獣人の国で治療に勤しむ
「シオン先生」
「なんですか?」
「これからどうするんですか?」
「アルバートさんとレイドールさん。そして『ブラック・リベリオン』の問題は看過しておけるものではありません」
だが、私にはそれよりも優先する課題があった。
「今は病に侵された獣人を救命するのが先です。ドクターとして見捨てる事はできません」
「はい」
「専属看護師(ナース)であるユエルさんの出番が来たのです。さあ! 私達の仮設診療所に患者様を入れる時なのです!」
「はい! 先生! がんばります!」
ユエルはガッツポーズをとった。
「とりあえずはお母様のミシェル様と相談して国民に通知を出してください」
「はい!」
◇
こうして私の仮設診療所はオープンをした。
「ま、まだか! まだ開かないのか!」
「私なんて朝から待ってるのよ!」
「俺なんて昨日の夜からだぜ!」
診療所の前には長蛇の列ができていた。
「ユエルさん……これはまずいですね」
「ええ。患者さんがいっぱいです!」
看護服に着替えたユエルは言う。私は常に白衣を着ているので着替える必要性がない。
「いくらなんでも一日でこれだけさばききれるはずもありません」
「はい」
「とりあえずは整理券を配りましょうか」
「整理券?」
「はい。整理券です。急いで作りましょう。トラブルが起きないように、整理券は私の直筆で作らせて貰います」
「はい!」
こうしてとりあえずは整理券を配る事にした。
午前中10人。午後10人。それくらいだろう。
「申し訳ありません! 今日のところは20人しか見られません!」
「ちっ。なんだよ、せっかく並んだのに」
「並んでいる方には整理券を配りますので、後日来てください」
「わかったわ」
整理券が配られると納得したのか。おずおずと引き下がってくる。並んだことが無駄でないと思えたからだろう。
「それでは10人の患者様、順々に入ってください。申し訳ありませんが午後の10人はそのままお待ちいただくか、午後にまた来てください」
受付表に名前を記載させる。
こうして診療所での治療行為は始まったのである。
◇
「ありがとうございます! シオン先生! おかげで息苦しいのが治りましたわ!」
治療した女性は大喜びをしていた。
「ええ。そう喜んでいただけたのなら幸いです。ドクターは命を救うのが仕事ですから」
私は笑みを浮かべる。
そんな時だった。
「ん? 君は?」
獣人の少女が私の前に来る。見た目は健康そうである。死肺炎かどうかは見た目ではわからないが、それでも体調の良い悪いくらい漠然と判断ができた。
「どうしたのですか? どこか悪いところでもありますか?」
「先生! シオン先生! お母さんを助けてください!」
「お母さん?」
「お母さん! 具合が悪くてお家から一歩も出られないんです!」
「そうなのですか……確かにそれは大変です。ですが困りましたね。患者が目の前にいない事には私でも」
私は頭を悩ませる。
「確かにこのままではまずい。重症者はなかなか家から出られない場合もあります。そしてそういう人こそが本来は治療を必要としているのです」
「先生、どうしましょう?」
「考えられるのは二つです。訪問医療。そしてもうひとつは体に負担のかからない方法でここに運んでくる。今は余裕がありませんが、いずれは緊急で治療を行う必要性があるでしょう」
「緊急の治療ですか!?」
「ええ。その為に何か必要があるかもしれません。今のところは手配している余裕はありません。わかりました。午後の治療が終わってから伺います」
「あ、ありがとうございます! 先生!」
少女は涙を流しながら感謝してくる。
「名前と住所の方を記載してください。診察カードみたいなものも作ったほうが良さそうですね」
まだまだやる事は一杯だった。私達獣人の国の診療所はまだ始まったばかりである。
改善していく余地はいくらでもあった。
「けど、大丈夫なんですか!? 先生!? 午前も午後も仕事をして、それでその後も働いて」
「はははっ。これでも激務には慣れています。心配しないで構いませんよ」
この時私はかつて勤めていたブラックリベリオンの事を初めて感謝する事となる。
しかし私はこの時、この過信や油断が後々に大きく響いてくる事を知らなかった。
この時はまだ。ドクターである自分自身が、自分の健康や体力を過信していたのである。
◇
「先生、来てくれてありがとうございます!」
私はユエルと共にそのお家を訪れた。
「はい。伺わせて頂きました。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「はい!」
私はお宅にお邪魔する。
「ごほっ! ごほっ! シエラ……どこに行ってたの?」
「お母さん! お医者様を連れてきたよ!」
「お医者様? 獣人の国にそんな人いたかしら?」
「初めまして。お母様。私はシオンと申します。ドクターをしています」
「あなたは人間のお方。獣人の国に、人間のお医者様がきたの」
「はい」
「それに隣にいるのはユエル姫……どうして?」
「わたしは先生の看護師です! お手伝いをしているんです!」
「そうなのですか」
美しい女性であった。ただやはり顔色が良くない。生気を感じない。
断言はできないが死肺炎に侵されている可能性は高かった。
「それでは診察をさせて頂きます。聴診器を当てさせては頂けないでしょうか?」
「はい……」
美しい女性が上半身裸になる。官能的とも思える状況ではあったが仕事柄慣れ過ぎてしまい、もはや何も感じなかった。
脈拍をはかり、診察(スキャン)をする。
やはり死肺炎だった。私は『神の手(ゴッドハンド)』を用いて治療する。
私の右手が彼女の胸の中に入り、内部から一瞬で治療してみせた。
「治りました」
「う、うそっ! こんな一瞬で治るものなんですかっ!」
「どうですか?」
「た、確かに胸が軽くなりました。そして咳も。歩くのもしんどかったのに、今では平気で歩けそうです」
「お母さん! 治ったの!?」
「うん。シエラ、治ったよ」
「やったぁ! お母さん!」
「よかったねシエラ。これでまた二人でお買い物にいけるねっ」
「うん」
良い事をしたという充実感で私は一杯であった。
「ありがとうございますシオン先生! あなた様は命の恩人です」
「お母様の命をお救い出来た事、大変嬉しく思っております。それでお母様」
「はい?」
「治療は済んだので服を着てはいただけないでしょうか」
女性の裸体を意味もなく見るのは目の毒である。
「あっ、す、すみません」
お母様は服を着始める。
「い、いえ。大した事ではありません。それでは私達は失礼します。王城に診療所があります。もし何かありましたらそちらまで来てください」
「はい。是非またよろしくお願いします」
「シオン先生! お母さんを治してくれてありがとうございます!」
「ええ。私としてもお役に立ててよかったです」
私は笑みを浮かべた。そして、王城へと帰っていく。
今回の件で訪問医療の必要性、そして緊急時の搬送の必要性を痛感した。課題を得たのだ。
私はより気負うようになった。その結果どうなるかは自明の理であったが、この時の私はまだ気づいていなかったのである。
ドクターという仕事についておきながら自分の身体には全くの無頓着であったという事を。
プロット。
とにかく、獣人の国で治療に勤しむ。
その結果、大勢の患者が治療
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