第30話 ロズマリアのパートナー
祐穂とサージェインは、節也の戦いを見つめる。
ガキン! と金属同士が衝突する大きな音が響いた。
見れば、プレイヤーが懐から短剣を取り出して、節也の刀を防いでいる。
「あの短剣……天使じゃなくて、普通の武器?」
『ああ。この世界で製造されたアイテムだな。ルゥの攻撃を防げるとは、いいもの持っていやがる』
祐穂の問いに、サージェインが答える。
『あのプレイヤー、天使を使ってねぇな』
「……どういうこと?」
『天使の気配を感じねぇ。モンスターを操作していたのは、天使のスキルだと思うが……多分スキルを発動した後、そのスキルを維持した状態で天使と別行動を取ったんだ』
「なんでそんなことをする必要があるのよ」
『敵の考えていることなんて、俺に分かるかよ』
サージェイン曰く、あの敵はまず天使のスキルでモンスターを支配下に置き、その後、何故か天使と別行動を取ったかもしれないとのことだ。自分たちを倒すためなら、そんな回りくどいことする必要がない。
「あっ」
その時、祐穂が思わず声を漏らす。
敵プレイヤーの姿が霞んだ。――ログアウトだ。
節也もすぐにそれに気づき、急いでプレイヤーへと接近するが……僅かに遅い。
白刃が閃くよりも早く、プレイヤーは現実世界へと逃げてしまった。
「くそッ!!」
節也は怒りと悔しさを声に乗せて吐き出した。
「折角の、手掛かりだったのに……!!」
「節也……」
普段とはまるで違う節也の様子に、祐穂はついその名を呼んでしまう。
当然だ。あれだけ求めていた妹の手掛かりが、目と鼻の先にあったのだから……それを逃した今、節也が感じている悔しさは想像を絶するものだろう。
節也はルゥの武器化を解除して、こちらに戻ってくる。
慰めの言葉でも掛けるべきか。そう考えた祐穂は――ふと違和感に気づいた。
「ねえ……タイミングがよすぎない?」
節也が伏せていた顔を上げる。
祐穂は隣にいる女性、ロズマリアを睨みながら続けて言った。
「ロズマリア。……アンタを助けた直後に襲われたんだけど、何か心当たりはないの?」
眦鋭く睨む祐穂に、ロズマリアは目を潤ませ……深々と頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! 実は、さっきのプレイヤーが、私のパートナーなんです~~!!」
涙を流しながら謝罪するロズマリアに、節也は得心した様子を見せる。
一方、祐穂は腕を組み、不機嫌そうに顔を顰めた。
「大きな組織の一員とは言っていたが……アイアン・デザイアだったのか」
「なんでそんな大事なことを教えなかったのよ」
祐穂の問いに、ロズマリアは顔を伏せた。
「だ、だって、その……こんな急に襲われると思いませんでしたし。それに……言ったら、厄介払いされそうで……」
ロズマリアは申し訳なさそうに言う。
無理もない。ロズマリアは今、アイアン・デザイアに狙われている身だ。そんな彼女を守ろうとすれば、それはアイアン・デザイアと敵対することになる。賢明なプレイヤーなら避けるだろう。
「……俺たちでよかったな」
「……ふぇ?」
不思議そうに首を傾げるロズマリアに、節也は語る。
「俺たちも、アイアン・デザイアとは敵対に近い関係だし……正直、巻き込まれたという感じはしない。それに……ロズマリアさんが悪いというわけでもないだろ」
節也がそう告げると、ロズマリアはますます目を潤ませ、
「セ、セツヤさ~~~ん!!!」
ロズマリアは泣きながら節也に抱きついた。
「近いわよ」
「ぐえっ」
祐穂がロズマリアの首根っこを掴み、節也から引き離す。
苦しそうに首を押さえるロズマリアへ、祐穂は訊いた。
「アンタ、あのプレイヤーの天使だっていうなら、さっきのモンスターの動きについても説明できるわよね?」
「は、はい。……私のスキルは、モンスターを操作することなんです。あの人は今、そのスキルの効果で支配下にあるモンスターたちと行動しているみたいでして~」
「それって、アンタがスキルを解除すれば、モンスターたちの支配も解けるんじゃないの?」
「プレイヤーと共に発動したスキルは、プレイヤーと共に解除するしかないんです~~……」
祐穂はサージェインを一瞥した。
サージェインが無言で首を縦に振る。天使のスキルは、そのような仕組みらしい。
「取り敢えず、さっさとこの女を町まで送り届けましょう。そうすればもう、余計なことに巻き込まれることはないわ」
祐穂は明らかにロズマリアのことを厄介者として見ていた。
節也は苦笑し、涙目になるロズマリアを連れてカイナへと向かう。
◆
「皆さん、本当にありがとうございました~~~!!!」
カイナに到着した後、ロズマリアは大きな声で感謝の意を示した。
無事にロズマリアをカイナまで護衛した節也たちは、彼女を宿屋まで送ることにした。幸い宿泊費くらいは持っていたようで、ロズマリアとはここで別れることにする。
「あの、あの! よろしければ、お礼にお食事でも奢らせてください~!! この町にある美味しいお店を知ってるんです~~!!」
その提案を聞いて、俺はふとこれまでの異世界での経験を思い出す。
「そう言えば、こっちの世界で食事をしたことはないな」
「アンタ……乗り気なの?」
「祐穂は嫌なのか?」
「私、あの女のことそんなに好きじゃないし……まあでもアンタが行くならいいわ」
複雑な表情で祐穂が言う。
学校では誰と話しても猫を被り続けているくせに、素の祐穂は本当に好き嫌いが激しかった。
「食事にはまだ早いし、後で合流するか」
「はい! では夕刻、町の広場で集まりましょ~~!!!」
集合場所を決めたところで、節也たちは宿屋の前を去った。
騒がしいロズマリアがいなくなったことで、急に静かになったような気がする。
「どうする? 一度、冴嶋先生のところに戻るか?」
「そうね。やることもないし、対策本部で時間を潰しましょう」
夕刻まで適当に時間を潰すことにする。
「……セツヤ」
その時。
ルゥが節也の服を摘まみながら声を掛けた。
「ルゥ。どうかしたのか?」
「……ん」
いつも通りの、眠たそうな眼。
だが、ここ数日の付き合いで少しずつルゥの感情が読み取れるようになってきた節也は察する。
「……大事な話が、ある」
そう告げるルゥの表情は、どこか真剣なものだった。
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