貴族レイドールの頼み

ある日の最後、レイドールとアルバートの通話が途絶えた。


提示報告を無断で怠るとはどのような事か。不誠実ではないかとレイドールは思ったが、連絡ができない以上どうしようもない。


レイドールは独自の思考で動き始めた。それが仮にブラックギルド『ブラック・レべリオン』と相反する目的だったとしてもレイドールは知らないのである。だから致し方ない判断だった。


レイドールにとって最大の目的は邪魔者であるシオンの排除である。だからその排除の為に動き出したのである。


 ◆◆◆


「私に頼みですか?」


 私の前に現れた貴族であるレイドールが頼み事を言ってきた。


「ええ。隣国に出国した兵士達が途中モンスターに襲われ、怪我を負っているそうです。それで身動きしようにも身動きもとれず、まともに動ける者も護衛の為にその場を離れられないそうです。食糧も残り僅か、狩りで十分な食糧を得られるかどうかも体力的に怪しいとの事です」


「それで……私にどうしろと?」


「その兵士達のところに駆けつけ、どうにかシオン殿のお力で治療して頂けないでしょうか? 兵士達の命を救えるのは【ドクター】であるシオン殿だけです」


 何となくこの男からは嫌な雰囲気が漂っているが、診察(スキャン)でも相手の心まではわからない。だが、救える命を放っておけないのも確かだ。


「わかりました。その場へ向かいましょう。教えていただけませんか?」


「はい。勿論。こちらで地図を用意しております」


 その時何となく、レイドールから放っている嫌な雰囲気に気づいていた。だが、何の証拠も根拠もない。ただのカンだ。先入観や思い込みで人を判断するのは良くない事だ。

 地図を受け取った私は旅の準備を始める。


 ◆◆◆


 死肺炎は看過できない病だ。だが、即死するというわけでもない。故に兵士達の救命の方が重要度が高いと私は判断した。怪我をしたままモンスターがいるような危険地帯に居続ければ、いずれは襲われて命を落とす事だろう。


 これは時間との勝負でもある。私室で準備を始める。


「あっ、ああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 旅支度をしている私を見て、ユエルが叫び声をあげた。ドアの隙間から覗き込んできたのだ。


「なんですか? ユエルさん。騒々しい」


「先生!! どこかに行っちゃうんですか!! どこか別の国にスカウトされて、それで私達、獣人の国から出て行っちゃうんですか!?」


「違いますよ。遠方に傷ついている兵士がいて、それを治療して欲しいと貴族のレイドールさんに頼まれたんです」


「へー。そうなんですか」


「ええ。ですので別にこの国を去るわけではありませんので安心してください」


「わたしも行きます!」


「なんでですか? 危険なんですよ」


「だって、わたしは先生のお手伝い! 専属看護師(ナース)ですから! 大丈夫です! 怪我しても先生なら治してくれます! それに先生なら助けてくれるじゃないですか! それに獣人族は身体能力が高いんですよ! わたしも闘う事だってできるんです!」


 ウォーウルフに襲われて四苦八苦してたじゃないですか。獣人の兵士は。私は言葉を飲み込む。


「わかりました。ですが、自分の身は自分で守る事。いいですね?」


「はい!」


 それにしても、危険地帯に遠出をするというのにあの貴族の男は私に護衛のひとつもつける素振りを見せなかった。


 戦闘用のスキルを見せた記憶はないが。やはり私に戦闘能力がある事を理解しているような感じがする。


 『ブラック・リベリオン』から借り受けた暗殺者を仕向けたのはレイドールの手引きの可能性が高い。


 だからこれは罠である可能性があった。全ては推測だ。証拠はない。


 だが同時に真実であった場合の話。行かなければ多くの兵士の命を失う事になる。


 それは避けたかった。


「まあいい。では一緒に行きましょうか」


「はい! 先生と遠足楽しみです!」


「だから遠足ではありませんってば。命を救う大切な仕事ですよ。しっかりしてくださいよ。看護師(ナース)のユエルさん」


「はい! 看護師(ナース)として頑張ります!」


 私達は地図を頼りに、北の森を目指した。





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