第22話 救援(六)

 オマージュってパクリを言い換える言葉だと思ってたけど違うらしい。元の意味は「臣下の礼をとる」って意味みたいだ。そう思って今まで使われてきた“オマージュ”の意味を考えると、確かにパクリとは意味合いがちょっと違うような気もする。

 元ネタに対して敬意を抱きながら、その影響下にあることを表明するって事なんだろう……多分。問題は元ネタを表明しているのかどうもよくわからないところかも知れない。だって元ネタ知らないと、必然的にそれがオリジナルだと思っちゃうもの。このあたりオマージュって言葉を使う人はどうやって見分けてるんだろう?

 それはともかく。

 今回も僕が何やらやらかしたみたいでヴェリンがあっという間に事を収めてしまった。と言うか領事には元々、やりようが無かったみたい。完全にヴェリンが上位者なんだもの。

 つまり監禁とかしてたら、もっと簡単に話が済んでいた可能性もあったわけだ。そこで緩やかに軟禁しておいて有耶無耶にしようとしてたみたい。そしてそれは“現状維持”を考えるなら最善の手段だったみたいだ。

 だってヴェリンがその気になったら、領事館のあるじってそれはもうヴェリンでしかないんだもの。執務室に籠城していた領事――洒落た口髭を生やした紳士風な人――が自分から執務室の扉を開けてしまった。電子ロックをハッキングとか、そんな必要も無かった。いや風波なら出来るんじゃ無いかな~と。僕は当たり前に出来ないしね。……ああ言うのって「ハッキング」じゃ無くて「クラッキング」っていうのが正確な呼び方だったっけ?

 とにかく籠城している領事自らがヴェリンを招き入れて、その場で臣下の礼を取ってしまったわけだ。ヴェリンの前でひざまずく感じ。昔見たアーサー王の映画で見た肩に剣の腹を押しつける姿勢っていうのが位置関係も含めてそっくりだった。騎士がどうとか言ってた気もする。それで言うまでも無いけど、これでこの騒動はおしまい。

 ヴェリンが継承権放棄を宣言したら、それを留めることが出来る立場の人が領事館には誰もいなかったんだよね。これが大使館でも同じ事になったらしい。で、継承権は無くてもヴェリンが王族って事に変わりはないから、相変わらず上にも下にも置くことが出来ない対応ををするしか無いわけで――僕たちは正面から悠々と領事館を出て行くことが出来たわけだ。

 この後のことはライノット公国で対応策を練るんじゃ無いかな?

「絶対にヴェリンを適当にあしらわないよ。日本とのパイプは手放せないし。元々、ヴェリンの立場は強すぎたんだ。それを適当に誤魔化していただけだね。さすがライノット公国。やることに“ソツ”ばかりだよ」

 そんな風に論評する風波って、一体何者なんだろう? それだけは相変わらずわからないままだ。しかも、そんな風波はこんな事を呟いていた。

「これから先、もっと大変なことになるよ。これはボクも考え無いとね」

 ……ライノット公国本当に大丈夫なんだろうか?


 それから二日後――

 まだ制服に着替えてもいない、いつもよりずっと早い時間に母さんに呼び出されて外に出てみるとヴェリンがいた。キチンと制服姿で。いつものカチューシャで。朝の光に金髪を輝かせながら。

 その姿があまりにも魔法的だったので、一瞬「そんな馬鹿な」とか考えてしまったが、そう考えること自体が僕の動揺を裏付けていた。ただヴェリンは普通なら車で……ああ、そうか。

「……自由になったのか」

「そんな大袈裟なものではありませんけれどね」

 それでもヴェリンは生き生きとそう答えてくれた。


 そこで、どういう流れになったのか家で一緒に朝ご飯を食べる事になってしまった。さほど広くもないキッチンのテーブル席にヴェリンが腰掛けていることの違和感って言ったら無いね。そのせいか母さんは、何だか張り切って買い物に出かけてしまった。ビバ! コンビニ! 何か西洋っぽいものを作ってくれるつもりなんだろうか?

 そのヴェリンは和食を欲しがっていたようにも思うけど……いや、それ以前にこんな時間に訪問する事がまず非常識だし、その上好みの食事まで要求するとなったら……

「ごめんなさい。“一緒に登校”という私の夢が叶うと思うといても経ってもいられなくて」

 あ、まず謝ってくれるんだ。だけど、それなら母さんに……ああ、それは無理だな。完全に浮かれ上がっていたからな。

「それで、すれ違いになるのもイヤだったから早く来すぎてしまって」

「ああ、なるほど」

 と、相槌を打ってみるけど「ん?」となる部分が沢山あったような。

「そうしたらご朝食に呼ばれてしまって、これはチャンスだと」

「チャンス?」

 ますますおかしな事を言い出すヴェリン。

「ええ。杜家の“家庭の味”を知るのに良いチャンスだと思いましたので。どうせこれから先、如何様にも恥をさらすつもりでしたから――単純に“順番”の問題かと思いまして」

「ちょ、ちょっと待って」

 さすがにわかってきた。無理矢理でも一緒に登校したがったり、家庭の味付けを知りたがったり、もう格好つける間柄ではなくなると予言してみたり。

 それって、つまり……

「まずご報告です。とりあえず歳費、そういったものは停止。住んでいたマンションは公邸と同じ扱いでしたから、そこも出ました」

「それって困るんじゃ……」

 いきなり話が即物的になった事で、僕の思考も反射的に軌道修正を受け入れてしまった。いや、実際その辺り気になるし。サイヒって言葉の意味がよくわからなかったけど多分お金に関係する言葉だと思うし。そんな僕の心を読んだようにヴェリンが続ける。

「経済的なことなら問題はありませんよ。元々、私名義のものがありますから。それに風波の“ツテ”が協力的でしたしね」

 またそれか。僕は思いきって聞いてみることにする。風波には聞きづらかったけどヴェリンから聞かせて貰えるなら、それでも問題は……知らなかったことにしても良いし。

「――その“ツテ”って結局」

「それは風波から聞いてください。それを私から話すのはルール違反のような気がしますし」

 いきなり言葉を遮られたが、やっぱりそうなるか。

「そして私もルール違反は止めておきます。本来なら、一番にしなくてはならなかったこと。これもまた“順番”の問題ですね」

 そう告げたヴェリンの整った顔に魅力的な笑みが浮かぶ。いや威圧的な、という表現の方が適切だったかも知れない。自分を見ろ! と強く訴えかけてくるヴェリンの笑み。

 そしてヴェリンは勝ち鬨を上げるように、僕にこう告げた。


「私は貴方が好きです。ですから、これからは堂々とそのための行動を起こしてゆきます。それが私が継承権放棄を決めた最大の理由――覚悟してくださいな

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る