第7話 デート(一)
首の間接から「うむむ」と唸り声が聞こえるのではないかと思えるほどに、僕は首を捻っていた。しかし実際に発声するわけにはいかない。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「“ファドフォディウス”ってのは、要するにホムンクルスの事だと思うんだ」
こんな風に、らとこと話しをする使命が僕の声にはあるんだからな。
今は時間的余裕を持った登校途中。相変わらずの良く晴れた青空。らとこの歩調に合わせる必要もあって、僕はことさらゆっくり歩いていた。
「ほ……ほむ? なんて言ったの?」
「えっとだな……魔法で生みだした人間を“ホムンクルス”っていうんだ」
やはり、らとこにはここから説明しなければならないか。僕は“リベワー”で使われている言葉と比較的知られている言葉を比べながら、らとこに説明する。例えば「カバルス車」というのは、つまり「馬車」の事だとかそういう説明だ。“リベワー”はそういう用語にやたら凝っている部分がある。異世界テイストを出したいんだろうけど、ちょっと不親切だと思うんだよね。
僕のそんな説明を、ふむふむと聞きながら、らとこは、
「……ふ~ん。でも“ゆうきょう”って言うのは、ちょっとわかるかも」
「『
「それって『ゆう』は『人偏に右』って書くんじゃないのかな?」
らとこが困り眉で尋ねてくるので、僕は大きく頷いてらとこの推理の正しさを保証して見せる。確か攻略サイトで、そんな風に書かれていたはずだ。
「やっぱり……あのね、お兄ちゃん。『佑』っていう字は『助ける』って意味があるの。だから『教』って字と繋げると――」
「そうか。何となく意味が見えてくるな。じゃあ『佑教貴』っていうのは?」
「『き』はどう書くの?」
「ええと……『貴族』の『貴』だね」
果たして、この説明でらとこに伝わるのか不安が残るけど、他に思いつかない。すると、らとこは大きく頷いた。
「それなら、多分『
「す……もしかして、あの読めない漢字って、そんな風に読むのか! それで宗教関係の言葉だったんだ!」
らとこが今更な――そして肝心な事を僕に気付かせてくれた。そうかなるほど、そういうことか。それで攻略サイトで書かれていた事がだいたい理解出来る。あとは――
「で、その『枢機卿』って言うのは、どういう仕事なんだ?」
多分、佑教の上司みたいなものだと思うけど念のため。もしかすると、こんなに複雑な漢字を使う必要があるのかも知れないしな。だけどの僕の質問で、らとこは困り眉をさらに困ったように曲げた。
「……多分、司祭よりは偉い人だと思うよ」
「そうか~、でも助かったよ、らとこ。やっぱり“リベワー”はなかなかこだわってるみたいだ。ただ、どうにもわかりづらい部分があって」
「そうだね。確かにちょっとわかりづらいかも……『枢機卿』がよくわからなくてごめんね」
もちろん僕はそんな事で、らとこを責めたりなんて出来ない。何せ、それ以上に僕はわかってなかったんだからな!(自慢にならない)
僕はらとこを元気づけるようにニカッと笑って見せた。それで、らとこも困り眉の角度を緩めて笑顔を見せてくれる。よし、あと一押しだ。
「しかし、らとこはなかなか詳しいんだな」
「あ、あ、それは……れ、歴史だからかな?」
「そうか。これって歴史の範疇になるのか」
それで納得だ。らとこは所謂“歴女”みたいな趣味の持ち主だしな。とにかくこれで、らとこへのフォローも完璧だろう。
となると残る問題は――あのファドなんとか。要するにホムンクルス。昨晩「リベルタス・リワード」に登場した「彼女」。いったい、あのキャラの正体は何なのか? こればかりは、らとこに尋ねるわけにはいかないだろう。
……いや決して、彼女が“セクシーすぎる”とかは関係なく、だよ?
昨晩、僕が請け負った依頼は「妖しげな研究施設」だった。実は「ソル派からの救援要請」という依頼もあったんだけど様子を見るために――「エステルルンドの屋敷」のクリア方法が正解かどうか未だはっきりしない――長丁場になる依頼を避けていたら、何かとんでもない展開になってしまったわけだ。
「リベルタス・リワード」の
だけど、そっちのルートが正解だとすると彼女、ゲームの中では名前もわからないんだけど、一体何者なんだろう? NPC?
だけどそれなら……だけどそれなら「彼女」はあんなにも、先日やって来た転校生「都会風波」にあんなにも似ているんだろう? いや、NPCだからこそ似ているという考え方もありか。
「リベルタス・リワード」のグラフィックデザイナーが偶然見かけた……方向性はあってると思うけど、そんなあやふやな出会いであそこまで似たキャラクターになるものだろうか? そんなすれ違っただけでここまでインスパイアされるものだろうか? だとすれば都会さんはまるでクリエイターに対する「通りテロリスト」みたいな事になってしまうじゃ無いか! 確かに都会さんは“爆弾”級だけども!
それにもう一つ問題がある。ゲーム内の彼女は、あれもない、これもない、すなわち“あられもない”(語源的に間違いなく間違っている)とんでもない格好だったわけだ。「今にも見えそう」なんてレベルじゃ無くて「今にもこぼれ落ちそうな」風情だったわけですよ!
あれは彼女の正確なサイズまでもグラフィックデザイナーが把握していたのでは無いだろうか? いやそれどころか実際に触れた可能性も……だとすると、
「その数値を寄こせ! 感想文は原稿用紙十枚だ!」
なんて、ふざけている場合では無い。これはあれだ。そう……リベンジポルノ的な何かが行われているんじゃないだろうか? 「エステルルンドの屋敷」から始まる一連のクエストは、他に進めている者がいないらしい事が幸いと言えば幸いだが、それは単純にネットにあげてないだけかも知れないしな。
となると都会さんの近くに僕がいたことを幸運とするためにも、本人に注意を促す。これが最適な行動では無いだろうか?
――というわけで。
「都会さん!」
朝のHRが行われる前。クラスメイトに囲まれていた彼女に、僕は声を掛けた。
それは周囲に静寂をもたらしたが、中心にいるセーラー服姿の都会さんは、やっぱりコケティッシュな笑みを浮かべる。まるで僕が声を掛けてくるのを待ち受けていたかように。そして、あの魅力的な声でこう僕に告げるのだ。
「ええと、杜君だったよね? 何か用かな? それも特別な?」
――そんな都会さんの声が、僕には劇の台詞のように聞こえたのは何故なんだろう?
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