第38話 VSアイアン・デザイア②


「これは……モンスターを、操作しているのか?」


 節也は以前、ロズマリアが口にしていた発言を思い出す。

 ロズマリアのスキルは、モンスターの操作だ。……今、思えば、ロズマリアがモンスターに襲われているといった構図は全て自作自演だったのだろう。節也たちは、まんまとそれに騙されて、ロズマリアの護衛などというおかしな依頼を引き受けてしまった。


「《飛翔する閃アエロ・ブレイ――」


「――馬鹿が」


 迫り来る無数の装甲虫たちを相手に、節也はスキルを発動しようとする。

 だが次の瞬間、背後から訪れた装甲虫の爪と牙に、節也はスキルの発動を中断して横合いに飛び退いた。


「なんのために、ロズマリアをお前の傍に置いたと思ってるんだ。……お前の戦い方は把握している。そう簡単には使わせねぇよ」


 傑が余裕綽々の笑みを浮かべて告げた。

 恐らく、節也の戦い方を見てきたロズマリアが、傑に適切なアドバイスをしているのだろう。節也はまだ序曲級のスキルしか所有していない。いくらルゥが"空"の四大貴天とはいえ、手札の数

が少なければ、出方を見切られるのも当然だ。


「そらッ! 休む暇はねぇぞ!!」


 傑が短剣を掲げると、またぞろぞろと装甲虫が現れた。

 装甲虫はあっという間に節也に群がる。頭上から迫る爪を刀で防ぐと、次の瞬間には蠍のような尾が突き出されていた。半身を翻すことでこれを避けると、今度は獰猛な牙が節也の顔面を噛み千切ろうとする。


 しかしその直前、二匹の装甲虫が身体を衝突させ、互いに弾き飛ばされた。

 その隙を節也は逃がさない。


「《飛翔する閃薙アエロ・ブレイド》――ッ!!」


 短く持った刀を素早く振るう。

 一撃の威力は落ちたが、それでも目の前にいる装甲虫の全てを切断してみせた。


「ちっ」


 傑が舌打ちする。

 一方、節也は活路を見出した。


「モンスターを操作すると言っても……これだけの数を、正確に操作できるわけじゃないみたいだな」


 見たところ、操られている装甲虫の数は残り三十体。

 数が減るにつれて少しずつ操作の精度が高くなるかもしれないが……少なくとも、数で押されることはないと悟った。


 遠くに佇む傑が、節也に短剣の剣先を向ける。

 直後、辺りに潜む装甲虫たちが一斉に節也へ襲い掛かった。

 節也は近い個体から順に、的確に対処していく。


「なあ、総元……負けてくれよ。お前はまだプレイヤーになったばかりだから、失うものも少ないだろ? それなら、俺に勝ちを譲ってくれ」


 装甲虫を斬り伏せた節也の耳に、都合の良い嘆きが届く。


「……ふざけるな」


 横合いから迫る装甲虫を真っ二つに切断して、節也は言った。


「お前は、どれだけ多くの人を裏切ったと思っているんだ。教え子を背中から刺して、対策本部の人たちも騙し続けて……」


 込み上げる怒りを、刃に乗せる。


「お前は――脱落するべきプレイヤーだ」


 再びスキルを発動した。

 硬い外殻に覆われている筈の装甲虫たちが、まとめて一刀両断にされる。


「……流石は、一対多なら最強と言われる、"空"の四大貴天だな。使い手がビギナーでも、ここまで強ぇのか」


 一分足らずで全滅した装甲虫に、傑は呟く。


「装甲虫は全滅した。……次はお前だぞ」


 節也は傑を睨みながら言った。

 だが、傑は余裕を崩すことなく笑う。


「全滅? 何を言ってるんだ?」


 傑が告げた直後、辺りでゴゴゴと地面の揺れる音がする。 

 見れば、丘陵のあちこちで装甲虫が地中から顔を出していた。先程からそこに潜んでいたわけではない。――新たに出現したのだ。


「ここは装甲虫のネストだぜ。時間さえあれば、装甲虫は無限に湧く。そして――」


 傑が、すぐ傍で湧いた装甲虫に近づき、その脳天に短剣を突き刺した。

 鎬に灯った紫色の光が、装甲虫に注入されるかのように、根元から剣先へ向けて消える。


「《散りゆく傀儡コープス・ドール》……これで、俺の手駒はまた増える」


 傑が短剣を引き抜く。

 すると、短剣で突き刺された筈の装甲虫は起き上がり、先程よりも更に獰猛な様子となって節也に襲い掛かった。


「く……ッ!?」


 再び装甲虫との戦闘が始まる。

 節也が刀を構えると、傑はそれを他所に次々と装甲虫に短剣を突き刺していった。刺された個体から順に、傑の支配下となって節也に襲い掛かる。


『……セツヤ』


 装甲虫と戦っていると、ルゥが声を発した。


『あの人の、スキル……発動条件は、多分……モンスターにトドメを刺すこと』


 その言葉を聞いて、節也は装甲虫と戦いながら傑を観察した。

 見れば確かに、傑は装甲虫に対して確実にトドメを刺そうとしていた。突き刺さった短剣が急所を外していた場合、傑は速やかに短剣を引き抜き、再び急所目掛けて突き刺している。


「成る程。それなら……」


 発動条件がモンスターにトドメを刺すことことなら……対処法はある。

 節也はそれを実行するべく、刀に白い光を灯した。


「先生よりも先に、モンスターを倒す――ッ!!」


 スキル《飛翔する閃薙アエロ・ブレイド》を発動。

 節也は操られた装甲虫だけでなく、新たに湧いた他の装甲虫も倒した。


 ――モンスターの争奪戦。


 傑は、手駒を増やすためにより多くのモンスターにトドメを刺そうとする。

 節也はそれを未然に防ぐべく、先んじてモンスターを狩る。

 次々と装甲虫を倒す節也に、傑は目の色を変えた。


「俺のスキルの仕組みに気づいたみたいだな」


 目の前の装甲虫を傀儡と化した傑が、節也を一瞥して言った。


「だが、残念ながら……年季が違う」


 傑は冷たい笑みを浮かべながら、短剣を身体の前で横向きにして構える。


諧謔曲級スケルツォ――《虐殺空間スプラッター・フィールド》ッ!!」


 傑を中心に、紫色の紋様が地面に広がっていく。

 直後、紋様の入った地面に触れている装甲虫たちが、次々と倒れた。


「こいつは、自分より弱いモンスターを殲滅するスキルだ。そして――」


 傑は短剣を逆手に持ち替え、力強く地面を突き刺す。


「――《散りゆく傀儡コープス・ドール》」


 モンスターを傀儡化するスキルが発動される。

 先程のスキルで倒れた装甲虫が、一斉に立ち上がり――節也に敵意を向けた。


「なッ!?」


「そら、また振り出しだぜ」


 四方八方から迫り来る装甲虫に、節也は焦燥しながら刀を振るった。

 一瞬で付近にいる全ての装甲虫を倒された。モンスターの争奪戦では分が悪い。


『セツヤ……大丈夫?』


 不意にルゥが尋ねる。

 立ち止まった節也は、そこで自身の状態に気づいた。


「ああ……まだ、戦える……っ」


 いつの間にか節也の全身は汗に塗れ、動きを止めると肩で息をするほど疲労していた。戦えるとは言ったが、消耗は激しい。このままでは不利になる一方である。


「一対多なら、最強と言われる"空"の四大貴天。……だからこそ慢心して、気づくのが遅かったな」


 傑は不敵な笑みを浮かべて言う。


「四大貴天を相手に、正面から戦うわけねぇだろ。最初から俺の狙いは――スタミナ切れだ」


 丁度、節也もその事実に気づいた頃だった。

 慢心していたつもりはない。しかし今は訂正する体力すら惜しい。


 傑が最初から《虐殺空間スプラッター・フィールド》を使用しなかったのも、節也の体力を削るためだろう。これはモンスターの争奪戦であると節也に誤解させ、スキルの連発を促していたのだ。傑の戦い方は最初から最後まで計算され尽くしていた。


「甚振るのは好きじゃないんだが、油断するのも好きじゃないんでな。……じわじわと、追い詰めさせてもらうぜ」


 疲労困憊といった様子の節也に、傑は言った。


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