第10話 デート(四)

「実はボクには秘密のツテがあるんだよ。そもそも、そのツテの絡みが合って、転校してきたんだけど」

 え? これは思った以上に衝撃の告白だった。でも、ツテってなんだ? 寝そべったままの風波が意味ありげに片目を瞑ってみせる。

「で、今回はツテが役に立ちそう。リベンジポルノだったっけ? それを止めさせるように『リベルタス・リワード』のゲーム会社に申し入れるよ。ボクたちが声を上げるよりツテから言った方が効果的だと思うし」

「そ、そのツテって……」

「ん~、内緒」

 やっぱり僕を見据えたままで風波は堂々と言い放った。

「でも、はっきりしたことがあるよ」

「え? それは……」

 風波がにじり寄ってみた。それにつれてブラの肩紐がたるんで。でも、おっぱいはたるまないから今にもこぼれそうで!

「……モリモーが、優しくて察しがよくて行動力があって頼りになるって事。赤裸々すけべだけど、ボクその辺り気にしないんだよね。今も、嬉しいでしょ?」

「はい!!」

 風波の言葉に励まされて、僕は力強く肯定した。実際嬉しいし! そこで嘘ついても仕方ないよね。

「実はそんな正直なところが、一番信用できそうなところなんだよね。さっきボクは目的があって転校してきたって言ったでしょ?」

 そう言いながら風波は上半身を起こした。それに釣られるように僕も上半身を起こす。この状態になると、何だか二人で内緒話しているみたいで親密そう……いや実際“親密”って言うんじゃ無いだろうか、これは。

「ツテって、そういう……」

「そう。それでね。実はボクからモリモーに話しかける予定だったんだよ。それがモリモーから話しかけられてビックリしちゃった。ホント言うとね、今もビックリしたままかもしれない」

 上半身を起こしたことで、さらに風波が近付いてきたよ! どうする!? どうしよう!? 何せ左胸のハイビスカスに手を当てているものだから、もう!!

「それでモリモーには、ちょっと協力して欲しいことがあるんだけど……」

「きょ、協力?」

「うん、それをわかって貰うのに、今とっても良い状況なんだけど――実際問題、気付かれたくないんだよね」

「全然話が見えない」

 これは僕が風波に見とれているばっかりが理由では無いはずだ。風波の言葉を繰り返して考えてみても、やっぱりよくわかないし。それなのに風波はこんな事を言い出した。

「これからはボクをずっと見つめていてね」

 ……え? これ以上に?


 そんなわけでパステルカラーの浮き輪ので揺れている――色んな意味で――風波に付き合って僕もその浮き輪にぶら下がって浮いてるわけなんだけど……

「……一緒に、こうやって浮き輪を使って遊びたかったって事?」

「それは、一段落したらやってみたいけど、それよりも自然に周囲を見渡すことができるのが本当の理由」

「でも、そんなの……」

「ボクを見て。モリモーが大好きな光景が、ここにあるんだよ?」

 いえ光景というか哲学的な気持ちで一杯です。浮き輪の「円」の中に閉じ込められた風波のおっぱいがですね――よく言うじゃ無いですか?

 ――「深淵たにまを覗く時深淵たにまもまたあなたを覗いている」

 って。この言葉が示す真理に僕はようやく……

「で、その光景を見ながらで良いから、その向こう側に目を向けてみて。浮き輪をグルグル回しながらなら、そのまま周囲の様子を窺えるでしょ?」

 それは理屈の上では上手く行きそうだけど、それは人の心の機微を考えていない案だと思う。いったいどうやったら他に目を向け……あれ?

「――気付いた?」

「うん。二人ともビキニでは無かったね。何とか目立たないようにしたかったみたいだけど、あれじゃ無理だよ。似合うとは思うけど真っ赤なワンピースなんて、ビキニ以上に目立つから。それに競泳水着も。競泳水着って布地が……」

 あれ? 風波がにと目でこっちを睨みつけてる。

「ボクを見ててって言ったでしょ?」

「見てるよ。見続けてるよ! 今だってそう!」

 水で濡れてウエッティな肌の艶めかしさまでも追加発注された風波から目を離すことなんか出来るはずが無いじゃないか!

「そ、それ本当みたいだけど……それであの観察力? これは大変なことになってきたよ……でもチャーチワース会長と遠隈さんにはラッキーかもね」

「やっぱり、あの二人なんだ。でもなんで?」

 ちなみに赤いワンピース水着が生徒会長だね。金髪をひっつめていたけど、やっぱりあの髪と赤い色はよく映える。カチューシャそのまま赤い色。それで長身にあのスタイルでしょ? 目の前に風波がいなければ、これはもう即だよ即!

 もう一人も、らとこらしいと言えばらとこらしいんだけど。競泳水着の布地の薄さが予定外だったのか、身体を縮込ませて生徒会長の影に隠れておろおろとこちらを見つめていた。あの二人は、僕たちに気付いていたみたいだけど、風波がいるんだもの。当たり前と言えば当たり前の話。つまり僕が疑問を覚えたのは……

「どっちかはわかんない。会長の方だと良いんだけど……向こうは向こうでツテがあるんだよ。それが彼女たちがここに居る理由」

「そ、そうなんだ。でもそれ以上に……」

「そこがボクの役割」

 再び風波は、思わせぶりに片目を瞑った。

「役割?」

「そう。彼女たちをヤキモキさせるのが、ボクの役割なんだ。転校してきたのも、モリモーに声を掛けようとしてたのも、それが理由」

 何か……致命的なことを言われた気もするな。でも、僕と風波の間には何も始まっていない。それであるのに僕は随分報われているような気がするし……

「そのヤキモキって、まだ必要なんだよね?」

「そう。必要」

 風波は僕に向けて挑みかかってくるような……いや実際に挑みかかってきた。そして僕の頭は、風波の懐に包まれてしまう。まるで僕の頭が壊れやすい貴重品みたいに。風波の柔らかい身体で包み込むように。

 僕はこのまま身を委ねそうになった。触れてはいないはずの風波の“感触”を確かに感じながら。だけど――

「――って事は、まるで僕と風波が付き合ってるように見えなければならないって事?」

「そうだよ」

 僕の質問に風波は即答した。僕がそう尋ねるのを……当然わかっていたんだろうな。だからこそ風波は続けてこう告げた。

「安心して欲しい。決して彼女たちをどうこうしようってつもりは無いんだ。偉そうなことを言うなら、彼女たちを助けたいって事なんだよ」

 それは僕に安心と不安を同時にもたらした。風波がやっぱり悪い人では無かったみたいで安心できたことと、生徒会長とらとこに助けが必要だって言われた事への不安。

「だからモリモー。今はボクを信じて、何も知らないでいてくれるかな? それがきっと彼女たちの救いになると思うんだよ。そして、だからこそボクに協力してくれない?」

 状況はわからないままだけど…… 少なくとも風波に協力することを約束すれば、僕のそばに風波は居続けてくれることになるのだろう。


 だとしたら僕は……

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