第35話 通り魔の正体


 節也は通り魔を、順調に誘導していた。

 逃げるフリをして、挟み撃ちをする地点まで向かう。通り魔が諦めて去ってしまうと元も子もないため、節也は敢えて人通りの少ない道を利用し、通り魔と接触するギリギリの距離を保って逃げ続けた。


 ――ここだ。


 路地裏の角を曲がると、目の前に行き止まりが現れる。

 同時に、透明化しながら近くを走っていたルゥが、小さな声で異世界へログインと呟いた。異世界に転移したルゥが、祐穂とサージェインを呼ぶ。後少しで、通り魔の背後にその二人の姿が現れる筈だ。


 だが――。


「……来ない?」


 いつまでたっても、祐穂とサージェインの姿が現れない。

 焦燥する節也を他所に、通り魔は短剣片手に肉薄してきた。


「く――ッ!?」


 右薙ぎに払われた短剣を、節也は身を屈めることで回避する。

 マズい。挟み撃ちができなければ、ただ自分が追い詰められただけだ。


 ルゥが転移してから三十秒以上が経過している。つまり異世界では一分半が経過している筈だ。それだけ時間があればログアウトできるに決まっている。何か、トラブルが発生したのだ。


 作戦を変更するしかない。

 こうなってしまった以上――通り魔は自分で対処する。


「逃げられると思うなよ」


 通り魔が告げた。外套の下、僅かに見える通り魔の口元が弧を描く。

 だが節也も、恐怖を押し殺して対峙した。


「それは、こっちの台詞だ……」


 腹の底に溜まっていた感情を、節也は吐き出す。


「メイを刺した、お前だけは……絶対に捕まえてみせる」


 危機感が麻痺し、怒りが燃え盛った。

 瞬間、通り魔は節也へ接近した。節也は反射的に後退するが、後方が壁しかないことを思い出し、通り魔の脇を抜けるように移動する。


 短剣が振り抜かれる。

 右切上げの軌道。狭い路地では避けにくい。節也は胸を逸らすことで辛うじて短剣を避けた。


 一歩後退する。

 通り魔は、節也をこの袋小路から逃がすつもりがないようだ。


 節也が舌打ちすると、通り魔は下卑た笑みを浮かべた。

 そのまま、ゆっくりと通り魔が近づく……次の瞬間。


「……えい」


 気の抜けるような声と共に、通り魔の脳天へ鉄パイプが振り下ろされる。


「ぐ、あ……っ!?」


 唐突な一撃を受け、通り魔は動きを止めた。

 その隙に節也は通り魔の脇を抜け、袋小路からの脱出に成功する。

 節也が安堵していると――その傍に、ルゥの姿が現れた。


「ルゥ、助かった」


「……ん」


 いつの間にか、異世界からこちらの世界に帰ってきたルゥが、透明化した状態で通り魔に一撃食らわせたらしい。おかげで今度は通り魔が袋小路に捕らえられたことになる。


「セツヤ……緊急事態。ユーホが、動けない」


「動けない……?」


 それは怪我を負ったということだろうか。

 疑問を抱く節也の前で、通り魔は強く歯軋りした。


「この、餓鬼――ッ!!」


 怒りを露わにする通り魔を見て、節也は頭を冷やす。

 祐穂のことも心配だが、まずは通り魔をどうにかしなければならない。


 通り魔が短剣を構えながら突進してきた。

 刃先が常に節也の方を向いている。前後左右、どこへ動いても次の瞬間には刺されているような気がした。


 しかし、その時。

 節也の脳裏を、サージェインの言葉が過ぎる。



『坊主もそろそろ、ゲームが現実に侵食する頃だ』



 何故かその言葉が過ぎった直後、節也の頭は冷静な思考を取り戻した。

 確かに通り魔は恐ろしい。けれど、装甲虫ほど硬いわけでも、タイラントワームほど巨大なわけでもない。


 今まで戦ってきた相手のことを考えると――節也の中にあった恐怖が薄れた。


 短剣の動きが読めないなら、誘導・・すればいい。

 節也は敢えて通り魔に近づく。その途中、右の壁際に身体を寄せ、横合いから通り魔に肉薄しようとする。


 瞬間、通り魔が笑った。

 短剣が節也の顔面目掛けて放たれる。しかしそれを読んでいた節也は――短剣が突き出されると同時に一歩退いた。


 目の前には、無防備に伸ばされた通り魔の腕がある。

 節也はその腕を強く掴んだ。


「な――ッ!?」


 通り魔が驚愕の声を零す。

 同時に、節也は通り魔の身体を背負い投げした。


「が、は……っ!?」


 足元は硬いコンクリートだ。通り魔は受け身も取ることができず、呻き声を零している。

 節也は倒れた通り魔に馬乗りになって、その顔を隠している外套を掴んだ。


「お前は、誰だ」


 勢いよく外套を捲る。

 その先にあった顔は――――節也にとって、見覚えのあるものだった。


「冴嶋、先生……?」


 学校では、国語の担当教師である男。

 異世界では、アイアン・デザイア対策本部のリーダーである男。

 節也や祐穂にとっては、仲間である筈のその男が――何故か目の前にいた。


「ちっ」


 傑は小さく舌打ちする。


「見られちまった以上は、仕留めるしかねぇな」


 そう言って傑は、節也の胸倉を掴んだ。

 傑が何をしたいのか、節也は一瞬で察する。目的は不明だが好都合だ。祐穂の状態も確認したいし、なによりあちらに行けばルゥの力を借りることもできる。


 節也と傑は、互いに睨み合いながら唱えた。



「「――異世界へログインッ!!」」



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