謎の鳴き声の正体

私達は夜の裏山へ向かう。周囲を照らすランプを頼りにしていた。


「怖いです。シオン先生」


 ふにょん。

 

 柔らかい感触が私の腕に走る。それが何なのか言うまでもない。


 健全な青少年であれば気が動転していた事だろう。だが私はドクターだ。常に冷静でなければならない。平静を取り繕う。


「何かわからないから人は恐怖を覚えるのです。得体が知れないものであるが故に。実態がわかってしまえばそれほどでもない事も多いものです」


「さ、流石先生です。博識です」


「肝試し、という目的とは別に私もその鳴き声というのが気にはなるんです。何かがある気がします」


「何があるんでしょうか?」


「それを突き止めに行くのです」


 私達は裏山をひたすら歩く。


キュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


 甲高い鳴き声が聞こえてきた。


「うわっ! 先生! 今鳴き声がしました! ゆ、幽霊でしょうか?」


「幽霊(ゴースト)とも思えません。もっと生物的な声に思えます。これはそうですね。竜種の鳴き声です」


「竜種?」


「とにかく声のする方に行ってみましょう」


「はい!」


 私達は向かう。


 ◇


 水の音が聞こえてくる。そこには泉が湧き上がってきていた。そこにいたのは一匹の白竜である。


 キュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


 白竜は鳴いていた。痛々しい悲鳴であった。


「白い竜さんです!」


「どうやら謎の鳴き声の正体は白竜の悲鳴だったようですね」


「ええ。そのようです。でもなんだか痛そうな鳴き声ですね」


「怪我をしているのでしょう。あるいは病気か。だから空を飛ぶことができずにこの泉に身を潜めていたのです」


「そうだったんですか。その鳴き声を幽霊だと思ってみたんですね」


「ええ。ユエルさん。プライベート中の事ではありますが、弱っている命を見捨てられるはずもありません。診察に向かいましょう」


「はい!」


 キュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


「ほら。怖がらないで。私は味方です。あなたを治しにきたんです。どこかが悪いのでしょう?」


 私は慎重に白竜の診察を行う。手で触れ、診察(スキャン)を発動させる。竜種は強力なモンスターである。弱っていようが何だろうが、暴れれば人間とは比べ物にならない程の危険性を持ち合わせている。


「これはっ!」


「何かわかったんですか? 先生」


 診察(スキャン)により理解できた事がある。


「ええ。間違いありません! これは竜死病です」


「竜死病?」


「竜が感染する伝染病です。竜ですら死に貶める事ができる恐ろしい死の病。白竜はそれ故に空を飛べなくなっていたのです」


「せ、先生! 可哀想です! 治してあげましょうよ!」


「言われずともそうします。神の手(ゴッドハンド)」


 私は診察(スキャン)で特定した病原を神の手(ゴッドハンド)で癒す。


「白竜さん。しっかりしてください。大丈夫ですよ。もうすぐあなたの病は癒されます」


 こうして私は白竜への手術を完了させた。


「ふう~。手術(オペ)完了です」


 私は一息吐く。白竜がかかっている竜死病を癒した。普通の人間や獣人よりもさらに強大なエネルギーを必要とした。


「良かったです! 先生! これで白竜さんの命は助かったんですね」


「ええ。そうです。これで白竜さんは大空へ飛び立つ事ができますよ」


「はいっ!」


 私達は単純に命が助かった事を喜んでいた。


 ――と、その時だった。


 白竜が眩い光を放つ。


「うわっ! なんですかっ! この光はっ!」


「この光は! 変化(トランス)の光です!」


「変化(トランス)!」


「この竜は普通の竜ではありません! 竜人です!」


「竜人!?」


「ええ! 竜でもあるのですが、人の形になる事もできる種族です!」


「そんな種族があるんですか!」


「この温泉の都ニュウヨークは竜人の国の比較的近くにあると聞きました。その影響でしょう」


「なるほど!」


 光が収まる。そこに見えたのは一人の美しい少女であった。煌びやかな白い服。雪のように白い肌。黄金のような流れるような金髪。

 ユエルにも劣らぬ気品と美貌を兼ね揃えた、絶世の美少女である。


「ありがとうございます。おかげ様で命を救われました」


「は、はい。ドクターとして当然の事をしたまでです」


「私の名はヴァイス。竜人国の姫です」


 ヴァイスはそう名乗った。


「竜人国の姫っ!?」


「命を救って頂いた御恩。一生忘れはしません。よろしければ竜人の国に来てください。できうる限りのお礼をさせて欲しいのです」


「お礼ですか……私は別に何も。い、いえ。待てよ」


 私の頭の中にある考えが浮かぶ。


「ヴァイスさん、もしかして竜人国では竜死病が流行っていらっしゃいますか?」


「は、はい。左様であります。私は王女として竜死病を何とかしようと飛び回っていた際に、病により身動きが取れず泉に身を潜め、体力を回復させようとしていたところだったのです」


「トレードオフと行きましょうか。私がその竜死病を何とかします。ですから幾人かの竜人に獣人国で働いて欲しいのです」


「獣人国で、ですか!? せ、先生!? 何でですか!?」


「以前の訪問医療で思ったのです。獣人国には非常用の移動手段が必要だと。竜ならば何の問題もありません。空を一瞬で飛び、私の元まで患者様を連れてきてくださいます」


「それはすごいです! 命の危機に陥っていても一瞬で先生のところまでたどり着く事ができます!」


「ええ……とはいえミシェル様に話を通さなければなりません。ヴァイスさん。一緒に来てはくれないでしょうか?」


「わかりました。ご一緒します」


 こうして私達は竜人姫ヴァイスを連れて旅館まで戻る事にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る