第26話 監禁(二)

 授業を受けている場合では無い。風波から話を聞かなくちゃならない。それはわかるんだけどいったいどうすれば良いのか。学校を出てしまえば……ああ、でも制服姿だし。風波はセーラー服だし。迂闊に外に出るのも――

「生徒会室に行きましょう。あの部屋なら比較的自由に使えます」

 さすがは生徒会長。でも鍵は――ああ、確保済みだったのか。ヴェリンももう授業を受けている場合では無いと考えていたらしい。ただ風波の出現までは、わかっていなかったみたいだけど。

「助かるよ。ちょっと二人にも手伝って貰おうと思ってたから。そのための説明もちゃんとしておきたかったしね……それにしてもこんなに早く“大変なこと”になっちゃた」

 ヴェリンの「生徒会室を使おう」という提案へ対する風波の言葉。色々、引っかかる部分が多かったけど……ええい!

「“大変なこと”って、ええと、あの領事館から出るときに風波が言ってた……あれってヴェリンの国の話じゃ無くて――」

「そう。らとこちゃんの問題。とにかく生徒会室に行こう。割とヤバめの話になるよ。わかってると思うけど」

 それは……確かにそうだ。僕はヴェリンと顔を見合わせて、一階にある生徒会室に早足で向かった。


 午後の光が差し込む生徒会室。部屋全体がぼやけているような印象を覚えてしまうのは、その光のせいばかりでは無いだろう。今の状況、というかこれから風波が説明してくれる状況説明を僕が畏れているせいだ。それを聞いてしまったら引き返せない――いや引き返すなんて選択肢はそもそも無いんだけど。

「では……どこから説明しようかな」

 パイプ椅子に腰掛けながら風波が口を開いた。風波も出し惜しみするつもりは無いらしい。しかし、そんな風波に向けて立ったままのヴェリンの鋭い声が飛んだ。

「その前に、らとこは無事なんですか?」

 そうだ。まず、そこを確認しなければならない。最優先で確認すべきはそこだったはずだ。

「そ、そうだ。怪我とか事故とか……そんな可能性を考えていたんだ。それは――風波に尋ねることしかできないのも情けない話なんだけど」

「ごめん。そうだね。まず一番に知らせなくちゃいけないのは、そこだよね。ボクもちゃんとしないと」

「いえ……風波が悪いわけではないんです。元親の言うとおり尋ねてばかりで……」

 三人が三人とも謝り合ってしまう。だけどこれじゃ話が先に進まない。僕はらとこが無事なのかどうかをもう一度風波に確認する。風波もそれに答えてくれた。

「あのね。正確に言うと、無事な姿を確認したわけじゃ無いの。だけどその他の情報と合わせてみるとらとこちゃんはまず無事だって事がわかるんだよ。事故とかに巻き込まれたなら絶対病院に連れて行って貰えるからね」

「不思議な物言いですが……それも情報? の問題ですか?」

「そうだね。情報の問題……ああ、そうだね。らとこちゃんは無事とは言えない。有り体に言って監禁されてる状態だから」

「監禁!? ああ、でも……」

 その言葉を受け入れてしまえば、今の状況を説明出来る。つまり……

「お母さんに無理矢理?」

「それは違うね。無理矢理、事を進めてるのはお父さんの方。お母さんは……そうだね。良く言えば諦めてる、悪くいえば傍観してるだけだね――そしてそれは、らとこちゃんも同じ」

 風波の声に厳しさが増したように僕には感じられた。風波が凄く怒っているような、そんな感じがする。その琥珀色の瞳に感情は見えなかったけど。

「それでは、お父様が問題なのですね? 一体、何者なんです?」

「宗教法人『瑞皓ずいこうの会』の幹部。ま、それでね。あまりお行儀がよろしくない集団なんだよ。そんな組織だから、最初の目標はヴェリンだったってわけ」

「私……ですか?」

 たまらずヴェリンが声を上げた。

「正確に言うとライノット公国込みでヴェリンを取り込みたい。少なくとも影響を及ぼせるようになりたい、みたいな狙いがあったんだよね」

 だんだんパズルのピースが埋まってきた感覚だ。らとこの最近の行動――プールのことを話したり、今まで僕が話してもプレイしようとしなかった「リベルタス・リワード」に取り組んだこと。

 この辺りが全部説明出来そうに思えてしまった。

 ヴェリンの身の上を気の毒に思ったわけでは無く、お父さんの指示でヴェリンに近付いた。だけどそれがヴェリンが継承権放棄で……

「……らとこは失敗した、と言うか、らとこに関係ないところでその計画は駄目になっただけじゃ無いのか?」

 この際、らとこの本音については後回しで良いだろう。ここでらとこを見捨てるなんて事は出来ないのだから。それに……らとこって、そんなに器用なタイプじゃ無い。“リベワー”で遊んでいたときだって、そんな任務だけで遊んでいたとは思えない。坂本龍馬がどうとか、そんな話をしていた、らとこは楽しそうだった。

 だから今は、そんな事は全部後回しにして、らとこを助ける――そうだ。風波は“監禁”と言ったじゃ無いか。今の状況が、らとこの気持ちを無視していることは明白じゃないか。

「うん。早々に見切ったみたい。元々、ヴェリン絡みの計画って、つまりはヴェリンと一緒に学生生活を楽しめって事になるよね? けど、それをそのまま伝えたら上の方から文句言われるからにしてたみたい」

「私と仲良くするのは教団の将来を見据えて、というのが建前だったんですね」

 ヴェリンが手短にまとめてくれた。

「けど……らとこの家って――」

「それはね。お母さんが、微妙に抵抗してたみたい。彼女自身も信者なんだけど、らとこちゃんには普通……って言うのがわかっていたかどうかわからないんだけど、まぁ、らとこちゃんも意見を取り入れてくれてたみたい。だから、らとこちゃんはごく普通に生活出来ていた。ただ旦那さんが幹部だからね。生活基盤も『瑞皓の会』に頼っているから、どうしても強くは出られない」

 僕は思わず目を伏せてしまった。幼なじみだと思っていた、らとこの家がそんな状態だったなんて。そんな風に黙り込んでしまった僕を助けるように、ヴェリンが話を進めてくれる

「――それで、私のことは諦めるとして、それでどうして、らとこが監禁されることになるんですか?」

 そうだ。確かに話がおかしい。別にヴェリンが消えていなくなったわけでもない。コネが欲しいというなら未だに有効だったはずだ。それが何故、監禁なんて事に……?

「……あのね」

 その問い掛けに対して風波は何事か言いかけて、わかりやすく言い淀んでしまった。その表情にも苦い物が混ざっていた。

「風波?」

「……まだ大丈夫なんだけど、とにかく伝えるね」

 重ねてのヴェリンからの問い掛けに風波は口を開く。


「らとこちゃんはお父さんの手で、教団の最高幹部に差し出されようとしてるんだよ――性的な意味合いでね」

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