第27話 雪と血と(一)

 ソル派の始まりとは――?

 元々は神々の中でも太陽神ソルを特別な神として中心に据えるモールン教の一形態であった。そして、それを唱えたのは時の王――快哉王オリヴェルであった事は間違いない。それは導教后というモールン教の中心が長らく空位であったことが原因であることに間違いない。

 導教后を巡っての佑教貴達の暗闘。それに加えてモールン教の腐敗はもう手遅れだったのである。そこでオリヴェルは軍事力でもってモールン教に改革を強制した。具体的な案としてソル神を主神に据える事を要求したのである。オリヴェルの強引な手法と軍事力は一時は確かにモールン教に変化をもたらした。

 オリヴェルはただ単に民のために改革を志したわけでは無い。モールン教が所有していた財力を削り王の権威を高めるために改革を要求したのである。つまりは権益の奪い合いという“いつも通り”の背景がそこにあったわけだ。

 だが、それだけにオリヴェルの改革には実利が伴っていた。つまりは商行為の活性化である。民に自由に商売させて、その“あがり”を差し出させる。何故モールン教では禁止されていた商行為がソル神の御名であれば可能になるのか――そんな理屈はどうでもよかったし、オリヴェル自身もその辺りは抱き込んでいた練教あたりにまかせていた。どこまでも実務的な王であったのである。

 しかしこれによってモールン教は危機に瀕した。内部抗争している場合では無いと、この時ばかりは一致団結したのである。そしてモールン教もまた現実的であった。オリヴェルがもたらしたこの災厄に対してモールン教が打ち出した最初の一手は――オリヴェルの暗殺。

 まず首魁を取り除いてからソル派を異端と認定する。そのため動揺したソル派を各個に弾圧していった。その頃には再びモールン教内部での抗争が復活していたが、それにソル派弾圧も組み込んで、

「――ソル派であると疑われるような行いが罪なのである」

 などという、無茶な理由でソル派は徹底的に弾圧された。例えそれによって、純粋なモールン教徒が火あぶりされたとしても、モールン教は決して手を緩めることが無かったのである。

 しかしそれでも、ソル派が消えることは無かった。それはモールン教が人の心の支えでは無く重荷になっている――それを端的に示す現象であったのだろう。


 ラケルがカクニスタに匿われるようになってから、いかほどの時間が経過したのであろう?

 少なくとも季節が移ろい雪がカクニスタを覆うようになっていたことは確かだ。カクニスタは南方からやって来る暖かい海流のおかげかそこまで冷え込むことは無かったが雪景色であることに変わりはない。

 そう。ラケルが幾分か回復した時、モールン教にとってもっとも神聖な季節――冬となっていた事はラケルの敬虔さを示していたのかも知れない。


 ラケルは本を通じてカクニスタの街に触れていった。書籍、文献の取引業者に注文を出すことはラケル本人でなければ難しく、そういった欲求がラケルを回復へと誘ったらしい。

 もちろんカクニスタで手に入るものと言えば、ラケルが忌避しているソル派に与した者がほとんどだ。だがそれでも、ラケルは本に縋るしかなかったのである。やがて、それを実地に確認したくもなった。

 そこで、ようやくラケルがエーファと会うことを承知した。これもおかしな話で、本来ならばラケルはもっと前にエーファに謝意を述べなければいけなかったはずなのである。エーファに逃亡を助けて貰わなければ、ラケルの命はとうに尽きていたのだから。

 これがモールン教内部のことであるのならば、ラケルは厳重な叱責を受けていてもおかしくはない。またラケルもそう考えて然るべきであるはずなのだが……相手は異端とされたソル派。エーファはその代表者なのだ。

 だからラケルがエーファをまともな「人間」を相手にするように礼儀を以て接しなければならないとはまったく考えなかった。それがラケルにとっての“自然”であったのである。

 そしてエーファもモールン教の厳しさに対抗するように打ち出されたソル派の教義「寛容」であることに盲目的に従っていた。そこに政治的配慮があったことは間違いなかったが、ラケルのそのような振る舞いに怒り出すことも無く、逆に甲斐甲斐しくラケルに接した。

 それがまるで無知蒙昧な相手を正しく導く様に見えたとしても、この状態で二人の間ではバランスが保たれていた。ラケルが尋ねエーファが語る。ただそれだけのやり取りが続けられ、最近になってミーニングレスの姿を見てもラケルは落ち着いたままであった。

 ラケルは元気になった。

 そう周囲の人間が考えても仕方の無いところだろう。ソル派への理解も深まったのではないかと、そう期待していたのである。

 しかし真相はまったくの逆。ラケルは変わらずモールン教の敬虔な信者であった。集めた文献を並べてソル派への理解を深め、それを徹底的に批判することをラケルは目論んでいたのだ。


 ――果たして、それは自発的な物だったのか?


 実はそれさえも違った。書籍の取引業者。これが従来のモールン教との繋ぎの役目を担っていたのだ。注文された本にはそういった指令が挟み込まれていたのだ。ラケルにとって懐かしい聖句と共に。

 そして取引の時にはエーファの様子を伝え、さらにはミーニングレスを観察した結果をモールン教に伝えていたのである。それがモールン教にとって正しいことだと確信して。

 ラケルの回復の理由には、そんな使命感があったことは間違いないだろう。果たしてそれをソル派は「寛容」の教義と共に許すのであろうか?

 そして今日――


「ラケル様。こちらです。お静かにお願いします」

「はい、心得ています」

 ミーニングレスにあてがわれた屋敷の裏手。書籍を運んできたカバルス車にラケルは乗り込んだ。ソル派に毒された魔都カクニスタから逃げ出したい。それはラケルの望みでもあったのだ。

 モールン教はそれに最大限の便宜を図ってくれた。シェハンダでラケルについていた、まだあどけなさの残る護衛の少年を見つけてくれたのである。その心遣いにラケルは感謝した。そして知った顔であることに安堵してカバルス車はカクニスタをあとにする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る