第34話 作戦開始


 祐穂たちと通り魔の対策について話し合ってから、数日が経過した。

 節也たちは通り魔が何処にいるのか分からないため、受け身に回るしかない。つまりいつ襲われるか分からないし……いつ作戦を決行できるのかも、分からなかった。


 放課後、節也は一人で帰路に着く。

 夕焼けに染まる空を眺めながら、節也は小さな声で囁いた。


「ルゥ、いるか?」


 尋ねると、服の裾が引っ張られる。

 節也の背後には、透明化したルゥがいた。


「今日は駅前の方に寄ろうと思う。……いつでも動けるように準備しておいてくれ」


 もう一度、服の裾が引っ張られた。「分かった」という意思表明だ。

 持久戦は心臓に悪い。だから節也は、できるだけ早く通り魔と遭遇したかった。そのため、ここ最近は放課後になると、敢えて襲われやすい場所へ寄り道している。


 駅前に向かい、公園を横切り、そのまま人気の少ない路地へと入る。

 すると、背後から人の気配を感じた。


 ――来た。


 極々自然に、節也は振り返る。

 まるで背後からの足音が気になって、軽く振り向いたかのように……自然な動きで後ろを見た節也は、そこで目を見開いた。


「お、お前は……っ!?」


 不気味に佇んでいる通り魔を目の当たりにして、節也は怯える――フリをする。

 恐怖ではなく緊張で膝が震えた。しかし通り魔にはそんなこと分からない。


 三度目の邂逅だ。一度目はメイを刺されて、二度目はルゥに救われた。次は……自分たちの手で捕らえてみせる。


 通り魔が、外套の内側から短剣を取り出した。


「く、くそッ!?」


 焦ったフリを維持しながら、節也は作戦で決めていた地点へと向かう。


 まずは祐穂に連絡だ。

 ポケットからスマートフォンを取り出し、急いで祐穂に連絡を入れる。「来た」と短くメッセージを送ると、一分もしないうちに「例の場所へ向かう」と返事がきた。




 ◇




 節也からの連絡を受け取った祐穂は、すぐに例の地点へと移動した。

 路地の角を曲がると、行き止まりに直面する。祐穂は無言でサージェインと視線を交わし、頷いた。


「――異世界へログイン


 祐穂はサージェインと共に、異世界へ転移する。

 転移先は伏装丘陵ふくそうきゅうりょうだ。ここには装甲虫のネストが存在するが、そこから離れた場所であるためモンスターによる妨害はない。


「あとは、ルゥがこっちに転移してくるのを待つだけだな」


 サージェインが呟く。

 節也が襲撃者を目的地まで誘導したら、ルゥが異世界へ転移してくる手筈となっている。祐穂とサージェインはそれを合図に、再び地球へ転移し、襲撃者の背後に出る予定だ。


「やっとこれで……アイツの重荷をひとつ、下ろせそうね」


 長い間、節也を苦しめていた通り魔の存在。

 漸くそれを排除できると考えると、やる気が漲った。

 そんな彼女の様子を、サージェインは暫く見つめ、


「ユーホって、あれだな。付き合う前はめちゃくちゃトゲトゲしてるくせに、いざ恋人になったらすげぇ献身的になりそうだよな。しかもそれを素直に認めないタイプ」


「は、はぁ!? そんなわけないでしょ! アンタ馬鹿なの!?」


 現時点で素直ではない。

 呆れた目をするサージェインに、祐穂は目を逸らしながら言い訳をした。


「同じ学校に通っている相手なんだから……気を使うことくらい当然でしょ」


「じゃあお前、冴嶋傑にも同じくらい親切にすんのかよ」


「…………するわよ!!」


「見え見えの嘘つくなよ……」


 サージェインが溜息を吐く。


「冴嶋先生は、その、大人だし……私ができることなんて、そんなにないでしょ」


「まあ、それは一理あるな。アイアン・デザイアの対策本部を立ち上げるくらいだし……プレイヤーとしても、かなりのやり手なのは間違いない」


 サージェインが呟くように言う。 

 その後半の台詞を聞いて、祐穂は目を丸くした。


「そうなの?」


「ああ。……ユーホにはまだ難しいかもしれないが、優秀なプレイヤーってのは見れば分かるんだ。あの男……多分、夜想曲級ノトゥルノを持ってるぞ」


「思いっきり格上じゃない。敵対しなくてよかったわ」


 夜想曲級ノトゥルノは上から二番目のランクに該当するスキルだ。現時点でこれを習得しているプレイヤーは、一割にも満たないだろう。


「……そう言えば私、先生が戦っているところを見たことないのよね」


 祐穂が呟く。

 アイアン・デザイア対策本部のリーダーを務めているのだから、冷静に考えれば弱い筈がない。そもそもアイアン・デザイアに対抗する組織を作ろうという発想自体が強者のものである。


「ん? ……おい、ユーホ。なんか来てるぞ」


 サージェインが遠くを眺めながら言った。

 その視線の先には、砂煙を巻き上げながらこちらに近づいてくる何かが見える。


「ユーホさ~~~~~ん!!! 助けてくださ~~~い!!!!!」


「んな――っ!?」


 ロズマリアが、泣き叫びながらこちらに近づいていた。

 しかもその背後に、大量の装甲虫を連れている。


「あのギルドクラッシャー、どんだけ迷惑掛けてくるのよ!!」


「相変わらず目に悪い髪の色だな。……で、どうする?」


 ロズマリアの揺れる桃色の髪から視線を逸らし、サージェインは祐穂を見つめた。

 祐穂は数秒ほど沈黙した後、覚悟を固める。


「どうもこうも……あの女、思いっきりこっちに近づいてるし、倒すしかないでしょ」


「だな」


 ロズマリアは涙目になって、祐穂たちのもとへ走ってきた。

 もう既に巻き込まれたようなものだ。

 溜息を吐く祐穂の隣で、サージェインが武器化する。


「地球と比べて、こっちの世界は時間の流れが早い。だから余裕はあると思うけど……念のため、一瞬で殲滅するわよッ!!」


『了解だ』


 祐穂は素早く、地を蹴った。


「《流波の笹フィン・バーラ》ッ!!」


 水の船が足元に顕現する。

 波の弾ける音と共に、祐穂は宙を滑ってロズマリアのもとへ向かった。


 装甲虫たちはロズマリアに群がっている。

 今なら、広範囲を攻撃できるスキルで一網打尽にできる。


「《押し寄せる波コールガ》――ッ!!」


 祐穂は序曲級オーベルテューレのスキルを発動した。

 突如、杖の先端を基点に現れた波が、装甲虫たちを地面に叩き付ける。


 荒れ狂う波の中で、装甲虫たちは互いに身体を衝突させ、その鎧の如き外殻を削っていった。序曲級オーベルテューレは初心者用のスキルだが、使い方次第ではいくらでも有効な技に化ける。


 やがて波が消えると、生き残った僅かな装甲虫が、鈍い動きで立ち上がる。

 祐穂は落ち着いて装甲虫に近づき、その体躯に杖の先端をそっと当てた。


「――《水渦禍の穿槍カリブディス・ピック》」


 ドスン! と豪快な音を立てて、水の槍が装甲虫を貫く。

 残党を全て倒したところで、座り込んでいたロズマリアが感激の涙を流した。


「ユ、ユーホさ~~~~ん! ありがとうございます、助かりました~~~!!」


「アンタねぇ……この前といい今回といい、なんでそうホイホイと襲われてんのよ」


「お、お金が足りなくなってきたので、何か食べられるものを探しに出たら、襲われまして~~……」


 まさかこの女、サバイバルをするつもりだったのか。

 祐穂は額に手をやった。色々と文句を言いたい衝動に駆られるが、今はそんな暇ない。


「もういいから、どっか行きなさい。今、私たちは忙しいのよ」


 ルゥはまだこちらの世界に転移していない。

 ということは、節也はまだ襲撃者を誘導している最中なのだろう。


「幸いここからならカイナも近いから、一人で戻れるでしょ。どうしても護衛が欲しいなら、私たちの用事が終わるまでその辺で待って――」


『――祐穂ッ!!』


 サージェインが叫ぶ。

 直後――祐穂は背中から鋭い痛みを感じた。


「ごめんなさ~~~~い」


「な、ぁ……ッ!?」


 祐穂の全身から汗が噴き出す。

 激痛に顔を歪めながら、ゆっくりと背後を振り返ると、



「その用事……邪魔させてもらいますね~~?」



 ロズマリアが、祐穂の脇腹に深々と短剣を突き刺していた。



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