第20話 救援(四)
領事館の玄関というか門には人の出入りを見張る場所があった。あの高速道路の入り口みたいな奴だね。検問みたいな奴、と言えば良いのかな。僕と風波は特に何も用意しないで、その検問所に近付いて行く。結局、僕は風波がどういうつもりなのかわからないままに。
「すいません。少し良いですか?」
その風波が突然、検問所に詰める警備員みたいな人に声を掛けた。さほど広くもないブースに二人いて、別に外国人って感じじゃ無かった。こっちの日本人なんじゃ無いだろうか。現地職員ってやつかな? ……って、いきなり話しかけるのか。普通にヴェリンを呼び出してもらうとか?
「はいはい。何?」
結構、
それはわかるけど、それで一体何を――と思っていたら、その警備員さんが逆にその場でクタッとなってしまった。
え? 僕は再び驚きで目を見張った。そんな僕の驚きには一切構わず、そのまま風波はブースの中に飛び込んでしまう。そして再び聞こえる鈍い音。中のもう一人を、どうにかしてしまったらしい。
「……う~ん、わかりやすい鍵とかは無かったよ。そこまで抜けてはいないか。じゃぁ、モリモー行こう」
「い、行こうって?」
「領事館の中だよ。つまり外国。そのほうがやりやすいんだよね」
「やりやすいって……何が?」
と、辛うじて尋ねることは出来たけど僕はしっかりと混乱中だ。だからこそ、そのまま風波について行ってしまったわけだけども。
…………え?
そこから建物の入り口に向かったら、さすがに僕も何処かで正気に戻っていたと思う。そこで風波とは別れて、結果捕まって国際的な大問題になるところだったんだから……時には正気に戻らないことが大事かも知れない。
「ま、この辺りで待機して油断した職員を隠して行きましょう。陽動作戦だね」
と、風波が説明してくれたわけだが、何だろうこのもどかしさ。風波の説明も領事館の反応もピントがずれているような気がする。僕たちは今、領事館の敷地内の植え込みに隠れているんだけど、そんな事で隠れ続ける事が出来るものなんだろうか?
いや、先に気にすべきは風波の体術? 何かそういったスキルを気にした方が良いんだろうけど……あまり気にならない。風波だからね。
その風波が身を隠したままで説明を続けてくれた。さすがに僕を気の毒に感じたのか、自分自身の整理のためか。暗闇の中で、やっぱり短いスカートから覗く風波の太ももが何だか青白い。緊張……しているのだろうか? そう考えると風波の声も随分固かったように思う。僕は今の事態がよく飲み込めてないせいか、不思議とそこまで緊張してないんだよね。
「前にライノット公国が政情が不安定って話はしたよね? って事は日本に来てる関係者って、どういう立場だと思う?」
どういう立場って……それはまぁ、命の危険がある国よりは良い国だと思ってくれるんじゃ無いのかな? その辺りを風波に返してみると、風波は小さく頷いた。
「うん。それはそうなんだけど、実質的に日本での任務はちょっとした休憩なんだよね。全体的に緩いんだ。ヴェリンもあんな性格だったから手も掛からないし、日本も仮想敵国ってわけじゃ無いし」
今、全力で敵国になろうとしてる気もするけど。
「駐在武官も少ないし」
その用語はよくわからなかった。
「そういった条件でさらに考えて行くとね。今のヴェリンの状況も何となく見えてくるんだよ」
「状況?」
「うん。まずヴェリンは勢い込んで本国の出張所である領事館に乗り込んだ」
そうだね。行き先がここだとわかってしまえば生徒会室から飛び出したヴェリンの姿から、そんな姿を想像するのは容易い。
「で、それに対処したのは領事、といきたいんだけど領事って、そんなに暇じゃ無いんだよね」
僕は今、領事というのが役職だと初めて知りました。
「でも、連絡を取り合うことは出来る。恐らく領事からでた指示は『丁寧に応対して、心変わりをして貰うように』って事になると思う」
「何だか……ん?」
凄く遠回りしている気がする。どうして、そんな事になるんだろう? そうやって首を捻る僕に風波はさらに言葉を繋げた。
「それでヴェリンは今、軟禁状態なんだと思う」
風波に意表を突く意図は無かったと思うんだけど、その“軟禁”という言葉は確実に僕に息を呑ませた。
「……あからさまじゃ無いよ。職員が世間話とかして、ついでに領事が遅れていることを言い訳してると思う。本当は、とっくに戻ってるんだけどね。懐かしい故国の料理とかで絆そうって腹なんじゃ無いのかな? で、その間に領事は本国と協議中、という感じかな?」
そうやって説明されると、何となくわかった気になる。けど、その風波の推測が当たっているとして、今の僕たちの状況は一体?
「それは簡単。せっかくヴェリンがその気になったんだから、ここで絆されるのももったいないとおもってね。それで侵入者が現れた、なんてことになったら領事館内部でも明らかに動き出す。そうなればヴェリンはボクたちが現れたと考えるかも知れない」
「それは……」
「で、こっちが本命なんだけどヴェリンの“軟禁”の任務に当たっている職員も狩り出されるだろう? そうすればヴェリンは自由になる。領事館内を自由に――」
ふと。
目の前から風波の姿が消え、ただ闇だけがそこに残されている。音も無かった。風波は
「モリモー。ちょっと手伝って。ここまで引っ張ってこないと」
そう言う風波の視線を辿ってみると、倒れ伏した職員が一人。侵入者がいるのに単独で動くなんて迂闊過ぎると思うけど、この辺りが“緩い”と言われている原因――いや、それ以上に風波がおかしいんだけど。
「ここに彼女を隠して別の場所で、同じ事しよう。怪我はさせてないし、当たり前に命に別状は無いよ。これはね――外に漏れたらライノット公国が恥を掻く事例。だから、今は手早く事を済ませよう。大丈夫。こっちは最強の
……いや、それを言うなら風波の方がよっぽど“最強”って感じなんだけども。
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