休息の必要性

 獣人国に診療所を開いてからというもの、私はまさしく馬車車のように働いた。


 獣人国には死肺炎に侵された大勢の患者がいたのである。


「ユエルさん、次の患者さんを」


「はい……でもシオン先生」


「なんですか?」


「先生、なんだか疲れてません?」


「え?」


「なんか目の下に隈ができてますけど」


 私とて万能にして全能の存在ではない。私は神ではない。ただの人間である。


 ドクタースキルとて無償の産物ではない。精神力……MPとでも言っていいか。特に全ての病魔を癒す事ができるこの『神の手(ゴッドハンド)』は使用するとかなりのリソースを持っていかれた。


 実際この時私は極度の疲労状態にあったかもしれない。しかし私は自分を誤魔化し、騙していた。


「気のせいです。それよりユエルさん、次の患者さんを連れてきてください」


「はい」


 ユエルが患者を連れてくる。こうして午前と午後にできうる限りの治療を施した。


 そして午後の診療が終わった後は訪問医療だ。


 私は大勢の患者の病を癒し、感謝された。そしてその事に充実感を覚えていたのだ。


 そしてやりがいを理由に自分に無理を強い続けていた。


 そしてその時は突然やってきた。


 ◇


「ユエルさん。次の患者さんを」


「はい」

 

 私は診察(スキャン)を使用した後、神の手(ゴッドハンド)を使用した。


 その後の事だった。


 バタリ。


 私は倒れたのである。


「せ、先生! シオン先生!」


 手が……体が……動かない。患者さんを救わなければならないのに。ドクターとして……。


 意識を失う寸前。視界にはユエルの顔が大きく映っていた。


「せ、先生! 先生! シオンせんせええええええええええええええええええええ!」


 ユエルの叫び声を聞こえた。それっきり私の意識はなくなった。


 ◇


 ガバッ。


 私は目を覚ます。


「うっ……ここは」


「先生、大丈夫ですか?」


「ここは一体、私は何を……そうだ。私は診察をしていて、それで」


 私は眠っていたのだ。気付いた時は自室に運ばれていた。


「シオン先生、倒れたんですよ、診察の最中に」


「そうだったのですか。私はドクターとして患者さんに申し訳が立ちません。診療所の方はどうなりましたか?」


「はい……その日の患者さんには帰ってもらいました。今日は休診です」


「そうですか……来てくれた患者さんには大変申し訳ない思いをさせました」


「先生、無理をしないでください」


「え?」


「先生が患者さんの事を第一に想っているのはわかっています。それは獣人の姫として大変嬉しい事です。ですが、先生はご自身の身体の事をいたわらな過ぎです」


 患者の健康を第一に考えている自分が、自分の健康を全く度外視していたとは。


 倒れてやっと気づかされた。知識のあるものが健康とは限らない。スキルのあるものもそうだ。休息の必要性を知ってはいたが、実践できていなかった。


 軽視していたのである、私は。自身を過信していた。


「獣人の国の医療はシオン先生あってこそなのです。その先生が倒れられては本末転倒です」


「全く、その通りですね。痛い所を疲れました」


「それで今回の件についてお母様からお言葉があるそうです」


「お言葉?」


「はい。王室まで来て欲しいとの事です。大丈夫ですか? 今でなくても構わないです。十分休息を取られてからで」


「いえ。今でいいです。それ位には寝て体力は回復しました」


「そうですか。では向かいましょうか」


「はい」


 私とユエルは王妃――ミシェルのところへと向かった。


 ◇


「休養ですか?」


「はい。王妃としてシオン先生に命じます。一週間程休養を取ってください」


 ミシェルは私に休養を命令した。


「で、ですが! 一週間は長すぎます! 私はもう大丈夫です! その時間で多くの患者の命を救う事ができます! 私はそんな事をしている暇はないんです! 多くの患者の命がかかっているのです!」


「シオン先生、そうやってご自身を痛めつけるのはおやめください。あなた様の活躍により既に大勢の獣人が救われました。今では重病者は殆どいなくなった程です。皆様あなた様には感謝しております。獣人を代表して、王妃であるわたしがお礼を申し上げます」


「そうです! シオン先生は真面目すぎるんです! 患者さんの命を大事にするのは良い事なんですけど、行き過ぎています! もっとご自身の身体を労わってください!」


「……そうでしたね。行けませんね」


「それで王妃であるわたしの提案なんですが、一週間の休暇で三人でぱーっと旅行にでも行きませんか?」


「旅行?」


「はい! 竜人の国の近くに、良い温泉施設があるらしいんです。そこを貸し切りにして、一週間のんびりとしましょう」

 

 ミシェルは笑う。


「で、ですが……」


「ダメですよ。シオン先生。これは王妃としての命令ですから」


「シオン先生! わたしからもお願いします! これ以上シオン先生が働いたら壊れちゃうと思うんです!」


「ええ。シオン先生。覚えてください。休むのも仕事のうちですよ。シオン先生は怠けているわけではありません。休むという仕事をしているんです」


「……確かに一理ありますね」


 私は頷いた。確かにそうだ。休むことも仕事のうち、その意識が抜けていたのだ。


「では、早速旅路支度をして温泉に行きましょうか」


「わーい!」


 ユエルは無邪気に喜ぶ。


 こうして私達三人は一週間の休暇を取り、温泉に行く事になったのだ。



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