第21話 救援(五)
確かに領事館は混乱しているみたいだ。いつまで経っても僕たちを探そうなんて集団が現れることも無く……これって単純に人手不足なんじゃ無いかな? それに加えてだよ。
「こちらです」
なんて領事館から招き入れられてしまった。ずっと外で隠し続けるのかと思っていたけど、そういう計画では無かったらしい。スチール製の無骨な扉で、いかにも、な感じの「裏口」だったけど中に入ることが出来るなら何だって良いよね。
……中に入って何をどうする? みたいな問題があるんだけど。いや、それ以前に僕は一体何をしているのだろう?
そんな疑問が僕の頭の中で渦巻いているんだけど、今のところ怯えるほど危険な目にも遭ってないんだよなぁ。それで危機感……持った方が良いことはわかるんだけど。
裏口らしくこの区画は倉庫代わりの部屋が並んでるみたいだ。人の気配が無い。光量も落とされていて何となく薄暗い。この状況がうってつけなのかどうかも僕にはわからないんだよな。そろそろ説明……してる暇は無いか、さすがに。
「彼女は――」
不意に風波が話し始めた。彼女というのは無論、裏口を開けてくれた人の事。タイトスカート姿だから女性だし声からしてそうだね。ブラウンの髪は短めだったけど。
「――ライノット公国の、そうだね革新派ぐらいかな? 今この場で簡単に説明するならヴェリンの味方だよ」
移動中なのにそうやって風波が説明してくれたのは僕の不安を取り除くためか、しばらくは安全だと僕に教えてくれようとしているのか。何だかやけに足音が響く。薄暗い廊下を随分歩いた気もするけど、辿り着いた場所もやはり薄暗かった。
「エレベーター……ホール?」
「そう。資材搬入用だね」
と言いながら風波が確認するように裏口を開けてくれた人を見遣ると小さく頷いていた。そういったものであるらしい。けど、それがわかったからと言って、何がどうなるのか……
と僕が悩んでいる間に扉が開き「3」のボタンを女の人が押す。これもまた段取りが出来ているらしい。頼もしくはあるんだけど、何かドンドン引き返せなくなってるような――いや、今更なんだけど。
上昇と停止が身体で感じられ、再び開けられた扉の向こう。果たしてそこには――ヴェリンがいた。
「なぜここに杜がいるんです!?」
いや、それについては僕もまったく同意するしか無いわけで。目が合ったその瞬間に、いきなり
「ハイハイ、ボクもいるよ~。まぁ、モリモーばっかり目に入るのもわからないでも無いけれど」
「なっ……! って、風波!! 貴女もいるんですか?!」
あ、ヴェリンは風波の事情は知らないんだ。いや、ボクだってわかって無いんだけど。その風波は平然とヴェリンに尋ね返した。
「ヴェリン。あなた、そうやって出歩いてたの?」
「え? ええ。確実に軟禁状態でしたから。私は領事に話があると言っているのに、言を左右に振り回して……戻ってはいるはずなんですけど」
「ああ、うん。戻ってるね」
「やはり……」
そう言いながらヴェリンが親指の爪を噛んだ。絵になるなぁ。でも、おかしいな話。ヴェリンもすぐに“おかしさ”に気付いてくれたようだ。
「――何故風波が知ってるんです?」
「そこはそれ。“ツテ”って奴だね」
「“ツテ”って……いえ、問題はそこだけではありません。一体何がどうなっているのか……」
今更ながら、ヴェリンも事態の異常さ加減に気付いてくれたようだ。
「だんだん人が減ってきてますし、それなのに事態を教えようと誰もしません。これはもう怠慢と言っても良いでしょう」
言いながらヴェリンは僕たちに同行していた職員さんに冷たい目線を流す。僕たちと一緒にいたことで何かしら事情を察してくれてはいるのか。今まで動じない印象だった職員さんが何だか身を縮込ませている。でもさっきまでいた薄暗い通りじゃ無くてエレベーターを降りた、この三階ってやけに明るいんだよね。壁紙は明るいベージュ色で。LEDに加えて壁に間接照明じみた照明があって。足下なんか緋色の絨毯だもの。対外的に見栄えがするような感じ。
それなのに、そこでいくら小さくなっても。
「……で、その原因は杜と風波なんですね?」
「うん。それは間違いない。そういう風に動いていたからね」
逆に風波は悪びれもせずあっけらかんと答えた。それ以上に、こんな事を言い出した。
「だからヴェリンから上手いこと言っておいてよ。あんまり大事にしないようにって。一応、ヴェリンが監禁されている可能性もあるかと思って忍び込んだんだよ?」
「また、そういう……」
ヴェリンは苦笑を浮かべながらも、どこか嬉しそうだ。そして僕も風波の目論見がわかった。なるほど最強の
「それで杜は何故いるんです?」
「それは領事館にも言い訳が必要かと思って。ボクだけじゃ、かなりマジになっちゃうでしょ? その点、モリモーが一緒にいれば青春の暴走、みたいな言い訳が使えると思って。双方に落とし所って大事だと思うんだよね」
そ、それで僕は引っ張り回されたのか。驚愕の真実ってこういう事を言うんじゃないのかな? 大袈裟?
「……で、ある程度段取り整えて乗り込んできたら肝心のヴェリンが、完全に自由の身なんだもの。これはボクたち必要無かったかも知れないね。ちゃんとモリモーの安全を考えてはいたんだけど」
ああ、それはばっちり。安全すぎたから何せ未だに現実感が無い。それにヴェリンがこの状態なら、もう大体決着だよね。
「……あとは領事という人を探すだけか。あ、いや、これから先も危険が――あ、でもヴェリンがいるからそれももう無いのか」
「だけって――ミスター杜」
え? 何ですか? いきなり折り目正しく呼びかけられたけども。
「領事に会ってからが本番ですよ。いえ、そこまで急に話は進むはずもないですが、まずは私の意志を伝えなくては始まらない――」
「だから、意思を領事に伝えればもう終わりなんじゃ無いの? 日本で一番偉いのヴェリンなんだから」
継承権放棄しますって、ヴェリンが言っちゃえばそれに文句言える立場の人いないんじゃないのかな? だってヴェリン自身が最強の
僕はそれを確認しようとしてヴェリンに……
……何故、そんなに驚いた表情なんだ、ヴェリン?
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