王国デュランダルを散策する

「ここが人間の国ですか!?」


 王国デュランダルに来たユエルは驚きの声をあげていた。


「賑やかな国ですね」


 そうヴァイスは言う。多くの人々が行き交う光景はヴァイスにとっては見慣れないものなのだろう。竜人は長命である反面、個体数が少ない。

 エルフのようなものである。


「ここが先生の居た王国って事ですよね?」


「そうなりますね。ついこの前の事のはずなのに、随分と昔の事のように感じます。懐かしいですよね。不思議なものです」


「わたしもです。先生と出会ったのはこの前の事なのに、大分昔の事のように感じます」


「それだけ私達も濃密な時間を過ごしているという事でしょう。行きましょうか」


「「はい!」」


 私達は王国デュランダルを歩く。


 ◇


「先生の住んでいた国はどういう国なのですか?」


「表向きは清潔感のある綺麗な国です。ですがどんな組織や集団でも表面と裏面があります。どれだけ体裁を取り繕っていても必ず悪い面というのはある」


「それは獣人の国でもそうです」


 獣人国にも留置場などの犯罪者に対する設備はあった。ということは司法制度や警察組織などもあるのだろう。そこら辺は人の国と変わらない。


「そうです。どれだけ隠しても、汚いものはなくならないのです。犯罪、売春、麻薬。などなどです。表向きは認められてはいませんが誘拐の末に奴隷として他国に売りに出される事もあります」


 私達が歩いていたのはちょうど、スラム街のような場所であった。


「可愛いねぇ! お嬢ちゃん達!」


「はぁ……」


 軽薄そうな男に話かけられる。


「お嬢ちゃん達ならすぐにうちの店のトップになれるよ! 凄い稼ぎになるんだ! 是非うちの店で働かない!?」


「なんなんでしょうか?」


「無視してください」


 売春の勧誘だ。


「お兄さん! お姉さん! 薬! 薬アルよ! これキメると気持ちよくなるアル!」


 怪しげな男に話かけられた。サングラスをした小男だ。


「結構です」


 ドラックの売人だろう。


「これ無料! お試し! 良かったらキメていくアル!」


 無料でバラまき、やめられなくなった客から大金を貪る。そういう商法である。


「いえ、結構です」


 無視し続けると「ちっ、次行くアル」男は舌打ちして次の客を探し始めた。


「ねぇ。お兄さん、わたし達と遊んでいかないっ? ふふっ」


 露出度の高い、明らかに水商売風の女に話かけられる。


「結構です。間に合ってます」


「そんな事言わないで。安くしとくから。そんな処女みたいな女より、わたしの方が満足させられるわよ。うっふっふ」


「う、うるさいです! 処女で何が悪いんですか! いずれはシオン先生に優しくして貰う予定なんです! ぶーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


「無視してください。いちいち相手にしないでくださいユエルさん」


 しかしその後の事だった。無視しようにも無視できないような連中が現れた。


「おっと! そこの白い服着た兄ちゃん!」


 突如ゴロツキ達が現れた。


「……私ですか?」


「そうそう! お前だよ! お前!」


「良い女連れてるじゃねぇか! それも二人も!」


「獣人? それと隣は普通の女か? 二人ともえらいべっぴんさんじゃねぇか!」


 ヴァイスは竜人ではあるが、見た目は普通の人間にしか見えない。彼らのようなゴロツキに見破れないのは致し方ないと言えよう。


「はい。それが何か?」


「置いてけよ。俺達によこせ」


「何をするつもりですか?」


「キッキッキッキ! 決まってるだろ! 楽しんだ後、奴隷としてよその国売るんだ!」


「ぺっぴんさんだからよ! きっと大金で売れるに決まってるぜ!」


「つーわけで、命が惜しかったら女を置いてけよ! なっ!」


 男達は刃物を取り出した。


「シオン先生」


 ヴァイスは身構える。警戒しているのではない。狩りをしようとしているのだ。鈍感な彼らはその殺気に気づいていない。


「やめなさいヴァイスさん。あなたが手を汚すに値する輩ではありません」


 私は執刀(メス)を創り出す。


「やれやれ。こういう輩はいなくならないようですね」


「んだ! てめぇ! やるっていうのか!」


「やっちまえっ!」


 私は執刀(メス)で襲いかかってきた男の手を切断する。


「ぐ、ぐわああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


「く、くそっ! こいつ! やりやがった!」


「躊躇いなく手を切り落としやがった!」


「腕が! 腕が! 腕があああああああああああああああああああああああ!」


「人を傷つける痛みがわかりましたか?」


 私は神の手(ゴッドハンド)で患部を癒やす。元通りの腕になる。


「あっ、ああ! お、俺の腕がっ!」


「これに懲りたら悪事を働かない事です」


「あっああ!」


「ちっ! こいつはやべぇぜ! 逃げるぞっ!」


「「「ああ!」」」


 ゴロツキ達は逃げ出す。


「ちくしょう! また別の獲物を捕まえてやる!」


「獲物はこいつ等だけじゃねぇからなっ!」


「全く、懲りない連中ですよ」


 私は溜息を着く。警察組織に突き出した方が世の中の為であっただろう。軽く後悔をした。まあ面倒でもあるし。何よりもう大分逃げてしまった。追いかける程暇でもないし利点も特にはない。


「流石先生です! あんな酷い人達でもちゃんと治してあげるなんてっ!」


「ドクターは治すのが仕事です。傷つけるのは仕事ではありません」


「流石はシオン先生……何と慈悲深い事です」


「彼らとて本当はああいう事をしたいわけではないのです。他に仕事がないのでしょう。貧すれば鈍す。彼らとて命を繋ぐ為に必死なのです。やめろと言われても他の仕事もなしにやめる事は困難でしょう」


 そう考えると王国の社会保障が不完全故に生まれたアンダーグラウンドと言えるかもしれない。こういったスラム街や貧困層は。


「先生! あの丸い建物はなんですか!?」


「コロセウム(闘技場)です」


「「コロセウム!?」」


「先生、コロセウム(闘技場)って何ですか?」


「一対一で戦士が闘う野蛮な舞台(ステージ)の事です。主な収益は入場料、飲食代、そして最も大きいのが賭けのテラ銭です。やはりギャンブルは人間を興奮させる、原始的な娯楽ですから」


「そうなんですか」


「行ってみたいですか?」


「は、はい。興味はあります」


「どうせこの後、適当な宿に泊まるまで時間を潰す予定でしたので構いません。行きましょうか」


「わーい!」


「ですが断っておきますが野蛮な見世物ですよ」


「獣人国にはない施設ですから興味はあります。楽しみです」


「そうですか」


 こういう時男である私の方が興奮し、興味を持つものかもしれない。男児にとってはやはり競争や闘争というのは目下の関心事である。


 男児は遺伝競争上、競争に勝つ事を史上目的にして生まれてくるのである。


 そう言った意味で闘争を好まない私は少し変わっているのかもしれない。


「では、行きましょうか」


「「「はい!」」


 私達は闘技場(コロセウム)に向かう。

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