね。体育館いこ」


 つい勢い任せでツッコミ返すと、クール系不良ギャルがおかしそうに笑った。

 クロナが言うとおり、いいやつなのかもしれない。


「ユカナ……後で覚えてなよ、もうっ、もうーっ……!」


 残りの放課後は設営の準備だけで下校時間を迎えて、俺たちはカマタリの待つ古民家に足早に帰宅した。

 ユカナと俺は互いに壁を作り合っているだけだったようだ。


 一緒に同じ活動をしてみれば、信頼できる面白いやつだとわかって、俺たちは少しだけだが距離を縮めていった。


「ねぇ……昼間のユカナの冗談だけどさ、与一はさ……。うちと、キ、キスしたい……?」

「その質問に正直に答えたら、取り返し付かなくね……?」


「取り返し、付かなくなること、しても別に……い、いいよ……?」

「いや、よくねーよ……。俺は管理人で、クロナはお客様だ。その境界線越えちゃったら……マジで後には戻れなくなるって……」


 ユカナの例の冗談は、その後長く長く尾を引いた。

 衝動に身を任せたい。だけどそれは兄ちゃんと爺ちゃんと俺を見送ってくれた家族への裏切りだ。


 ちなみに帰りが遅かったせいなのか、その日は障子に子猫サイズの大穴が二つ増えていた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る