第15話 優勝候補の爪痕


 カイナという町に向かいながら、節也は引き続き、祐穂からこの世界に関する説明を受けていた。


「ふぅん。アンタ、307人目のプレイヤーなのね」


「……その数字に意味はあるのか?」


「ないわ。ただ、Wonderful Jokerに参加している天使の数は丁度300人なの。ということは……最低でも七組、パートナーの切り替えが起きたってことね」


「パートナーの切り替え?」


 首を傾げる節也に、祐穂は説明する。


「天使も人間も、契約を破棄してまた別のパートナーと組むことができるのよ。天使たちは参加できる300人が決まっているけど、人間は決まっていない。つまり、前のパートナーを捨てた・・・天使が、最低でも七人いるってことよ」


 新しいタッグが生まれると、その度に新規プレイヤーとして登録される仕組みらしい。


 成る程、それなら参加人数が三百人を超えていることにも納得できる。

 三百人というのは、最大同時ログイン数みたいなものか。


「祐穂。一番気になっていることなんだが……今のところ、このWonderful Jokerというゲームはどこまで進んでいるんだ?」


 その問いに、祐穂は落ち着いた声音で答える。


「生き残っている天使の総数は不明。でも、優勝候補は絞られつつあるわ」


 足を止めずに、祐穂は語る。


「特に、"鉄"の四大貴天が率いる一大勢力……アイアン・デザイアは難敵よ」


 アイアン・デザイア。直訳すると、鉄の欲望……だろうか。

 その長は、ルゥと同じく四大貴天の一人らしい。


「アイアン・デザイアの構成員は凡そ七十人。プレイヤーの凡そ四分の一が所属していることになるわ」


「……割合を考えると、多いな」


「ええ。でも一番厄介なのは、この組織が手段を選ばないってことね」


 それは、どういう意味だろうか。

 不思議そうにする節也に、祐穂は続けた。


「人質を取ったり、寝込みを襲ったり……とにかく、勝つためならなんでもやる集団なのよ。今は揺り籠の島クレイドル・アイランドにある三つの町を占領して、反乱分子の一掃を企てているみたい」


「それって……かなり危険な組織なんじゃないか?」


「超危険よ。幸いカイナはまだ占領されていないけど、それも時間の問題だわ。既にカイナでも、アイアン・デザイアの目撃情報は山ほどあるし……アンタを襲った初心者狩りも、その構成員よ」


 そう言えば、節也が異世界に来て初めて会った女性のことを思い出す。

 彼女は初心者狩りのことを、「この辺りで指名手配されている危険人物の一人」と言っていた。あれは、アイアン・デザイアの構成員という意味だったのだろう。


「まあ、確かにアイアン・デザイアは恐ろしい組織だけど、私たち他のプレイヤーだって黙ってやられているわけじゃないわ。中にはアイアン・デザイアに対抗するための新勢力を作っているプレイヤーたちもいる。……とにかくアンタはまだ初心者なんだから、慎重に行動しておきなさい」


「……ああ」


 町に入ってからも安心するには早そうだ。

 カイナに向かって、三十分ほど歩き続けた頃。


「なんだ、あれ?」


 前方に、大きな地割れのようなものが見えた。


「ああ……そっか。丁度、この辺りだったのね」


 何か心当たりがある様子で祐穂は呟く。

 そのまま地割れの隣を歩きながら、祐穂は説明した。


「現在、Wonderful Jokerには優勝候補が二人いるのよ。一人はアイアン・デザイアの頭領であり、"鉄"の四大貴天の契約者でもあるフェルムという男。そしてもう一人は、正体が一切不明である謎の少女よ」


「正体が不明……?」


「ええ。いつも真っ白な仮面を被っているから、プレイヤー間ではホワイトって呼ばれているけれど」


 へぇ、と節也は相槌を打つ。

 しかし、どうしてこのタイミングでそんな話をしたのだろうか。疑問を抱く節也に、その心情を見透かしたかのように祐穂は続けて言った。


「この亀裂は、今言った二人が戦った跡なの」


 その言葉を聞いて、節也は目を見開く。


「これが……戦いの、跡?」


「正確にはホワイトのスキルによるものよ。有志のプレイヤーが調査した結果、この馬鹿でかい亀裂は一キロ先まで続いているらしいわ」


 眼前に広がる戦いの爪痕が、たった一人の力が原因であると発覚した。


「スキルって……こんな威力を出せるのか」


夜想曲級ノトゥルノか……ひょっとしたら、終曲級フィナーレかもしれないわね。悔しいけど、優勝候補とはまだ天と地ほどの差があるわ」


 地形を変えるほどの凄まじいスキルだ。

 その破壊の跡に、節也と祐穂は戦慄した。


 一方、二人が硬直している間――サージェインは無言でルゥを睨んでいた。

 ルゥはその視線に気づくことなく、「ふわぁ」と欠伸をする。


「やっと着いたわね」


 移動を始めてから凡そ一時間半。

 祐穂は軽く伸びをしながら言う。


「ここが……カイナか」


 節也たちは、揺り籠の島クレイドル・アイランドの東南にある町カイナに到着した。


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