第8話 デート(二)

 まったく都会とあいさん……風波ふうはは爆弾だった。いやもう破壊力というか攻撃能力はクレイモア地雷に匹敵するんじゃないかな。まず僕は今現在、彼女を「風波」と名前を呼び捨てにしているわけだけど、そんな羨ましい状況に至るまでに僕は大きな代償を支払っている。それは……

「モリモーはさぁ」

 風波が僕を呼ぶあだ名が、どうしたわけかこんな風に「モリモー」になってしまっている点だ。確かに僕の名前は杜元親もりもとちか。前半三文字を拾えば、そんなあだ名になるけどさぁ。そんな風に呼ばれたことは一回もなかったし……何か“変”過ぎじゃない?

「告白、ってわけじゃないんだよね?」

「そう……だね。もっと深刻かも知れない」

 なんて、それっぽい会話を風波と繰り広げているのは児童公園のブランコに乗ってのことだ。二つ並んでるタイプの奴ね。これに乗って話しをすることが風波のリクエストなんだから仕方ない。これがまた巧妙で、必ず二つのブランコが互い違いになるように調整するように僕は言いつかっていた。僕は軽くそれに応じてしまったが、実際やってみるともどかしくて仕方ない。

 風波の背中しか見えないし、しっかりとした“格差”を感じることも出来ない。さらには横から弾む様を堪能することも出来ない。何しろ一瞬だから! そして風波はそれを計算尽くでやっているに違いない。つまり彼女は自分の魅力を十分に弁えているということになるな!

 ……もしかして“リベワー”に登場した「彼女」は新人タレントのPR活動とか?

 TVで見かけるタレントにも、風波は余裕で勝ってるしな。ただそれだと、こんな草の根活動する意味がよくわからない。“リベワー”内でCMとかやっても良いわけだし。ああ、でもそうするとイベントが――

「――とりあえず、その沈黙で“深刻そう”なことは伝わったよ。でも、そろそろ始めてくれないかな?」

「あ、ああ、そうだね――」

 そこで僕は風波の背中に向かって、改めて説明を始めた。何しろ教室で話をする事は出来なかったからね。僕の他にも“リベワー”プレイしているクラスメイトもいるわけだし。「エステルルンドの屋敷」についてなら話しても良いけど「妖しげな研究施設」を請け負ってしまうと……

 その辺りの事情をかいつまんだり、風波にツッコまれて詳しく解説しながら――ということは、やっぱり風波は「リベルタス・リワード」運営に噛んではいないのだろうか?

「うん、だいたいわかったよ」

 僕の説明が一段落した事を見計らってのことか風波が立ち漕ぎへと移行した。ああ、そんな事をしたら、絶対に丈が短いスカートの裾が! とにかく!

 しかし、僕のそんな心配を余所に風波はギーコギーコと鎖を鳴らし、

「トウッ!」

 と、かけ声と共にブランコから飛び降りた。そんな事をすれば、もちろんスカートは翻るね! ああ、翻ったとも! こういう時、今みたいに後ろから鑑賞する方がベストなのか、はたまた見果てぬ理想郷を目指して前からなのか!

 そんな僕の懊悩を見透かしたように、風波はギリギリまでスカートを翻しておきながら、決して肝心な部分パンツを僕に提示しなかった!

 なんだこのプレゼンは!? まるっきり資料映像が不足してるじゃ無いか! いっその事パワポで……

「モリモーってオタクだったんだね」

 着地と同時に振り返った風波は、やはり絶妙の腰の使い方で僕を惑わせる。

「い、いや……」

「なんて、冗談冗談! ボクもゲームぐらいするし。礼儀として、そう言ってみました。“可愛い女の子の義務”として!」

 そう言って、風波は強烈なウインクを一つ。本気マジでビームでも発射されてないか? それにしても、あざと過ぎるぜ!

「それに“リベワー”ってあれでしょ? フルダイブ式の」

「そ、そうなんだ。あ、やっぱり……」

 ――知ってるじゃないか、と僕が言いかけたところで風波はまた挑発的なポーズをして見せた。いや単純に腕を組んだだけだったけど、それはもうデフコン1レベルの攻撃態勢であることに間違いない。何しろミサイルの信管部分がこちらに向けられているのがよくわかる。軍事衛星とかもう必要無いな、うん。

 すると僕の納得に合わせたように、風波がこう告げた。 

「モリモーって、やっぱりそうだよね」

「な、何が?」

 警戒態勢を維持しながら、僕がどうにか言葉を返すと風波は笑みを浮かべならこう言った。

「スケベ」

 さらに“おかわり“が来る。

「それも“ムッツリ”じゃ無くて“赤裸々”スケベ」

 風波はさらに念の入ったことに、とどめを刺しに来た。

「全然、視線とか隠そうとしないんだもの。説明してたときはマシだったけど、ちょっと身体動かしただけで、鼻息が荒い荒い」

 そして僕の精神こころの死体を前にクスクスと風波は笑う。そんなサイコパス風味の彼女は……やっぱり魅力的だな、うん。けれどリベンジポルノの可能性が――

「それでゲームの中のボクに似たキャラクターって言うのは、やっぱり赤裸々スケベのモリモーが夢中になるぐらいの“おっぱい”をしてるのかな? その辺りの説明が無かったけど……」

「おっぱいだけじゃ無い!」

 そこは力強く訂正しておかねばなるまい。「彼女」の魅力を正しく伝えることに、今僕は歴史的意義を感じているといっても過言では無いだろう。だからこそ一通りの説明では伝えきれないと考えた僕は、敢えてオミットして説明していたのだ。それを風波も求めているというなら、もはや容赦はしない!

 そして、風波はそんな僕の熱に押されたのか組んでいた腕を解き、心持ち上半身を反らした。頰を赤く染めて。

 すると崩れ落ちるかに思われたくだんのおっぱいはそのままの態勢を維持し、逆にこちらに向かって示威行動を……いや風波が直接、僕に向かって突撃を開始してした。

「な!」

 と、僕が声を上げることが出来たことをもっと評価して貰いたい。何しろここからの風波の動きは常軌を逸していたのだから。

 まず丈の短い(重要)スカートを履いていることを微塵も意識させない跳躍。それを僕の前でやるんだから、視線は誘導されたましたとも!

 で、その隙に風波の両足が僕が漕いでいたブランコに着地した。確かに揺れは少なくなっていたけど、こんな事簡単に出来るものだろうか? 要するに風波は僕とブランコ二人乗りの態勢になったわけだ。それも向かい合わせの。

 経験者はわかってくれると思うけど、こうなったら座っている方に主導権なんか、何にもない。立ち漕ぎしている方の意のままに揺らされるだけ。

 いや、そういう力学的なことはどうでも良い! もっと僕の身になって考えてみて! その態勢を頭の中で想像したらすぐにわかるでしょ!?

 今、僕の目の前には躍動する太ももと、もはや形を隠す事を放棄した丈の短い(重要)なスカートが。いや、それどころかパンツを確認してしまったじゃないか! 自己申告します! 薄緑ライトグリーンでした! いや、それは一瞬だっけど、変わらず風波の“腰”は目の前にあるわけですよ。物理的必然として。

 そこある物は、その場に留まり続けようとする……そう。つまり、風波の「腰」が目の前にあるのは「慣性の法則」で間違いない。

 それなのに「慣性の法則」に逆らうように、風波の「腰」は遠ざかり、逆に風波の唇が近付いてきた。つまり風波は至近距離で僕の前で前屈みになったわけで、次には重力に引かれた彼女のおっぱいが、婀娜あだっぽい唇の向こう側に遠近法を無視して存在感を見せつける谷間を作りだしているではないか。

 ええい! この歩く物理教材娘が!

 その教材娘が琥珀色の瞳を輝かせて――


「よし、モリモー! デートしよう!」


 ――ん? 今、僕はなんて言われたんだ?

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