竜と竜との戦闘
私達の目の前に巨大な黒竜――バハムートが姿を現す。そのプレッシャーとはものすごく恐ろしいものであった。
「シオン先生! 母を――バハムートを治せますか?」
「治せます」
私は即答する。それはヴァイスにとって光明だったのだろう。彼女の顔が笑顔になる。
「本当ですか!?」
「ですが、ああも戦闘態勢では不可能です。一旦戦闘不能状態にしないと」
「わかりました。皆さん! バハムートに死なない程度にダメージを与えますよ」
「「「「はい!」」」」
「シオン先生、ユエルさん、どうか危険のないところに身を潜めてください。変化(トランス)」
ヴァイスは巨大な白竜の姿になる。
「「「「変化」」」」
つづいて四大属性を持つ四人が竜へと変化した。火、水、風、地の属性(エレメント)を持つ竜が現れる。
「ふっ。五匹がかりなら余に勝てるとでも思っているのか?」
「勝てます。絶対に勝ちます。そして元のお母様に戻ってもらうのです」
「それは無理な相談だ」
バハムートは飛んだ。漆黒の竜は夜空に紛れて限りづらく見えにくくなった。
「皆様! 追いかけますよ」
「「「「はい!」」」」
空中で行われる竜同士の戦い。
「凄いです、先生」
思わず魅入ってしまっている私達がいた。
「なんだか物語に出てきそうです」
感嘆と語るユエル。それだけ現実離れした闘いが繰り広げられていたのだ。
「フレイムブレス!」
火竜――フレイムが炎のブレスを放つ。
しかし、眼前でバハムートに無効化された。
「う、うそっ! なんで効かないのっ!」
「簡単な事よ。それほど力の差があるのだ」
「竜魔法。フロストノヴァ!」
アクアは氷系魔法を放つ。彼女にとって得意な水属性に分類される、強力な魔法。
「ふっ……効かぬ。余にとって涼しい冷気に過ぎない」
「う、嘘ですっ! こんなのいくらなんでもずるいっ!」
「竜魔法。エアストラッシュ!」
エアロが放つ風魔法も同様だった。鋭利な風の刃物はバハムートの皮膚に僅かな傷をつける事すらできない。
「ティータは何もできないのだ」
「な、なんでよ? ティータ」
「ティータは今飛んでるのだ。地属性の魔法は効果がないのだ。飛んでたら後は接近戦しかできないのだ」
「だ、だよねー」
フレイムは嘆いた。
「バハムート様と接近戦でやりあう?」
バハムートは異様な程の殺気とプレッシャーを放っていた。あれと懐に入ってやりあう。考えるだけで恐ろしかった。
「冗談きついのだ」
「だ、だよねー……ははっ。降参?」
「皆の者。まだ敗北を認めるには早すぎます。聖魔法!」
ヴァイスは聖魔法を行使する。
「ホーリレイ!」
強烈な光がバハムートを襲う。
「くっ!」
初めてバハムートがたじろいだ。
「そうか! 闇属性の竜であるバハムート様には聖属性のヴァイス様の攻撃は有効なんだ!」
「流石白竜! いえ、聖竜です!」
皆の心に僅かな希望の光が差し込んできた。
「馬鹿者が。僅かにダメージを負ったにすぎぬ。この程度の攻撃かすり傷だ」
「よし! 皆! ヴァイス姫を守るんだっ! ヴァイス姫が倒れたら勝機はない!」
「「「はい!」」」
フレイムの呼びかけに三人は答えた。
それからの戦略は単純明快だった。ヴァイスを覗く四人の竜(あえて人と呼んでいる)がバハムートの攻撃を守る盾となる。
「くっ! 行かせないっ!」
「邪魔だ! どけっ! たわけっ!」
尻尾による単純な物理攻撃。単純であるが強力である。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「フレイムさん!」
フレイムは地表に叩きつけられた。継戦はできそうにない。
「ヴァイス姫! 構わないで! 攻撃してください!」
「はい! ホーリーブレス!」
ヴァイスは聖なる光の息吹を放つ。
「ぐうっ!」
バハムートに確実なダメージを与えた。僅かではあろう。だが、ゼロではない。
「やった!」
「馬鹿が! そんな攻撃! 何百回当てても余は倒れぬわっ!」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
爪を食らう。大量の出血をしたアクアが揚力を失い、地表へ墜落する。
「くっ! アクアさんっ!」
「残り二体しか壁がおらぬぞっ」
弱気になりたくはないヴァイスではあったが、それでも勝利が絶望的に遠い事は感じざるを得なかった。
◇
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
壁役となっていた竜がいなくなり、ヴァイスが一人でバハムートと向き合わなければならない瞬間はまもなく訪れようとしていた。
「くっ……」
「もはや貴様一人だぞ、ヴァイス!」
「お母様! どうか正気を取り戻してください! 狂竜病に負けないでっ!」
「なんだっ!? 勝てないと見るや余に命乞いか! 見苦しいぞっ!」
「くっ……」
(ごめんなさい。ユエルさん、シオン先生。お母様――バハムートにはとても勝てそうにありません)
「死ぬがいいっ! ヴァイス!」
「き、きゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
バハムートが放ったのは暗黒のブレスだ。ブレスに飲み込まれたヴァイスは一瞬にして地表に叩きつけられる。それはちょうど、シオンとユエルのいる湖ら辺だった。
湖に撃ち落とされ大きな水柱をあげた。
◇
「ヴァイスさん!」
「せ、先生」
私達は慌てて湖の中に入っていく。ヴァイスは元の人の形になっていた。
「先生、すみません。母を――バハムートを倒せそうにもありませんでした。このままでは母を元に戻す事はおろか、世界に大きな被害を与えてしまいます」
「もういいのです。ヴァイスさん。私はもう母と娘が殺しあうなどという醜い光景みたくはありません。こんな残酷で凄惨な見世物など誰が見たいでしょうか?」
「先生……ですが誰かがやらねばならぬのです。娘であろうと母を止める為であるのならば闘わねばなりませぬ。他に誰ができるでしょうか?」
「私がやります。この凄惨な闘いに私が終止符を打ちます」
「先生が? ……先生にできるんですか?」
「ええ。必ずやってのけます」
「先生、お願いします。母を――バハムートを何とかしてください」
私は会話をしている最中、神の手(ゴッドハンド)を利用し、ヴァイスの傷を癒した。
「大変傷ついた後で言いづらいのですが、ひとつ私に協力してはくれないでしょうか?」
「協力?」
「私も人間なものですから。空は飛べないんですよ。空を飛んでいるバハムート様のところまで自力ではたどり着けないんです」
「わかりました」
ヴァイスは再び変化(トランス)する。白竜の姿になる。私はその背中に飛び乗った。
「では参りましょう。ヴァイスさん。バハムート様のところへ私を連れて行ってください」
「はい!」
私達は夜空へと飛び立っていく。
◇
「ふっ。まだ懲りずに向かってくるか。ヴァイス。むっ!? 背中に何か乗せているな!? あれは人間か!? 脆弱な人間ごときが余に何ができるというのだ!?」
バハムートは憤ている様子だ。舐められたと思ったのだろう。
「ヴァイスさんのお母様。あなたにかかっている狂竜病の治療に参りました。ですがそれより前に治療の下準備をしなくてはなりません」
私は【ドクター】スキルで生成した執刀(メス)と注射針(ニードル)を両手で構える。
「さて、手術(オペ)を始めましょうか」
今回は今までの中でも最難関の手術(オペ)となるであろう。だからだろうか。不謹慎ながら私の心は少年のように躍っていたのである。
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