第36話 裏切り者


【開始地点を選択できます】


→【カイナ/伏装丘陵】

 【カイナ/伏装丘陵】


【※注意】

【全員の選択が一致しなかった場合、開始地点はランダムに決定されます】




 身体を浮遊感が包む。

 節也は、脳内に浮かんだ文言に驚いた。


 ――どちらも同じ?


 いや、多分……選択肢が分かれているということは、同じ伏装丘陵でも微妙に転移先の地点が異なるのだろう。


 完全に運任せだが、それは傑も同じ。

 節也は上を選ぶ。すると傑は下の選択肢を選んだ。



【全員の選択が一致しなかったため、開始地点はランダムに決定されます】



 頭に新たな文言が浮かぶと同時に、節也たちの視界が切り替わる。

 地面を踏み締める感覚が、コンクリートのものから砂利のものに変わった。


「ここは……装甲虫の、ネスト?」


 節也たちの目の前に、凹凸の激しい丘陵地帯が広がる。

 異世界の現在時刻は午前六時。肌寒い風が足元の砂粒を運ぶ中、ガサガサと装甲虫たちの足音が聞こえていた。日陰に潜む無数のモンスターたちは、突如現れた二人のプレイヤーをじっと睨んでいる。


 ここは節也が最後にログアウトした地点ではない。

 つまり――。


「はははははっ! 運は俺に味方したみたいだなッ!!」


 節也の眼前で、傑がまるで一世一代の賭けに勝ったかのように笑った。

 豪快に笑うその男は、やはり何度見ても、節也にとって知っている人物だった。


「先生、だったのか……?」


 震えた声で節也は訊く。


「メイを刺したのも……俺を襲ったのも、全部、先生だったのか……?」


「ああ、そうだ」


 傑はあっさりと認めた。

 だがその表情は観念したといったものではなく、どこか清々しい。


「ついでに言うと……初心者狩りは例外として、ここ最近お前を狙っていたのは全部俺だ。……伏装丘陵で御厨に襲われた時は、ちょっと焦ったぜ。なにせあの時の俺は、天使を装備していなかったからな」


 ロズマリアの護衛を始めた直後の襲撃のことを言っているのだろう。

 だが、傑の言葉を聞いて、怒りよりも警戒心が湧いた。


 ――傑の天使は何処だ?


 頭は混乱しているが、目の前の男が敵であることだけは理解していた。

 しかし、傑のパートナーがどこにもいない。


「セツヤさ~~~ん!」


 その時、背後で聞き慣れた声がした。

 振り向けば、桃色の髪をした女性がこちらに駆けつけようとしている。


「ロズマリアさん……?」


「た、助けてくださ~~~い!!」


 ロズマリアは複数の装甲虫に追われていた。

 正直、今はロズマリアに注意を割く余裕がない。だからといって無視もできず――節也は隣に佇むルゥに視線を注ぐ。

 

「ルゥ!」


「……ん」


 同調――節也とルゥの間で、眩い光が発せられた。

 次の瞬間、純白の刀が節也の右腕に現れる。かつてホワイトと呼ばれる優勝候補の一人が使用していたその武器は、他の天使とは比べ物にならないほど美しく、繊細な形をしていた。


 ロズマリアが近づいてくる。

 節也は、すれ違いざまに装甲虫を吹き飛ばそうと刀を構えたが――。


「な~~~んちゃって!!」


 ロズマリアは途端に節也目掛けて疾駆し、胸元に隠し持っていた短剣を取り出した。

 短剣の鋒が迫る。節也は辛うじて刀を持ち替え、ロズマリアの奇襲を防いだ。


「な――っ!?」


「あれ~~~!? 外しちゃいました~~!!」


 奇襲を防がれたロズマリアは、楽しそうに笑いながら節也から離れた。

 ロズマリアは軽やかなステップを踏み、桃色の髪を揺らしながら傑の隣へ行く。先程まで彼女を襲っていた装甲虫たちは、電池が切れた玩具のように動かなくなった。


「改めて、自己紹介させていただきますね~~!」


 出会った頃から変わらない、明るい口調でロズマリアは言う。


「私の名前は、ロズマリア~~~~! アイアン・デザイアの構成員で、"屍"を司る天使で~~~す!!」


「そして、俺がその使い手の……」


 傑の隣に佇むロズマリアが、濃い紫色の光に包まれた。

 毒々しくもどこか繊細な色の輝きが丘陵を照らす。

 やがて、光は収束し――。


「……冴嶋傑だ」


 傑の右腕には、紫紺の短剣が握られていた。



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