第2話 意味なし(二)

 ミーニングレスはすでに力を無くした左手側の護衛の身体を右手側の護衛に向けて押し倒す。同時に長剣を抜き放った。片刃で僅かながらそりのある刀身は鈍く光を放つ。そして当然のようにミーニングレスそのは切っ先を倒れつつあった左手側の護衛の後頭部に差し込んだ。上背のあるミーニングレスだからこその荒技。

 しかし右手側の護衛にしてみれば経験したことの無い異常な光景が――喉の奥から刃を突き出す人間など――眼前に迫ってくることになる。対応できない。その一瞬が事態を“手遅れ”に導いた。長剣の切っ先が右手側の護衛の顔面に突き刺さる。剣がかえる。そして同時に護衛二人の頭部が左右という言葉を無意味にするように切り裂かれた。

 もちろん絶命。だがそれに対して感情を揺らしている場合では無い。エステルルンドの残された護衛二人。さらには玄関ホールに面していた部屋に隠れていた多くの武装した傭兵達。さらには階上で弩弓クロスボウをつがえていた傭兵。

 エステルルンドは何も事態を軽く考えていたわけではない。衆を頼むことはむしろ当然のことと言わんばかりに、しっかり備えていたのだ。今は虚を突かれてはいるが結局のところ――

 ミーニングレスの長剣が一閃。その一振りで初老の執事の頸動脈が裂かれる。

「な!」

 まったく関係ない、とも言い難いがこの場にいる事が場違いに思える――それだけにもっとも貧弱な執事をミーニングレスは手に掛けたのだ。そんな無意味な殺戮に意味があるのか? その疑問が周囲の人間に「空白」をもたらした。

 そしてその空隙を突いてミーニングレスは動く。屋敷の窓を突き破って外へと。冬の荘厳な貴ぶべき気候に跪くように設置された窓を、ミーニングレスは躊躇いなく突き破ったのだ。

「に、逃がすな!!」

 エステルルンドは吠える事が出来ただけ賞賛すべきなのかも知れない。何しろ、このままミーニングレスに逃げられてしまえばエステルルンドに平穏は無い。それを即座に判断出来たのだから。

 しかしその判断は根本的な部分で間違っていた。何故ならミーニングレスは

「ご、ご主人様!」

 つい先ほどミーニングレスを迎え入れた両開きの扉が開け放たれる。

「み、み、皆、殺されて――」

 助けを求めた男は恐らくは庭師なのだろう。野良仕事に向いた粗末な出で立ちだ。そしてその声が意味を成さぬ前に途切れてしまう――ミーニングレスの長剣によって。そのままミーニングレスが再び屋敷に乗り込んできたわけでは無い。ただ先ほどとは比べようも無いほどにコートを血で汚した姿を見せつけてミーニングレスは再び姿を消した。

 理解出来たことは――ミーニングレスは逃げ出したわけでは無い。ただそれだけだった。しかしそれが理解出来たとして……出来たとして一体、どうすれば良いのか? 行動に繋がらない理解ほど無意味なことは無い。

 そして周囲に血の臭いが立ちこめる。ミーニングレスは無意味な殺戮を続けているらしい。エステルルンドと傭兵達が視線をあちこちに向ける。その瞳に、どんな“景色”が映れば納得出来るのかもわからぬままに。

 ピンッ、ピンッ、と弦が弾かれる音が響く。同時に階上から血と、そして人の頭が降ってきた。何が起こったのかは理解出来る――階上で伏せていた傭兵達の首をミーニングレスが刎ねているのだろう。弩弓クロスボウの弦を切るような手軽さで。そしてそれが理解出来たところで、やはりやるべきことは不明なままだ。

 しかしミーニングレスにそういった迷いは無い。そのまま姿を消し次の瞬間には子供を二人連れだして、階上の廊下に姿を見せる。それはミーニングレスの姿に子供達が逃げ惑う形であったとしても、そう説明するしかない――そう説明させてくれと祈らんばかりの階下のエステルルンドをはじめとした男達の視線をミーニングレスはあっさりと裏切った。まだとうも届かないであろう二人の子供の細い首を長剣で呆気なく跳ねたのである。まるで作業のように。

「お、お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 エステルルンドは絶叫する。だがミーニングレスはその声に反応もせず次に引き出ししてきたのは若草色のドレス姿の女性。胸にはモールン教徒であることを示す大きく曲がった角を図案化した聖印シンボルを提げていた。だがそんな敬虔さはまったくの無意味であった。彼女の子供達の首から上が無い亡骸をその瞳が捕らえてしまったのだから。

「……――!」

 絶叫、の前にミーニングレスは彼女の背後から肺腑を一刺し。剣がかえる。コルセットに押し込められていた彼女の肉が弾け、血が弾け。階下に血の雨が降る。そして内臓までもまき散らしながら彼女の命が弾けた。

 ここに来て傭兵達がようやく動きを見せた。すでに手遅れの感はあったが、そういう問題では無い。傭兵稼業を続ける内に、いつしか摩耗していた正義感や義侠心が傭兵達を突き動かしたのだ。階上へと続く起毛した絨毯を拍車付きのブーツで踏みにじりながら傭兵達は階段に殺到した。

 それを迎え撃つのは階段の上で待つミーニングレスの長剣。吹き抜けのホールであったことが傭兵達に災いした。高く掲げられた長剣がそのまま振り下ろされ、先頭を駆け上がっていた傭兵の頭を小気味の良い音を響かせかち割ってしまう。絶命した傭兵の身体がバランスを保てるはずも無い。重い装備の助けもあって、そのまま後続の傭兵達を巻き込んで、そのまま雪崩れ落ちた。

 ミーニングレスはそんなになった傭兵達に構うこと無く、階上から飛び降りると今度は端から丁寧に、傭兵達を屠殺していった。嘔吐するのが自然な振る舞いである濃厚な血の臭いの中で、かつては真っ白だったコートの色を無意味にするように。真っ白な帽子に、幾分か白い部分が残ってはいたが、果たしてそれは救いになるのか。

 突き刺して、剣をかえし、切り裂く。それを淡々と繰り返す躊躇いの無さがミーニングレスが持つ大きなアドバンテージであった。階段に向かわなかった十には満たない傭兵達をミーニングレスは始末すると、次には階段の下でもつれ合っている傭兵達へと向かい、こちらも丁寧に処理していった。

 そして残されたのは――エステルルンドの「残骸」。

 僅か数刻の間にエステルルンドの人生は“無意味な物”となれ果てた。それを成し遂げた“意味なし《ミーニングレス》”は残骸の前に再び腰掛け、約束の――果たして“約束”の意味を無くしたのは誰であったのか――報酬を血で濡れそぼったコートの内側にしまい込んだ。ただ一つ、どういう気まぐれか護符アミュレットだけミーニングレスは長剣の柄じりに結わえ付ける。

 モールン教の物のようには見えない、その護符アミュレットは楕円形の中に調和の取れた幾本かの格子模様が描かれおり、あるいは「目」のようにも見えた。

 そんな護符アミュレットから涙のような血が、一滴。

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