第18話 末恐ろしい
シュロープ商会が用意した馬車に乗り、節也たちはカイナの北方へ移動した。
「エルフィンさんも、ついて来ていいんですか?」
「はい。他の急務は済ませてきましたので、問題ありません」
荷台に乗った節也に、正面に腰を下ろすエルフィンが答える。
エルフィンの立場を考えると、本来ならもっと上等な馬車で、穏やかな速度で運ばれるべきなのだろう。しかし事態は急を要するため、節也たちは些か乱暴な運転で目的地まで運ばれていた。
「ここが、
カイナの北方にある丘陵地帯へ辿り着く。ここは節也が初めて訪れた草原と違って、入り組んだ地形が多く、更にはモンスターの巣も存在するらしい。
「伏装丘陵には、主に二系統のモンスターが棲息しています。一つは
エルフィンが状況の詳細を説明する。
「タイラントワームは装甲虫と共生しており、地中の動物を食べる際に鉱石も一緒に胃袋へ入れます。その後、装甲虫の巣で鉱石のみを吐き出すのです。装甲虫は鉱石を餌としますから、タイラントワームが吐き出した鉱石を食べ、代わりにワーム系が過ごしやすいように地表の岩を砕いて巣の素材にします」
どうやらモンスターにも生態系があるらしい。
「奪われた……というより、タイラントワームに飲み込まれてしまった積荷は、鉱石の一種です。タイラントワームがこれを装甲虫に差し出す前に、なんとか取り返さなくてはいけません」
このまま放置すれば、タイラントワームは装甲虫の巣まで移動し、飲み込んだ積荷を装甲虫に餌として差し出してしまう。積荷を装甲虫に食べられるまでに、取り戻す必要がある。
「足止めの状況はどうなっているんですか?」
「分かりません。ただ、あまり芳しくないとは聞いています」
深刻な表情でエルフィンが言う。
「お嬢様、いました!」
御者が叫んだ。
馬車の前方から、大きな揺れを感じる。
「あれが……タイラントワーム」
名称から予想はしていたが、その形状はミミズに近かった。
但し、その身体は恐ろしいほどに――。
――でかい。
地面から砂塵を巻き起こして、タイラントワームが顔を出す。その突撃を受けて、付近にいた者たちが大きく吹き飛んだ。
「いけない! あのままじゃ冒険者がやられるわ!!」
祐穂が叫ぶ。
御者が馬を鞭で叩き、馬車を加速させた。
「駄目です……間に合いませんッ!!」
再び地中に潜ろうとするタイラントワームを、武装した冒険者たちが防ごうとする。しかし圧倒的な質量差の前では為す術なく、重傷を負った冒険者の頭上から、タイラントワームの大きな口腔が迫った。
「――ルゥ」
その光景を見て、節也は瞬時に判断する。
「いけるな?」
「……ん」
一瞬の目配せを終えた後、節也はルゥと同調した。
節也の右腕に、白く巨大な刀が顕現する。
「セツヤさん……?」
馬車の上で刀を構える節也に、エルフィンが疑問の声を発した。
「
研ぎ澄まされた斬撃が宙を滑る。
肉眼では捉えきれない速さで、斬撃はタイラントワームへと迫った。誰もがその攻撃に気づくことなく、冒険者は絶望し、タイラントワームは頭を地面に叩き付けようとする。
次の瞬間、タイラントワームの頭が切り裂かれた。
真っ赤な血が飛沫となって丘陵に降り注ぐ。タイラントワームは歪な鳴き声を発した。血の雨が降る中、冒険者たちは我に返り、慌てて避難する。
「よし……なんとか、時間は稼げたな」
避難を始めた冒険者たちを見て、節也は安堵の息を漏らす。
「す、凄い……」
その光景に、エルフィンは感心の声を漏らす。
だが節也はどこか複雑な様子だった。
「思ったより傷が浅いな」
『……足場が、悪い。セツヤ……ちょっとだけ、体勢崩した』
節也が悔しげな表情で足元を見る。
荒っぽい運転をする馬車の上で、本来のパフォーマンスなんて出せる筈もなかった。
そんな節也の様子を、祐穂は緊張した面持ちで見る。
(こいつ……今はまだ、天使の力を使いこなせていないけど……)
先程の光景を思い出し、祐穂はゴクリと唾を飲み込んだ。
切れ味も攻撃範囲も、明らかに他の天使とは異なる。これで最も弱いスキルだというのだから、末恐ろしいなんてものではない。
(いずれ、使いこなせるようになったら……優勝候補にも届き得るかもしれない)
祐穂の肌が粟立つ。
近い将来、節也はどのようなプレイヤーになっているのか。それを考えると――無性に悔しい気持ちになった。
(……上等よ)
負けていられない。
沸々と湧き上がる感情を自覚し、祐穂は勢いよく立ち上がった。
「……祐穂?」
唐突に立ち上がった祐穂に、節也は不思議そうな顔をする。
「節也、丁度いいから見せてあげるわ」
不敵な笑みを浮かべて祐穂は言う。
「私の……本来の戦い方ってやつをね」
数分後、節也たちは目にすることになる。
御厨祐穂が、蒼の狂戦士と呼ばれる所以を。
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