第31話 離脱(二)

 風波には何か考えがあるらしい。だけど、それが上手く行くのかが、わからないようだ。ヴェリンに関しては色々準備もしていたみたいだけど、今回の「瑞皓の会」の対応は早すぎたみたいだ。……と言うからとこの父親の見切り方が。

 ヴェリンというかライノット公国を味方につけることが、教団にとってどれほど魅力があったのか? 魅力があるとするなら手のひらの返し方が常軌を逸している。

「だって、らとこちゃんとヴェリンは別に仲が悪くなったわけじゃ無いもの。らとこちゃんが監禁されたなんて知られたら……て言うか、連絡取れなくなった段階で、心配になるでしょ?」

 風波の言うとおりだと思う。もしかすると父親は、ヴェリンと仲良くしようという案には反対だったのかも知れないな。らとこを差し出して、自分が出世したかったんだろう。例えばライノット公国と仲良くなったとして、一番の功労者はらとこになるんだろうしな。それでライノット公国との窓口に――

 そこで僕はいやなことに気付いてしまった。もしかしてこれは教団内部の方針の違いが出てきたわけじゃ無くて、もっと単純にらとこを欲しがっている集団か人間がいるんじゃないのか?

 例えばライノット公国とずっと仲良くしたいなら、らとこの存在は貴重なものになる。そうなれば、スケベ心で手を出すことなんて出来なくなるだろう。それを嫌がっている人間がいたんじゃないだろうか?

 それでヴェリンの状況が変わった事で、チャンスとばかりに、らとこを差し出すことを要求した……ああ、なんだか正解に辿り着いてしまった気がする。だとしたら、らとこはもっと危機的な状況にあるんじゃ? どこまでの組織わからないけど、今行方を見失ったら本当にいなくなってしまうかも知れない。そして、らとこは……

 僕がそこまで考えてハッとなって顔を上げると、二人とも厳しい表情を浮かべていた。風波は多分最初からわかっていて、ヴェリンは僕と同じように今気付いたんだろう。どちらにしても時間的余裕が無い事だけは共通認識が成立したようだ。

「それでね。ちょっとツテを頼ってたんだけど――」

 出たな、謎の“ツテ”。だけど今となっては、謎でもなんでも援助して欲しいところ。ヴェリンも期待の籠もった眼差しで風波を見ていた。

「――いくら何でも事態の動き方が早すぎなんだよ。最高に上手く行っても明日の朝ぐらいじゃないと……」

「それは十分早いと思うけど、それでも遅いのね?」

「多分」

 ヴェリンの確認に風波が頷く。

「じゃあ……」

 僕は反射的に声を上げてしまっていた。あまりにも単純な思い付きを。声を上げた瞬間に後悔が始まってしまってけど、風波とヴェリンから見つめられては続きを言わないわけにはいかない。

「……じゃあ、時間稼ぎすれば良いんじゃないか? らとこが捕まっている場所はわかってるんだから、そのぅ、殴り込みとか」

「モリモー、話が早いね」

 話が早いのは風波だって同じだ。まるで誰かが“殴り込み”なんて言い出すことを待ち受けていたかのように。

「待ってくれよ。それはいくら何でも――」

「私の時は、そうしたんでしょ?」

 あ、マズい。ヴェリンがその気になっている。いや、確かに状況は似てると思っていたけれど……

「少なくとも領事館に殴り込みを掛けるのよりはマシなはずだよ。銃は出てこないと思うし」

 そうだね。日本だしね。

「ただボクが一緒に行けるわけではないんだけど……」

「問題無いわ」

 ヴェリンが完全にその気になっている。それに僕だって、このまま手をこまねいて見ているだけなんてことはしたくなかったわけで。ただ殴り込みという手段が……いや混乱させるだけなら……らとこにも会いたいし……と、色々あって……


 死角からいきなり飛びかかってきた誰かのみぞおちに、竹刀の切っ先が吸い込まれた。“リベワー”でプレイしているわけでも無いのに、何故か身体がそういう風に動いてしまうんだよね。フルダイブRPGって怖い。

 と言うわけで、殴り込みは現在順調に進行中。ちなみに正面玄関のガラス戸は施錠されていなかったよ。らとこを連れ出す段取りでもあったのかも知れない。そこで、割と簡単に奥まで入ることが出来たんだけど、それも最初だけのこと。

 らとこを探すために、あちこち回っているウチに警備員に見つかって――と言うか取り押さえに来てた――ヴェリンがあっという間にそれをのして。

 強いだろうとは思っていたけど、まさかここまでとは。別に軍事基地に乗り込んだわけでは無かったし、ヴェリンの覚悟の前ではこんなものかも知れない。それで職員と思われる人達が襲いかかってくるようになったんだけど……

「元親! 本当に武術の心得は無いの!?」

「無いよ! 適当に竹刀突きだしてるだけだってば。それも当たりやすい身体に目がけてだけ」

 心得と言えば、格好良く竹刀を振り回そうなんて考え無かった事だけだと思う。こっちに来るな、とばかりに突きだしていただけ。それが功を奏したんだろう。“リベワー”のことは関係ないはずだ。

「これなら警備室か何処かに……その前に元親が倒した人を何処かの部屋に放り込むと同時に、尋問してもいいかも」

 さすがは元・王位継承権三位。不審者は確実に僕らだと思うんだけど、完全に上から目線だ。いや相手は女の子を監禁して、取れ去ろうとしてるわけだし……これってやっぱり、らとこが受け入れてしまってるんじゃないだろうか? 相手が堂々とし過ぎているように思える。

「その職員の名札を見て。『祭礼責任者』とあるわ。なぜ、一人で歩いていたのか、それも襲いかかってきたのかは、わからないけど――」

「もしかして、僕が先走ったのかも……」

 何しろ、体大きかったしなぁ。単純に太っていただけなのかも知れないけど。僕の突きですっかり伸びてしまっている。当たり所というか、突き所が悪かったのかも知れない。これは……ええと名札を見ると「祭礼責任者・栗栖秀明」さんの運が悪かったのかな?

「――わからないけど、きっと良い情報を持っているに違いないわ。元親、上半身をお願い。一人じゃ持てないと思うし」

 ああ、こういう感じで帳尻が合うわけか。僕は諦めと納得を同時に味わうことになってしまった。


 栗栖さんのカードキーは本当に役に立って。栗栖さんを部屋に連れ込むのも、その部屋に閉じ込めることにも。もっとも窓から出ることは出来ると思う。お腹にかなり無茶をさせれば。で、連れ込んですぐにしっかり、らとこを閉じ込めている部屋も聞き出すことに成功していた。

 らとこはおぞましいことに、婚礼に備えて身を清めている最中だなんて言いだしたから思わず竹刀で打ち据えてしまった。だけど後悔はしていない。

 ちなみにヴェリンの方が怖かったと思うよ――特に声が。その僕らの動きが、思った以上に効果的だったみたいで、栗栖さんはあっさりと吐いた。

 三階にある儀礼場とかいう場所らしい。簡単に様子を聞き出してみるとそれほど広い部屋では無いみたいで、そこにらとこがいる事が確認出来た。空振りでは無いことに、とりあえず安堵して――さぁ、三階に行こう。

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