エミリアの申し出

「この度は大義であった。獣人国の専属ドクターであるシオン・キサラギ殿。そしてそのナースである獣人国の姫ユエル殿。竜人国の姫ヴァイス殿。そして竜人の姉妹方。諸君らの活躍は見事であった。国民を代表して私から礼を言わせてもらおう」


王国デュランダルの国王はそう私達を讃えてきた。


「いえ。ドクターとして当然の事をしたまでです。国王」


「謙遜はよい。特にシオン殿の活躍により多くの人命が救われた。私とエミリアもその命の中のひとつだ。感謝を申し上げるよりほかにない」


「ありがとうございます。シオン先生」


 エミリアが笑みを浮かべる。私もそれに微笑で応えた。患者からのお礼の言葉はドクターである私としての何にも代えがたい報酬である。


「それではシオン殿に褒美を与えよう。シオン殿及び獣人国の方々、貴公らは何を望む?」


「特に望みはありませんが……うーむ。困りましたね」


 物欲がないというのも困りものか。


「英雄に何も渡さないというのもこちらとしても心苦しいのだ。それでは王国デュランダルから獣人国の経済支援でどうだ?」


「それで構いません。やはりお金が増えればそれだけ国の医療体制は充実します。それだけでも十分に助かります」


「そうか。そう言ってもらえて助かる。他にも必要があればなんなりと申してくれたまえ、シオン殿。なにせ貴公等はわが国を救った英雄なのだからな」


「ええ。感謝します国王」


 見返りを求めてやった事ではないが、こう見返りが実際あると嬉しい事は当然嬉しい。何よりも相手の厚意が私の心を満たすのだ。


 ちなみにではあるが、ブラック・ギルドの役員及びギルド長アルバート、獣人貴族レイドールはそれなりの処遇で罰せられる予定だ。


 ◇


「くそっ! だせぇ! 俺をここからだせぇ!」


「出してください! 私をここから!」


 そこは王国の地下牢での事だった。薄暗い牢屋にアルバートとレイドール。それからブラック・リベリオンの役員達は閉じ込められている。



「くそっ! ふざけるんよ! アルバート! 貴様のミスのせいだぞっ!」


「そうだそうだ! 貴様がシオンをクビしてからというもの、我が栄光あるブラック・リベリオンの歯車が狂いだしたのだ!」


「この責任、どうしてくれるのだっ!」


「うるせぇ! 馬鹿野郎!」


 アルバートは叫んだ。


「な、なんだその口の利き方は!」


「我々は栄光あるブラック・リベリオンの役員だぞっ!」


「馬鹿野郎! 関係あるかよ! もうギルドは解体だ! てめぇらなんてもう役員でもなんでもねぇ! ただの犯罪者じゃねぇか!」


「それは私もアルバート殿も同じですが」


 レイドールは嘆いていた。


「くっ、ぐぬぬっ!」


「いいから大人しくしてやがれ! うるせぇっ! なんでも責任を人に押し付けるんじゃねぇよ! お前達の責任もあるだろうがっ! ああっ!」


「喧嘩をしても仕方ないですよ。もはや打つ手がありません。とほほですが」


 レイドールは嘆いた。


 彼等は刑が執行されるのをただただ待つよりほかにない。薄暗い牢屋の中、ただ無為に時間を過ごすだけの日々が始まったのだ。


 ◇


「シオン様。少々お時間よろしいでしょうか?」


 私はエミリアに呼び止められる。


「なんでしょうか?」


「大切なお話があるんです」


「なんでしょうか? それは。二人でなければならないような話でしょうか」


「ええ。私の部屋で二人で話をしたいのです」


 エミリアは顔を赤らめていた。


「んっ? んん?」


 ユエルは顔を顰める。何かを感じ取ったようだ。やはり種族は違えど、大きなくくりとしては同じ女性である。あるいは雌である。何かを感じ取ったようだ。


「わかりました。では伺いましょうか」


「はい」


 ◇


 場所をエミリアの部屋へと移す。あの時緊急治療を行った時は気づかなかったが小奇麗な部屋だ。女性らしいという印象は受けない。やはり剣聖である彼女らしくはあった。だが所々から感じる女性らしい匂いは私の心をドギマギさせるのであった。


「それでエミリア様」


「エミリアで構いません」


「私は人を呼び捨てにしないのですよ。何よりあなた様は王女だ。恐れ多い。ではユエルさんやヴァイスさんのようにエミリアさんとお呼びしましょう」


「はい。ではそれで構いません。シオン様」


「シオン先生の方がまだなじみがあります」


「はい。シオン先生」


「それでは本題に入りましょうか? いかがされましたか? まだどこか調子が悪いのですか? 先ほどから顔が赤い様子ですが」


 ちなみにではあるが、先ほどからユエルとヴァイスは聞き耳を立てていた。診察(スキャン)による効果、といよりは何となく感じられるのだ。


「シオン先生にお願いがあるんです」


「は、はい。なんでしょうか?」


「わ、わたしを! わたしを貰って欲しいんです!」


「ええっ!!? 貰うってどういう事ですか!?」


「それは勿論、わたしを妻として娶って欲しいという事ですっ!」


「な、なぜそうなるのですか? 理解が追いつきません!」


「わたし達王族は婚姻する異性以外には肌を晒してはならないという仕来りがあるのです。ですがわたしはシオン先生に肌を晒してしまいました」


 エミリアは顔を赤らめていた。先ほどから顔が赤いのはそういう事か。私は納得した。


「ですが、エミリアさん。あれは医療行為です。純然な、仕方のない不可抗力なんdすよ」


「ですが、シオン先生がわたしが初めて肌を晒した殿方であるという事に何の代わりもありません」


「それは確かにそうかもしれませんが」


「それだけではありません。シオン先生はわたしと闘技場で剣を交え、そしてわたしに勝ちました。その時から実は心臓の鼓動が高鳴って止まらなかったのです。やはりわたしは強い殿方が好きなのです。わたしより強い殿方はそうはいません」


「そうだったのですか……」


「さらにはシオン先生はこの国デュランダルを救ってくださいました。国民の命に真摯に向き合うその姿にわたしは感服したのです。肌を見られたからというだけではありません。わたしはシオン先生の事を好きになり、純然たる理由として妻になりたい、そう思ったのです!」


 ドタバタとした声が聞こえてくる。ドアからだ。


「駄目ですっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 ユエルが叫んだ。


「シオン先生がエミリアさんと結婚なんて、そんなのだめですっ!」


「わ、わたしもですっ! シオン先生が他の人と結婚するなんてっ! いやですっ!」


 ユエルとヴァイスの二人は抗弁してきた。


「……あの二人はシオン先生にとってどういう関係なのですか?」


「私のナースですよ」


 呟く。


「お二人もシオン先生と結婚したいのですか?」


「それはもう勿論ですっ!」


「そ、それだけは譲れないですっ!」


「だったら話は簡単です」


「「「えっ!?」」」


「王国デュランダルには一夫一妻制という概念はありません。一夫多妻制です。皆でシオン先生の妻になればいい。それだけの事ではありませんか?」


「なるほどっ! そうでしたっ! 皆で先生のお嫁さんになればいいですっ!」


「そうでした! 盲点でした! それなら問題ありませんっ!」


「あなた達は私の気持ちは無視ですか」


「ええっ!? 先生、私達の事嫌いなんですか!?」


「嫌いではありません」


「じゃあ好きですか?」


「勿論、好きです」


「なら何の問題もないじゃないですか!」


 ユエルは笑みを浮かべる。


「やれやれ。獣人の国の姫、それから竜人の国の姫、そして王国の姫、その三人を妻として娶る事の重大性を当人たちは理解しているのですかね」


 私は溜息を吐いた。


「今すぐというわけではありません。いずれでいいのです。それまではわたしを側においてください」


「わかりました。考えておきます」


 その場はとりあえずそれで収まったのである。




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