第17話 エルフィンの依頼
栗色の髪が特徴的な、美しい女性がこちらに歩み寄る。
店内にいる客たちの注目を浴びながら、その女性は節也に朗らかな笑みを向けた。
「セツヤさん、半日ぶりですね」
「そう……ですね」
半日ぶり。その一言が、節也の返事をぎこちないものにした。
節也にとっては二、三時間ぶりの感覚だったが、地球と異世界では時間の流れる速さが違う。エルフィンにとっては五、六時間ぶりとなるのだろう。
エルフィンは周囲にいる護衛たちに軽く目配せした。すると護衛たちは小さく頷き、すぐに邪魔にならない位置へ下がる。
「改めて名乗らせていただきます。私はエルフィン=シュロープ。巷ではシュロープ商会の跡取りと呼ばれていますが、できれば普通に接していただけると幸いです」
人当たりの良い笑みを浮かべてエルフィンは頭を下げる。
島内最大の商会であるシュロープ商会。その跡取り娘である彼女は、現地人だけでなくプレイヤーたちからも重要人物として関心を抱かれているらしい。
どうやら自分は、そんな彼女と奇しくも接点を持ったようだ。
「分かりました。ところで、その……何か困っているようでしたが」
「……そうですね。実は少し、トラブルが発生していまして」
エルフィンは悩む素振りを見せた後、申し訳なさそうな表情で言う。
「あの、セツヤさん。よろしければ、少しお話を聞いていただけないでしょうか?」
◆
エルフィンの誘いを承諾した節也たちが案内されたのは、先程、彼女が出てきた百貨店一階にある会議室だった。
部屋の扱いはVIPルームに近いらしく、席に座ると同時に飲み物がテーブルに置かれる。
「それで、何かあったんですか?」
「はい。実は……大切な積荷を、モンスターに奪われてしまいまして」
「モンスターに?」
訊き返す節也に、エルフィンは「はい」と首肯した。
「正確には、最初は人が積荷を盗んだようですが、隣町まで移送しているところをモンスターに襲われたようでして……現在、その積荷はモンスターが巣に持ち帰ろうとしているところみたいです」
エルフィンが説明する。
「相手が人ならば我々商会の力だけで何とかなりましたが、モンスターが相手になるとそうもいきません。協議の末、冒険者を雇って積荷を取り返してもらうことにしたのですが……どうやらそのモンスターが想像以上に強かったらしく、返り討ちにされてしまいました」
相手が人ならば何とかなる、という言葉から節也は若干の恐ろしさを感じた。そういうことがサラリと言える時点で、伊達に島内最大の商会ではない。
同時に、節也は別のキーワードにも興味が湧いた。
(この世界には、冒険者がいるのか……)
この手のファンタジーな世界では定番の設定だ。
とは言え本題ではないので、今は好奇心を押し殺す。話の流れからして、恐らく傭兵のように臨時に雇える何でも屋といったところだろう。
「現在、辛うじて動ける冒険者たちにモンスターの足止めをしてもらっていますが、それも長くは続かないでしょう。モンスターの巣は複雑な構造ですから、そこまで持ち帰られるとお手上げです。……今から新たな冒険者を雇っても時間が掛かりますし、どうするべきか悩んでいたところ、セツヤさんとこうして再会できました」
成る程。
話の全容が見えてきた。
「大変不躾なお願いで申し訳ありませんが、よろしければお二人の力をお借りできないでしょうか?」
その問いに、先に声を上げたのは祐穂だった。
「節也はともかく、私も?」
「はい。セツヤさんの実力は既に確認していますから、安心してお任せできます。それに貴女は……蒼の
「うっ」
祐穂が変な声を漏らす。
「お噂はかねがね伺っております。独特な戦闘スタイルで、格上殺しを生き甲斐にしているとか。それほどの腕をお持ちの方なら、信頼してお任せできるかと」
「い、いや、その……それは、かなり誇張されているというか……」
格上殺しが生き甲斐って、どんな人生を送っているのだろうか。
非常に居たたまれないような様子で、祐穂が視線を泳がす。
「誇張なんかされてねーだろ。噂のまんまじゃねーか」
「お黙り、サージェイン」
仲良いなぁ、という気持ちで節也は二人のやり取りを見守った。
「蒼の
「……私が協力するかどうかは節也の意思次第ね。あと、私のことは祐穂と呼んでちょうだい」
「分かりました、ユーホさん」
エルフィンが頷く。
「で、節也。どうすんのよ?」
隣に座る祐穂からの問いかけに、節也は暫し悩んだ。
今回の依頼……節也は少し気になっていることがあった。
「エルフィンさん。その積荷って、もしかしなくても俺たちが乗せてもらった、あの馬車で運んでいたものですよね?」
「……はい」
エルフィンがゆっくりと首を縦に振った。
どうやら盗まれた積荷というのは、初心者狩りの攻撃によって破壊された馬車に載せられていたらしい。あの時、エルフィンはやむを得ず荷物を一時的に放棄してカイナまで移動することにしたが、節也はその際、唐突に地球へ帰ってしまった。
罪悪感を覚える。
もしあの時、地球に帰らなかったら、荷物は幾つか運ぶことができたかもしれない。
そう考えると、エルフィンの要求は無視できなかった。
「今更ですが、あんな中途半端なタイミングで勝手にいなくなってしまって、申し訳ございません。……よろしければ俺に、協力させてください」
「いえ、そんな、セツヤさんの責任ではありませんが……正直、協力していただけるというなら、非常にありがたいです」
エルフィンたちの方も余裕がないのだろう。
その顔には、僅かな安堵が浮かんでいた。
「では、すぐに必要な道具を手配させていただきます。報酬の話は後ほどでよろしいでしょうか?」
罪悪感と責任感で依頼を引き受けた節也にとって、報酬に関することは完全に頭から抜け落ちていた。どうするべきか判断に困り、祐穂に目配せすると、静かに頷かれる。取り敢えずこの場で決める必要はないようだ。
「はい、それで大丈夫です」
節也が答えると、エルフィンは素早く立ち上がり、周りにいる部下たちへ手際よく指示を出す。話を聞いていると、どうやら馬車だけでなく、万一のための傷薬やサバイバルキットまで一通り用意してくれるようだ。
「はぁ……びっくりしたわ」
祐穂が溜息を零して言った。
「アンタ、エルフィン=シュロープと知り合いなら、もっと早く言いなさいよ」
「いや、俺もまさかあの人が商会の跡取りとは思わなくて……」
「まったく……どんな強運してんのよ。あの人と接点を持っているだなんて、他のプレイヤーが聞いたら相当羨ましがるわよ」
しかしエルフィンと会った直後、初心者狩りに襲われたので、節也の中ではプラマイゼロである。人間万事塞翁が馬とはまさにこのことだ。
「まあ、お陰で私も顔見知り程度には記憶してもらったことだし……とにかくこれは、シュロープ商会に恩を売る大きなチャンスね。上手くいけば他のプレイヤーを出し抜けるわ……ふふふっ」
祐穂は怪しげな笑みを浮かべる。
「やっぱり、アンタと一緒にいると退屈しないわね」
「……あんまり嬉しくないな」
トラブルメーカーと言われているような気がしてならなかった。
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