第25話 監禁(一)
「異変」と言うならヴェリンが朝に訪ねてきた時にはもう始まっていたのだろう。あの時はヴェリン関係が煮たたっていたので気付かなかった……いや気付かないふりをしていたのだろう。らとこの姿が見えないということに。
領事館での騒動の翌日。僕は一人で学園に向かっていた。らとこが現れなかったのだ。体調でも崩したのだろうか? 携帯の履歴を見ると確かに僕はらとこに連絡していた。だが言ってしまえばそれだけだ。らとこから何も連絡がなかったことの不思議を僕は追求しなかった。むしろ、ヴェリンの連絡を心待ちにしていた。風波が休んでいたことさえもヴェリン関係だと決めつけて。
そして今日だ。ヴェリンの朝駆けを受け、それをどうしたものかと考えながら、らとこが現れるのを待った朝。つまり都合良く幼なじみが現れることを願った時になってようやく――僕は異変に気付いたというわけだ。
「元親!」
そしてその異変が確実に“良くないもの”であることをヴェリンが突き止めてくれたらしい。その白い頬が青ざめている。
とりあえず今日は学校に向かった。そこまでは昨日と同じだ。しかし二日連続で休むとなれば、らとこであれば必ず連絡をくれるはずだ。もしかして僕に連絡を取ることも出ない状態なのか? とようやくのことで僕は危機感を覚えた。
そこから何度も連絡を取ろうとしたが、相変わらず僕の携帯は虚しくコールを繰り返すだけ。あとは自動的に留守録になるわけだが、それがらとこに届いているのか? いや、届いてはいないのだろう。らとこであれば留守録を聞く前に着信履歴を見て僕に電話を掛けるはずだ。
だとすればいきなり倒れたとか。それご両親もパニックになっていて僕まで知らせる余裕が無いとか。どう転んでも、良くない展開しか想像出来ない。母さんは何も知らないらしいんだけど、それは僕と状況が変わらないわけだし……
それでも学園に来ていないとなれば、遠隈家と学園の間に何か連絡は交わされているんじゃ無いだろうか? やっとの事で僕がそう気付いて
「ヴェリン! 何かわかったのか!?」
「ええ。どうも、らとこの転校届けが出ているみたいなの」
今はまだ放課後にもなっていない五時間目と六時間目の間の僅かな休憩時間。人目を避けるつもりで階段の踊り場でヴェリンと落ち合ったわけだが、人目を気にしている場合では無くなってしまった。
もう授業を受けている場合では――いや、その前にヴェリンはどういう情報を掴んだのだろう? まず、そこを確認しないと。
「転校届け!? それって学園も受理してるって事なのか?」
「学園はそれを拒否することが出来ないのよ。保護者からの連絡であれば……今は事務処理が住んでないみたいだけど……」
いつもと違い歯切れ悪くヴェリンが説明してくれるが、問題はそこじゃない。
「保護者って……らとこのお母さんが?」
「ごめんなさい。さすがにそこまでは……」
「ああ、ごめん。そうか、そうだよな。ゴメン無理言って」
ヴェリンに無茶を言いすぎた。らとこの家から転校届けが出されていることだって、普通なら生徒に教えるものでもないのかもしれないし。
「それで、らとこのクラスメイトに聞いてみましたが、やっぱりそんな話は聞いたことがないって。突然転校届けが出されたことは間違いみたいです。それに……そんな話なら、まず元親が知ってないとおかしいと思うんです」
「そう……だな」
とらこが転校となれば、それが親の都合であっても一番に僕に知らせてくれるはずだ。それなのに
「――なぁ。全然関係ないと思うけど、ヴェリンの国は」
「その可能性は私も考えました」
僕が全部口にする前に、ヴェリンが引き取ってくれた。
「状況の変化がこれだけ立て続けに起こっているんです。関係ないと考える方がどうかしてます。ただ、私の国はやっぱり関わっていないようです。というか、それどころでは無い……いえ、らとこの事が重要では無いといいたいわけでは無く」
「大丈夫。わかってるから。ヴェリンはそんな事思ってないことはわかってる」
ヴェリンも十分に動揺しているのだろう。と言うか神経質になっていると言うべきか。もちろん、それも当たり前の話だ。彼女自身の身のまわりが劇的に変化したはずなのだから。それにライノット公国絡みだとすると、らとこはヴェリンの変化に気付いていないと話がおかしくなるわけで――
「――ごめん。僕が変なことを言った。らとこがヴェリンの変化を知って居るはずがないよな。ヴェリンも、らとこと連絡取れていないんだろう?」
言葉の綾と言うべきか、そんな当たり前――らとこと連絡が取れない――の事まで確認してしまった。ヴェリンがそんな僕の問い掛けにすぐに頷いてくれるかと思ったんだが、ヴェリンの視線が逸らされている。
「ヴェリン……?」
まさか連絡があったのだろうか? それならそれで喜ぶべき事かも知れないがヴェリンの表情は晴れない。
「いえ……残念だけど、らとこから連絡はありませんでした。ただ、遠隈さんの家は」
「遠隈さんが? 何かおかしな事でもあるのか?」
「“ある”と言うか、“あった”なんですけど前に、元親と風波がプールに行ったことがあったでしょう? 実は私とらとこもそのプールに行っていたんです」
うん知ってる――とは言えない。僕は表情の選択に迷いながら、とりあえず頷いておく。
「理由は……今となってはわかってくれると思いますが、そういう理由なんです。好きな男の子がデートしてるとなったらどうしても気になってしまって……」
「ああ、うん。それは何となく」
しかも相手が風波だもんな。脅威に感じるのも仕方が無いと思う――僕が他人事みたいに論評するのもおかしな話なんだけど。ただ、今重要なのはそこじゃ無い。
「それで、らとこの家がどう関係するんだ?」
「元親と風波がデートするって知らせてくれたの、らとこだったんです。私は親御さん経由だたと思ったんですが……」
「ああ、母さんには言ってないよ。風波のことも知らないんじゃないかな? デートっぽいものを僕がするとなったら、母さんは相手はらとこだと思うに違いないよ。それに、デートのことを知ったとしても――」
「――そうですよね。何故先回ってらとこは知っていたんでしょう? 私もあの時は頭に血が上っていて深く考えませんでしたが……」
確かに――どうにもおかしい。らとこの家って……結局僕はどこまで知っているのだろう? らとこは意外にお嬢様みたいだと考えただけで……
「遠隈さんって……」
「やはり気になりますね。転校届けについても――」
「――すぐにそこまで気付いてしまったのはさすがだね」
階段の下から風波の声。僕とヴェリンがギョッとしたように視線を向けた瞬間、六時間目を告げるチャイムが校舎に響く。
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