第14話 四大貴天
戦いが終わり、それぞれが同調を解除した後。
「ありえないわ……」
祐穂は地面に座り込んだまま、ブツブツと何かを呟いていた。
「今のスキル……どう考えても、
顔を伏せ、深刻な様子で考え込む祐穂に、節也は段々と申し訳ない気持ちになってきた。そもそも祐穂は、自分のためを想ってスキルの使い方をレクチャーしてくれたのだ。そんな相手に対し、随分と危険な攻撃を繰り出してしまった。
「ユーホ。さっきお前が、自分で言ったことを思い出してみろ」
座り込む祐穂に、サージェインが言う。
祐穂はその言葉に暫く唇を引き結んだ後、答えを得たかのようにまた呟き始めた。
「天使の中には、特別強いやつがいる。……でも、アンタは
その時、祐穂の目が見開かれた。
「……まさか、
「正解だ」
サージェインは小さく笑みを浮かべながら肯定する。
「"空"を司る四大貴天。それがこいつ――天使ルゥだ」
ルゥを真っ直ぐ見据えながら、サージェインは言う。
話題の対象となっているにも拘わらず、ルゥはぼーっとしていた。
「嘘、でしょ……」
そんなルゥを、祐穂は信じられないものを見るような目で見る。
「……節也」
「な、なんだよ」
「殴っていい?」
「なんでだよ」
「殴るわ」
「なんでだよ!?」
冗談抜きで殴られそうになったので、節也は素早く後退した。
「なんで、ですって!? ――釈然としないからに決まってるでしょうが!!」
釈然としない、なんて言われても……。
怪訝な顔をする節也に、祐穂は説明する。
「いい? 四大貴天というのは、正真正銘、最強の天使ってことよ。あらゆる天使の中でも、最も強い四人。……そのうちの一人が、アンタのパートナーってわけ」
初耳だった。
節也は隣で眠たそうにしているルゥを見る。
「そうなのか、ルゥ?」
「ん……これでも、私、結構強い……」
分かっているのか分かっていないのか、相変わらずの掴みどころがない反応だ。
「今、判明している他の四大貴天が、"鉄"と"城"と"縁"だから……うわぁ、何それ。アンタが最後の一人ってわけ!?」
この上なく複雑な表情で、祐穂は頭を抱えた。
「サージェイン。ルゥの……"空"の能力って、どういうものなの?」
「一言で説明するなら、攻撃範囲特化だ。ルゥの力は、あらゆる天使の中で最も攻撃範囲が広い。坊主はまだ使いこなせていないみたいだが、最終的には何万キロと先の相手でも攻撃できるようになる」
地球の裏側まで届きそうな範囲だ。
最早、イメージすら湧かない。
「あ……思い、出した……」
不意に、それまで黙っていたルゥが、サージェインを見て口を開く。
「貴方……もしかして、私の家で働いていた……?」
「やっと思い出してくれたか」
そんな二人のやり取りに、節也と祐穂は首を傾げる。
サージェインは小さく吐息を零して説明した。
「八大令天ってのは、四大貴天の次に
「仕えるって……執事やメイドみたいな感じか?」
節也の問いにサージェインが頷く。
「そういうことだ。天界にも社会はある。四大貴天が王なら、八大令天は貴族とでも考えてくれたらいい。……で、俺は"空"の四大貴天に仕える身だったわけだ。まあ下っ端だったから、ルゥと直接、顔を合わせたことなんて殆どないけどな」
サージェインは頷いて言う。
「"空"の四大貴天って言ったら、天界では凄まじい権力を持っていたぜ。特にルゥは、一族の中でも色濃く力を継いだとかで、まるで宝石のように大切にされていた。
だが一方で、ルゥは四大貴天の中でも滅多に姿を見せない、変わった天使でもあった。それだけ大切に育てられているんだろうって、一部では噂になったが……ぶっちゃけ、本人が表に出るのを面倒臭がっていただけだ」
なんだそれは。
引きこもりの王族みたいな生き方だ。
「お前……凄いのか、凄くないのか、よく分からないな」
「そう、なの? ……ふわぁ」
実に興味がなさそうな反応だ。
「まあそんなわけで、ルゥのことを知っているのは、俺のように"空"の一族に仕えていた八大令天と、他の四大貴天くらいだ」
サージェインの説明が終わる。
ルゥの顔があまり知られていないのは――よかったかもしれない。もし最初に会った初心者狩りが、ルゥのことを知っていたら、恐らく一切の油断なく襲われていた筈だ。
「節也、油断しちゃ駄目よ」
真剣な面持ちで、祐穂が言った。
「さっきサージェインも言っていたけど、アンタはまだその天使を上手く使いこなせていない。四大貴天がパートナーだからといって、別にアンタが無敵になったわけじゃないわ。……現に、今のアンタなら私でも倒せる」
「……ああ。そのくらいは弁えているつもりだ」
レクチャーが始まる直前のことを思い出す。
祐穂は一瞬で自分の視界から消え、次の瞬間には後頭部に杖を突きつけられていた。恐らくあれも、スキルの一種だろう。あの速度で移動されると、対処できる自信がない。
「ま、堅苦しいのはこの辺にしておきましょう」
そう言って祐穂は節也を見る。
「ようこそ、Wonderful Jokerへ。ここは私たちみたいなゲーマーにとっては、最っっっっ高に楽しい世界よ!」
弾ける笑顔で言う祐穂。
節也は嬉しいような、居たたまれないような気持ちになった。
「別に俺は、ゲーマーというわけじゃないんだが……」
「何言ってんのよ。ログイン時間だけなら私よりも多いじゃない」
「いや、だからそれは妹を探すためであって……」
「アンタ、メイちゃんが失踪する前からゲームしてたでしょうが」
ごもっとも。節也は反論の言葉を見失った。
正直に言うとゲームは好きだ。ただ、妹が行方不明になってからは、純粋にゲームを楽しむことに罪悪感を覚えるようになってしまった。しかし、その呪縛からはもう解き放たれた。これからは純粋に楽しむことができるだろう。
「そう言えば、祐穂はどうしてWonderful Jokerのプレイヤーなのに、普通のオンラインゲームもプレイしていたんだ?」
「……どういう意味よ?」
「いや、さっき自分で言ってたように、ここは最高に楽しい世界なんだろ? お前のことだから、普通のオンラインゲームよりも、こっちの世界を冒険する方が好きなんじゃないか?」
祐穂の性格を知っている節也には、そうとしか思えなかった。
「べ、別にいいでしょ。私だって、偶には普通のゲームもしたくなるのよ」
何故か祐穂は顔を赤く染め、視線を逸らしながら答える。
狼狽した祐穂を見て、サージェインは肩を竦めた。
「坊主、察してやれ。ユーホは単に、お前と一緒に遊ぶのが好きなだけなんだよ。なんせ今までこの異世界に、お前はいなかったからな」
「サァァァァァーーーージェインッッ!! 黙りなさい!」
「んだよ、本当のことだろ。お前、坊主がWonderful Jokerのプレイヤーだと知って、家でジュース零すくらい喜んでたじゃねーか」
「わあぁあぁあぁああぁあぁぁあぁぁぁああぁ!!!! 黙りなさいって言ってるでしょうが!! 節也、アンタも信じるんじゃないわよ!!」
鬼のような気迫で言われ、節也は「は、はい」と素早く頷いた。
「ああもう! さっさと次の予定を済ますわよ!」
祐穂は立ち上がって、怒鳴り声を上げる。
「次の予定?」
「カイナに移動するわ。いつまでもログイン地点がこの草原というわけにもいかないでしょう?」
それは確かに、その通りだ。
「それに…………ううん、これは後で伝えた方がいいわね」
「……なんだよ」
「気にしないで。ほら、さっさと行くわよ」
どこか誤魔化すように、祐穂は移動を急かした。
節也に背を向けて、祐穂は小さく呟く。
「アンタって……妹のことになったら、手が付けられなくなるから」
その呟きは、節也には届かなかった。
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