第17話 救援(一)

 弁当を開ける。そして頭の中でシミュレート。さてどうしたものか……

「何~? モリモー、ピーマン嫌いなの?」

 学食で僕の正面に座る風波がそんな風にからかってくるが、その相手を――

「あ、違うよ。お兄ちゃん、その“ピーマンのおひたし”病気みたいに好きだから、多分どういう順番で食べようか悩んでるだけだと思う」

 僕の横に座るらとこが代わって相手をしてくれたわけだが……病気は酷くないか? いや、それだけ風波と親しくなったということだろうし、喜ぶべきなんだろうな。

「それで、私も子供の頃は苦労したんだよ。何かと言うと『元親くんはえらいねぇ。らとこはどうして食べられないのかな?』って……」

「ああ、それはモリモーが悪いね。間違いない」

 つまり味が濃いめのミニハンバーグをご飯と共にいただいたあと、ピーマンで締めたいわけだ……仲良くなりすぎじゃ無い?

 ちなみにその二人。らとこはきつねうどん。風波は天ぷら蕎麦という、一歩間違えると戦争になりそうな昼食を選んでいた。いや戦う理由は無いんだけど。

「子供の頃から、そういうのが好きだったわけ?」

「好きというか……いや、うん。好きでいいや」

 説明のしようがない。あの無限に食べていけそうな感覚。アレはもう、好きとか嫌いとは関係ない次元の話になる。そう納得しながら、まずはオープニングの一つまみ。

 ――旨い。

「そんなに美味しいんですか? 少し分けていただいても?」

 と、気軽に申し出てくるのは、はす向かいに座るヴェリンだった。彼女は僕と同じで昼食持参タイプ。バスケットの中には……ええと、あれだ。やたらに豪華そうな名前の……ロイヤルストレートでは無く……あれだ!

 クラブハウスサンドウィッチ! ……というものなのだろう、恐らく。基準がよくわからないが、少なくともパンに挟まっているあの肉はハムでは無く、ローストビーフなのでは無かろうか? いや、そこは重要では無く――

「良いですよ。紙ナプキン……あ、もう直接行きます!」

 らとこが何やら断固たる決意デタミネーションを胸に、ピーマンのおひたしを箸でつまんで、そのままヴェリンに差し出した。いや所有権とか個人的財産の保護とか、もっと重要な部分がまるっきり無視されてしまっているわけだが……

 ヴェリンはそんな僕の葛藤を余所に、らとこの誘いにあっさりと乗った。差し出された“ピーマンのおひたし”をパクリとやる。途端――

「あ……! なるほどこれは、頷ける味ですね」

「どれどれ」

 風波まで! 箸はすでに標準装備だったし、かき揚げの上に載せることも出来るという好条件が揃っているのだから、これは自然な流れだったのかも知れない。もちろん、僕も“ピーマンのおひたし”が、そこまで死守するほどでは無いことはわかっている。母さんは、弁当箱の四分の一を“ピーマンのおひたし”で埋め尽くしているから、被害は軽微に収まる事も予想される。しかし同時に惜しくも感じてしまうのだ――なんという二律背反アンビバレント

「……あ~、なるほど美味しいね。だし醤油……めんつゆかな? そこから一手間という感じだけど。これがモリモーの家庭の味か」

 言われてみれば確かにそうかも。この学食は言うに及ばず、外で口にした記憶は無いな。“ピーマンのおひたし”。

「無限ピーマンとは、ちょっと違うし……」

「“無限ピーマン”? 何それ?」

「あれ? 知らないのか。こうピーマンを縦に切り分けて……味は似てるかも知れないけど」

「モリモーの家のピーマン、炙ってるからね。その辺りが違……」

 風波の声がいきなり止まった。何事かと周囲を確認してみると、らとことヴェリンが何だか凄く真剣な表情でこちらを見ている。そして、遠巻きにはこちらを凄い形相で睨んでいる野獣男子の血走った目が。

 ……まぁ、男子の方は理由は言うまでも無いな。


 さて、こんな風に学食でこの四人が集まっている理由は言わずもがな「リベルタス・リワード」にある。凄く簡単に説明してしまうと「攻略会議」だったりする。でも攻略も何も無いんだよね。シナリオのままにクエスト引き受けていったら、何だか舞台となっている「港湾都市カクニスタ」が凄い事になってしまって。その個別のシナリオは歯ごたえは確かにあるんだけど、僕たち四人はちゃんと成長レベルアップしてるし――僕がいるしね。その点はさほど問題じゃ無かった。それに僕たちの目的は攻略じゃ無くて「ヴェリン」と一緒に遊ぶことだから、これもまた正解の形なのだろう。

 となると、女の子達にはシナリオもかなり重要みたいで――個人差はあるだろうけど――今クエストを進めている一連のシナリオは、かなりエモーショナルであるらしい。それは僕にも何となくわかる。何せ“男装の麗人”である貴族が熱い意志で改革を志しているわけだからね。一種の大河ドラマっぽいような気がする。

 歴女である、らとこに言わせると“男装の麗人”は「坂本龍馬」っぽいらしい。商売を中心にして、それで各都市の間を取り持とうとしてるところが“それっぽい”とのことだ。「リベルタス・リワード」の運営がNPCの設定にそういった要素を持ち込む可能性はあるな、とは僕も思う。

 しかし不可解なのは、あまりにも「港湾都市カクニスタ」の在り方が変化してしまっていることだ。恐らく変化の原因である僕はどうと言うことは無いんだけど、今までのユーザーは納得するのだろうか? もっとも他の都市に行けば従来通りという可能性もある。掲示板で確認する限り、それほど大きな変化はあるようには受け取られていないようだ。

 将来的に、都市間戦争イベントなんか準備している可能性もあるな。そこにフレーバー的に“男装の麗人”を実装してみた――割とありそうじゃ無い?

 しかし今日の「攻略会議」で話しあうことは運営の意図を探ることでは無い。かと言って緊急で確認するべき問題が発生したわけでは無い。

 要は「リベルタス・リワード」のシナリオ付いて語り合いたい。そんな女の子達の要望リクエストに応えるために今日の昼休みはこんな次第となったわけである。僕の安穏とした生活を犠牲にして――だって、ヴェリンにらとこに風波だよ?

 ねぇ? わかるだろう?


 そんなわけで昼食も済んで、お互いに萌えポイントなんか披露し合っている女の子達。こういう風景は長閑のどかで良いよね。もちろん生徒会長ヴェリンの側に男子生徒が近付いても大丈夫なのだろうか? という心配事もあったわけだけど風波はあっさりと、

「座り方の問題だよ。ヴェリンと一対一ならともかくボクからとこちゃんと“デキてる”と思わせれば良いんだし」

 と返してきた。その提案には説得力があるような気がしたけど……やっぱりヴェリンって学内でも監視されてるということに気付いてしまった。やはり“実家”がややこしいらしい。

 そんなヴェリンは“男装の麗人”、NPC「エヴェリーナ・ソンマル・カールシュテイン」に随分入れあげてるみたいだ。その点はらとこと同じなんだけど、ちょっと入れ込み方が違う気もする。

 それでも、この食堂での「ファンの集い」は――有意義なものだったはずだ。

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