謎の仮面剣士
闘技場(コロセウム)に入ってきた瞬間、してきたのは大きな歓声や罵声であった。
そして武器と武器が交錯する甲高い音。血の匂いが漂ってきた。
「うわぁ! すごい人です!」
「ええ。確かに。これだけ多くの人間を見た事がありません」
二人は感嘆とした声を漏らす。
「殺せ! やっちまえ!」
「69番! 俺はお前に賭けてるんだ! 負けるんじゃねぇ!」
「ああっ! 今月の生活費が! またカミさんに怒られちまうっ!」
ゴロツキのような男達が熱中していた。
「少し腰かけてみていきましょうか」
「ええ」
「はい!」
コロセウムには自由席と指定席のようなものがあった。指定席を買えれば座れないという事もない。
私達はしばらく観客として繰り広げられる闘いを見物する事とした。
基本的には武器も魔法も使用可能。スキル類もそうだ。リングの外に出た場合、降参した場合は敗北であるが、戦闘不能及び死亡した場合も敗北である。
闘技者には出場するより前に死亡した場合、主催者を訴えない事を誓約させられる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「くたばれえええええええええええええええええええええええ!」
筋肉質の男達が己の存在を、命をかけて剣を振るう。そんな粗野な武闘会である。私は好みではないが、それでも人を惹きつける理由はわからないでもなった。
◇
闘いのプログラムの最中の事であった。
「ん?」
リングに現れたのは小柄な少女であった。仮面をした少女。
「謎の仮面剣士だ」
「ああ。謎の仮面剣士だぜ」
「今回のトーナメントの優勝候補だ」
「……謎の仮面剣士?」
私は訝しんだ。私は能力である診察(スキャン)を発動させる。あの仮面は幻惑効果のある装備アイテムなのだろう。しかし私の目は騙せなかった。
「あれはエミリア様ではないですか」
「エミリア様!?」
「どなたですか?」
「この王国の王女様です。剣聖の称号を得ている剣傑です」
「へー、あの人が人間の王女様なんですか」
「ああ素性を隠しているという事は正体を周りに知られたくない為でしょう。黙っておいた方が無難です」
「そうですね」
「まあ、闘いを見守りましょうか」
なぜ? という疑念は湧き上がってくるが剣聖である彼女は純粋に強さを求めているのであろう。
闘いの舞台に自然と足が向かうのは不思議ではない。
「へっ! 謎の仮面剣士! 今度こそ決着をつけてやるぜっ!」
まさか王女であるエミリアだとは思っていない男の戦士は意気込んでいた。
王女エミリア――もとい謎の仮面剣士は答えない。
「いくぜええええええええええええええええええええええおらああああああああああああああああああ!」
人間の身体くらいはありそうな大剣を戦士は振り上げる。
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
大きな音と共に煙があがった。しかし人を斬ったという手応えはない。
「なっ、なにっ!? き、消えただと」
空振りした大剣の上に謎の仮面剣士は華麗に着地をしていた。
喉元に剣を突き付けられる。
「まだやりますか?」
告げる。
「いや。いい。俺の降参だ」
カンカンカン! リングが鳴らされる。
「この勝負! 謎の仮面剣士の勝利です!」
アナウンスされる。
「すごいですっ! なんて強い王女様なのでしょうか!」
「流れるような体術です。あれは達人の領域です」
獣人と竜人の王女二人は感嘆としていた。
「闘技場トーナメントでは現在挑戦者を募集中です! この無敗のチャンピオン、謎の仮面剣士を止められる者はいるのかっ! あなたの挑戦お待ちしております!」
「先生! 出てくださいよ!」
「なぜですか?」
なぜ私がこんな血なまぐさい闘いに参加しなければならない。
「私はドクターです。患者を治すのが仕事です。血なまぐさい闘いをするのが仕事ではありません」
「かっこいい先生を見てみたいだけです!」
「そんな単純な理由ですか……」
「ちなみに優勝したらどうなるんですか?」
「勝てばお金がもらえます。その他はそうですね。後は地位と名誉などです」
「へえー」
いずれも私には関心のないものであった。
「さて、ではそろそろ行きましょうか」
「はい!」
私達は闘技場を後にしようとしていた。その時だった。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 腕がああああああああああああああああああああああああああ!」
「し、しっかりしろ! 今、治療室に連れていくから」
闘技場の出場者であろう。痛々しい恰好の男が治療室に入っていくのが見えた。
「これは見捨ててはおけませんね」
「え?」
「私は傷ついている人を見過ごす事ができない気質(たち)なのです」
私は治療室へ行った。
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