第19話 救援(三)
生徒会室で何が起こったのか? その点を風波に“尋問”され、僕は今、風波の腰に抱きついています。わけがわからないでしょうがその点は僕も同じ気分です。ただ無意味に抱きついているわけでは無い。それだけはお伝えしたい。何せ今僕たちはバイクに二人乗りの真っ最中なのだから、僕の行為は煩悩に塗れた結果では無く生存本能に従ったものだと言うことをわかって欲しい。
それよりも問題なのは――
「風波!」
「何!?」
「なんで、セーラー服のまんまなんだ!?」
向かい風の中で僕は必死に風波に尋ねる。しかし答えは返ってこなかった。僕はあれだけ素直に答えたというのに!
あとから知ったんだけど、僕が提案したのは所謂「継承権放棄」って奴になるらしい。確かに聞いたことある言葉だね。ただ、それを告げたときのヴェリンの反応は……凄かった。
ガッと僕の肩を掴み紅潮した頬のまま何かを言いたげに口をパクパクさせ、今にも僕に飛び掛かりそうになったんだから。僕もそんな尋常じゃないヴェリンの反応に慌てて言い訳を組み立てた。
どうも「継承権放棄」がマズいんだろうなって事はさすがにわかったからね。でも、全部否定するのも違うと感じた。そこでもう一度「リベルタス・リワード」に頼ることにしたわけだ。
今の一連のシナリオの始まりになったのは考えるまでもなく難関クエスト「エステルルンドの屋敷」。その突破方法は自分でもわかる程に無茶なものだった。だけど、それぐらいの気持ちで行動することも大事なんじゃないか? って。
もちろん「エステルルンドの屋敷」の詳細については触れずに、エッセンスだけね。つまり「時には無茶も大事」みたいな部分。
そこを伝えようとしながら「継承権放棄」については賛成しないわけだから、それはもう無茶苦茶になった。今だからこうしてある程度まとめることが出来るけど、最終的に僕の主張がどう着地したのか――よく覚えていない。
結局ヴェリンは何も言わずに金色の髪をなびかせて部屋を出て行ってしまったし。怒って飛び出した……という感じでも無かった気がするんだよなぁ。この後、僕が生徒会室を閉めた分については褒めてくれても良いと思う。
と言うのも、家に帰ってから風波に有無を言わせぬレベルで呼び出されて“尋問”された午後八時。僕、何かやらかしたみたいみたいだろ……何も悪いことはしていないと主張したいわけだが――
「うん。それはわかる。モリモーは悪くない。悪くないけど……」
僕から一通り話を聞き出した風波が難しそうな表情を浮かべた。呼び出された公園の一角。木製の背もたれのない椅子の上で並んで座った僕と風波は街灯――ではないんだろうけど――の下でのやり取りに一段落つける。と言うか僕の説明が終わった、という感じだけど。
思い返してみせれば、この時も風波はセーラー服だったな。そして、その場に僕を待たせて大型バイクに乗って現れたときにもセーラー服だった。つまり、最初からおかしいんだ。――最初がどこかもわからなくなるほどに。
そしてメットを渡されて何十分ほど連れ回されたのか。いや“何十分”で済んだことが幸いだったと考えるべきなのか。携帯で確認するとおおよそ三十分と言ったところだと思うけど……
恐らく法定速度は守っていないから、一体ここは何処なのか見当も付かない。少なくとも人目の無いような場所でないことは確かだ。逆にセーラー服姿の風波が補導されかねないロケーションだね。しっかりと街中なんだもの。
パーカーにジーンズ姿の僕はともかく風波にはやはり補導の危険がつきまとう。だけど風波はあっけらかんと隣を歩く僕に説明を始めた。
「さすがにバイクで直接乗り付けることも出来ないしね。ちょっと歩くけど……」
「その前にどこに行くのか教えてくれ」
「あ~……言ってなかったっけ? これはボクも随分慌ててるな。目的地はライノット公国の領事館」
領事館……大使館とは違うのだろうか? とにかくライノット公国の施設であることは間違いないだろう。と言うことはヴェリンに関係のあることに間違いなわけで――それは当たり前の話なんだけど……
「ヴェリンは、いきなりその領事館に飛び込んだのよ。連絡を受けて、さすがに肝を冷やしたよ」
「連絡……?」
やっぱり風波の“ツテ”が正体不明だ。そんな僕の戸惑いを察したのか、風波が黙り込んでしまった。黙秘権という奴だろうか? だけど僕も無理矢理“ツテ”について聞き出したいわけじゃない。尋ねたいことは今の状況と、何故僕が連れてこられたのか?
そこが肝心な所だと思うんだけど……
連れてこられた周囲の風景は完全に街の夜景だね。繁華街という感じじゃ無くて、大きな道路に沿うようにしてオフィスビルが建ち並んでいた。灯りは? と言えば、車のヘッドライトがネオンサインの代わりに煌めいている感じ。淋しい……と言えばそんな感じなんだろう。確かに繁華街の真ん中に、その領事館があると考えるよりは納得しやすい……気もする。
ただ、こんな感じだからいきなり補導の危険性は低くなった事だけは確実に思える。多分、それだけが救いだな。
「ねぇ、モリモー。よく継承権放棄なんて知ってたね」
再び口を開いた風波がいきなりそんな事を言い出した。話題を変えたいという事なんだろう。僕もとりあえず、それに乗っかることにした。
「えっと……最近聞いたんだよ。何だっけ? イギリスの……」
「ああ、あったねそんな。そんなニュースが。なるほど、あれがあったか――実はね。ヴェリンには、そういう方向性の将来を選んで貰いたかったんだよね」
「え?」
僕は思わず声を上げた。その声がビルの谷間に反響して、やけに虚ろに響く。夜のオフィス街ってこんなふうになるんだ――そうじゃなくて!
「継承権放棄って、それが風波のやりたいことだったのか?」
「いや、僕個人の考え方じゃ無いよ。でも、そのほうが上手く行くだろうって……色々なことがだよ? 少なくともヴェリンに我慢させるよりはマシなはずだし」
「でも、ライノット公国は?」
「それについても考え……ああ、でもこれが一番マズいかも。だって継承権放棄なんて事になるの、もっと先の話になる予定だったから」
「あれ? 社交がどうとか……」
ヴェリンが何か気にしてたと思うけど。それを聞いた風波は肩をすくめた。
「関係ないよ。実際、イギリスで継承権放棄した人、とっくに社交界デビューしてるし。その発言は単純にヴェリンが気を遣っただけ」
ああ、そう言えばそんな感じだったかも知れない。
「だからね。時間を掛けて日本を好きになって貰って、そういう判断して貰えるようになろう、って言うのがボクの“ツテ”の目算。例えば『リベルタス・リワード』がやりたくて、お付きの人に反抗する、とかそんな“きっかけ”を掴んでくれれば十分だったんだ。せめて学校にいる間は青春って奴を満喫して貰おうって」
そんな事も風波は確かに言っていた。つまり……どこで事態がおかしくなったんだろう? 「リベルタス・リワード」をプレイしたこと? NPCにエヴェリーナというキャラクターが現れたこと? それとも僕が「継承権放棄」なんて言い出したこと?
いや、それよりも大事な事は原因の究明じゃ無くて、これからどうするかだ。そして僕は――
「見えてきたよ。アレが領事館」
その風波の言葉に誘われて僕は進行方向に目を向けた。そして視界の中にマンションのような建物が見えた。正確に言うとその敷地だね。塀は確かに外国の建物みたいだけど植え込みとかあって、庶民的というか周囲に威圧感を与える感じじゃ無い。その奥に四階か五階建ての建造物。窓が少なくて、この辺りはマンションとは様子が違う。
「そ、それで、どうするんだ? 裏口かどこからか遊びに来ました~、とかやるのか?」
幸いなことに風波はセーラー服だし。学友という主張が通るかも知れない……いや、無茶なもはわかってるよ。けど他に方法ある? まったくのノープランなんだから。
一方でノープランのはずが無い風波は、
「う~~ん」
と、唸り声を上げていた。
……え? 実際、風波はどういうつもりなんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます