謎の仮面剣士との闘い

「く、くそ! このままじゃ次の試合に出れねぇ!」


「お困りですか?」


「だ、誰だ? あんたは?」


「さすらいのドクターです」


「ドクター? 聞いた事もない職業だな」


「腕がああああああああああああああああああ! 腕がああああああああああああああああああ!」


「傷を見せてください」


 私は傷ついた戦士の腕を治療する。神の手(ゴッドハンド)を使用し、一瞬で治療を施した。


「あ、ありがとう。あんた……」


「もうシオン先生! 優しいのはいい事なんですけど、あまりに行きすぎです」


「そうです。傷ついた人も病んだ人も世界中にいくらでもいるんですよ! そんな事をしていると世界中の傷ついた人や病んだ人を治しにいかなければならなくなりません」


「何を言っているのですか? 世界中の傷ついた人や病んだ人を治すのがドクターである私の使命です。少なくとも目の前で傷ついている人を見過ごせる程、私は冷血漢ではないんです」


「ありがとう。あんたのおかげで俺の命は救われたよ」


「ですが安静にしていてください。今日一日、もう闘いなどしないように」


「そいつは無理だ。次の相手はあの謎の仮面剣士だ。奴に勝てば大量の賞金が手に入る。娘を学校に行かせてやれるんだ。それに家族に楽な生活を送らせてやれる」


「残念ですが、諦めて棄権してください」


「なあ、あんた。命を助けてもらってこんなお願いをするのは筋違いだと思うんだが、あんた出てくれないか?」


「え?」


「戦士としてのカンが言っているんだ。あんたが凄い戦士(ファイター)だって。俺のカンがそうささやくんだ。頼む! 俺の代わりに出てくれ!」


 戦士の男は懇願してくる。

「俺ではきっとあの謎の仮面剣士に勝てねぇ! だけど、あんたなら、あんたなら勝てるはずだ! 頼む!」


「はあ……仕方ありませんね。出場するだけですよ」


「「ええ!?」」


 二人は驚いていた。


「シオン先生!? いいんですか!?」


「まあいいでしょう。一回くらい。それにたまには私も男らしい事をしてみたいと思っていたところでした」


「ありがとう!! 恩に着るぜ!」


 こうして私は闘技場の闘いに出場する事になった。謎の仮面ドクターとして。


 ◇


「今回! スペシャルマッチが実現しました! 連戦連勝中の当コロシアムのチャンピオン! 謎の仮面剣士に対して勇敢なチャレンジャーが現れました! 本来挑戦者であった戦士(ウォーリアー)ジョンソンさんに代わりまして!」


 闘技場にアナウンスが響き渡る。


「謎の仮面ドクターの登場です」


 仮面を被った私は闘技場のステージに立つ。対するのは謎の仮面剣士。診察(スキャン)の結果、既にわかっている事ではあるが、王国デュランダルの王女エミリア様である。


「謎の仮面ドクター……聞いた事のない職業(ジョブ)ですね」


「ええ。私以外に存在する事のない職業ですから。ところでひとつ疑問があります」


「なんですか?」


「なぜあなたのような高貴な身分の方がこんな粗野な場にいるのです?」


「なっ!? なぜそれを……このマジックアイテムである幻惑の仮面の効果は確かに発動しているはず」


「私のジョブの能力でわかるんです。幻惑の効果すら見透かす能力が」


「わたしは強くなりたいのです。誰よりも強く。おかしいでしょう? 女に生まれたというのに男性よりも強さに憧れ、焦がれているのです。決まりきった剣の稽古もいいですが、それだけでは本当の強さは手に入りません」


 謎の仮面剣士――剣聖エミリアは剣を構えた。その姿は優雅であり、圧倒的な剣豪としてのオーラを放っていた。流石は剣聖と言えよう。王女である以上に剣聖という称号が彼女にはふさわしい。


「こういった本物の闘いの場で剣を振るわなければ本当の強さは手に入らない。そう考えているのです」


「そうですか……確かに正体がバレると大変でしょう。あなたの場合」


 その為変装をしているのだ。私の場合別に正体がバレても問題ではないが。というよりもドクターの時点で私しかそのジョブについている者がいないのだから、無意味である。バレバレである。


「それでは両者対峙してください! これより試合を始めます!」


 私達は向かい合う。会場のボルテージが段々とあがっていく事を感じた。


「試合開始!」


 ゴン!


 巨大な鐘が鳴らされた。それが試合開始の合図だ。


「はあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 謎の仮面剣士が剣を持って襲い掛かってくる。


「執刀(メス)」


 私は執刀(メス)を作り出す。


 キィン!


 謎の仮面剣士の剣と私の執刀(メス)がぶつかり合い、甲高い音を奏でた。


「ふっ! 思っていたよりやりますね。ドクターですか。ヒーラーのような非戦闘職を思い浮かべましたが」


「確かに私はあまり闘いを好みません。ですが闘えないという事もないのです」


 キィン! キィン! キィン!


 しばらく彼女の剣と私の執刀(メス)が交錯し、甲高い音を奏でる。

 

 もう少しだ。私は診察(スキャン)で彼女を観察し続ける。彼女の剣の癖がわかってきた。


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 どれほど洗練された剣でも、どれほど速い剣でも、どれほど強い剣でも、読めていれば対処するのは難しくはなかった。


「そこです!」


「なっ!」


 振り下ろされた剣を正確に跳ねのける。


 剣が宙に舞った。くるくると回転し、地面に突き刺さる。


「まだやりますか? 謎の仮面剣士殿」


 私は彼女の首筋に執刀(メス)を突き付けた。


「いえ。降参です。見事な腕前でした」


「おっとぉ! これは大波乱だあああああああああああああああああ! 連戦連勝! 無敗の帝王! この闘技場(コロセウム)の不動のチャンピオンだった謎の仮面剣士に初めて土がつきました!」


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」


「やったぁ! シオン先生!」


「やりましたね! シオン先生!」


 ユエルとヴァイスの二人が闘技場にあがってくる。


「マジかよ! 万券じゃねぇか!」


「誰か謎の仮面剣士が負ける方に賭けた奴いるのかよ!」


「かなりついたんじゃねぇか! この配当!」


 闘技場(コロセウム)の場内がざわついていた。


「完敗でした」


「その割には嬉しそうな顔をしていますよ」


 彼女の口元は笑っていた。


「はい。世の中、わたしより強い人がいる。つまりはわたしはもっと、もっと強くなれる。その事を知れて私は嬉しいのです」


「そうですか……それは良かったです」


「あなたはわたしの正体を知っている様子。よろしければあなたもお名前を教えてはくれませんか?」


「シオン・キサラギ、ただのドクターです」


「そうですか。その名、覚えておきましょう。ドクターですか。どんな職業なのですか?」


「簡単に言えば人の命を救う職業ですか」


「そうですか。大義のある職業をされているようで。感服しました。それではドクター、シオン様。またお会いできる機会があれば幸いです」


 謎の仮面剣士――その正体は王国の王女であるエミリアではあるが。彼女がリングから去っていく。


「シオン先生!! お疲れ様でした!!」


「やっぱり先生は治療している時だけじゃなくて、闘ってる時もかっこいいです! 闘ってる時の男の人ってやっぱり真剣で素敵なんです!」


「どちらも命がかかっていますからね。真剣にもなりますよ。その点は共通しているところかもしれない」


その後私は賞金を受け取る。


「はい。どうぞ、差し上げます」


 私は戦士ジョンソンに全額分け与える。


「い、いいのか? 俺に全額くれても」


「ええ。そのお金でどうか家族を幸せにしてください。私はお金にあまり関心がないのです」


「あ、ありがとう! あんたのおかげだ! これで娘を学校にやれる! 家族を幸せにできる!」


「喜んで頂ければ幸いです。では、ユエルさん、ヴァイスさん。私達は宿に向かいましょうか」


「「はい!」」


 こうして闘技場での一幕は閉じる事となる。






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