暗殺者の襲撃

「やれやれ。色々な事がここ数日で起きすぎて気が動転しそうです」


 私は与えられた部屋で床につく。一人で住むには些か広すぎる部屋だ。


 それは深夜2時になろうとしていた時だ。人間の睡眠がもっとも深くなる時間帯だった。


 ――その襲撃は突然やってきた。刃物が光る。


 私は【ドクター】スキルで作り出した執刀(メス)で刃物の襲撃を防いだ。


 キィン!


 金属同士がぶつかり合い、けたたましい音を奏でた。


「なんですか。あなたは人を睡眠中に襲ってくるなど。命を狙われる程の恨みを買った覚えはありませんよ」


 黒づくめの上に黒い被り物をしたその男。明らかにプロの暗殺者のようだった。


「ちっ!」


 男は一目散にその場を逃げ出していった。


「あなたは……」


 私の診察(スキャン)の結果。その襲撃者が誰かわかった。彼は以前私が勤めていたギルド。『ブラック・リベリオン』に所属する暗殺者だ。


「待ちなさい!」


 待てと言われて待つ襲撃者がいるわけもなかった。暗殺者は一目散に逃げ出す。


 私の中にある疑念が湧き上がってきた。


「なぜ? 『ブラック・リベリオン』に所属する暗殺者が獣人の国にいる私を?」


 この獣人の国には何かがありそうだった。私の中であるいくつかの疑惑、そしてその関連性が結びついてくる。


「どうやら獣人の国と『ブラック・リベリオン』は裏でつながっているようです。獣人国で死肺炎が流行している事にも一枚噛んでいると思った方がいいでしょう」

 

 前途多難であった。だがやるより他になかった。医者(ドクター)である私は命を救うために奮闘するのが使命なのだ。



 ◆◆◆


「シオン先生! 今日は何をするんですか!?」


「そうですねぇ……段々とですが患者様を入れて行きましょうか」


「はい!」


 考えた末に暗殺者に命を狙われた事をユエルとミシェルには話さない事にした。無用な心配をかけたくないと考えたからである。


 廊下を歩いていた時の事だった。一人の男とすれ違う。高級そうな召し物をしている事から、城の使用人などではなく、高貴な身分である事を知れた。美青年ではあるが、どこか人を寄せ付けないような雰囲気を持っていた。


「レイドールさん」


「レイドールさん?」


「はい。獣人の国の貴族の方なんです」


「へー」


「ユエル姫。そちらの方は?」


「はい! 獣人の国に来てくれたドクターの先生、シオン先生です!」


「……そうですか。あなたが」


「レイドールさん。シオンと申します。何卒よろしくお願いします」


「ええ。こちらこそよろしくお願いしますよ。それでは私は用事がありますので」


 そう言ってレイドールはその場を去って行った。何となくその時、私は彼から良くない気配を感じ取っていた。


 だが確証はない。確証もないのに人を疑うのは良くない事だ。この疑念がただの杞憂であればよいと切に願う。


「どうかしましたか? シオン先生」


「いえ、何でもありません。行きましょうか。ユエルさん」


「はい!」


 ◆◆◆


 薄暗い空間にレイドールは居た。通話ができる魔晶石を使用し、さらに盗聴用の結界を張っている。


「計画はどうなっているのだ? レイドール殿」


 映っているのは人間であった。アルバート・ロマネスク。ギルド『ブラック・リベリオン』のギルド長である。


「計画は順調でした」


 貴族レイドールとブラックギルドである『ブラック・リベリオン』は裏で繋がっていた。アンデッドの灰をまき、死肺炎を獣人の国に流行らせたのは彼等の所業である。

 

 大きな理由のひとつはこうだ。病をわざと流行らせる事で『ブラック・リベリオン』は治療薬やヒーラーの治療などを言い値で売りつける事ができ、そして膨大な利益を得る事ができる。そして病に見せかけ、国王を毒殺したレイドールが国王に成り代わる。


 こうして両者は膨大な利益を貪る事を計画していたのだ。いわばやっている事はマッチポンプと言えた。自分で火をつけ、自分で消す。そうやって利益を貪ろうとしていたのだ。


「ですが余計な邪魔が入りました」


「ほう?」


「シオンという人間です。なんでも【ドクター】だとか言っていました。あやつが来てから風向きが変わりました」


「シオンか……、あやつ、獣人の国などにいたのか!?」


 アルバートは感情を露わにする。


「お知り合いなのですか?」


「ああ、ちょっとな」


 アルバートは語る。


「何にせよあの人間は我々の計画には邪魔な存在です」


 火消し役は一人でいい。独占しなければ意味がない。獣人の命を牛耳るのは自分達でなければならない。命を握られた獣人は何でも言う事を聞く従順な存在となる。当然金だって言い値で渡さざるを得ない。払えない場合、家の娘を売り渡す事もあるだろう。そうなればそれが奴隷となり、奴隷商としての利益を貪る事ができる。


 レイドールと『ブラック・リベリオン』の両者だけがただただ利益をあげる、彼らにとって都合の良い国の完成だった。


「そうだな……くっ。クビにするだけではなく、ちゃんと始末するんだった」


「深夜にギルドから借り受けた暗殺者を派遣しましたが失敗しました。彼は相当な手練れなようです」


「そうか……我々の犯行だとバレてはいないだろうな?」


「はい。問題なく逃げ延びたそうです」


「そうか。それはよかった」


 実際にはバレていたのだが、シオンを見くびっている彼らにその事はわからなかったようだ。


「ですが次は失敗しません。入念な準備を経て、奴を。あのシオンとかいう【ドクター】を必ず始末します」


 レイドールは笑った。


「そうか。期待してるぞ」


 アルバートも笑みを浮かべる。


 こうしてその日の通信会話は終わったのである。












 

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