第13話 スキル

 

 キィィン、と。

 不思議な音が響くと同時に、祐穂とサージェインの姿が光に包まれた。

 やがて光が消えた後、現れたのは祐穂と――青い棒状の武器だった。


「……杖?」


 真っ先に注目したのは、祐穂が握る杖のようなものだった。

 先端に青い宝石が嵌め込まれた、魔法使いが持つような杖だ。杖の本体にも精緻な模様が刻まれており、どこか気品を感じる造りとなっている。


 しかし杖にしては……少し短いような気がした。

 まるで剣のように、振り回す・・・・ことを想定されたような杖に見える。


 次の瞬間――祐穂の姿が消えた。


「――はい、おしまい」


 節也の後頭部に、杖の先端が押しつけられる。

 全く見えなかった。全身から冷や汗が出る。


「アンタ、今ので一回死んだわよ。……他のプレイヤーが同調したら、すぐに自分も同調しなさい。まずはこれが、生き残るために必要不可欠な知識よ」


「……分かった」


 どうやら今まで一緒にプレイしてきたオンラインゲームと違って、これはお遊び・・・ではないらしい。


 節也はゆっくりと祐穂から距離を取る。


「ルゥ」


「……ん」


 ルゥが左手を差し出し、節也が右手で受け取る。

 光に包まれた後、節也の右手には純白の刀が顕現していた。


 改めて見ても神々しい。刀身から溢れ出る燐光は、太陽の光のように温かく感じた。

 そんな節也の武器を、祐穂はどこか恍惚とした表情で見ていた。


「綺麗…………はっ!? いけない、見惚れていたわ……」


 杖を地面に刺した祐穂は、自らの両頬を軽く叩いて我に返る。


「コホン。……いい、節也? 天使にはスキルというものがあるの」


 態とらしい咳払いをして、祐穂は説明した。


「一つ目のスキルは初めての同調で解放される筈。つまりアンタは、最低でも一つ以上のスキルを持っているわ」


「……そう言えば」


 初心者狩りと戦った時のことを思い出す。

 初めてルゥと同調した際、確かに「スキルが解放された」といった旨のメッセージが表示されていた。


「プレイヤー同士の戦いは、スキルの使い方が重要になる。……スキルの最大保持数は、天使やプレイヤーの能力によって異なるけど、大体八個から十個程度と言われているわ。私たちプレイヤーの間では、スキルの保持数が強さを表わす指標になっているの」


 スキルの保持数が強さの指標。

 それなら節也は今、一つしかスキルを持っていないため、最弱ということになる。


「祐穂は今、幾つスキルを持っているんだ?」


「三つよ」


 その答えを聞いて、節也は意外に感じた。

 祐穂なら、もっと多いかと思っていた。


「ちなみに、スキルにもランクというものがあるわ。最初に覚えるのは序曲級オーベルテューレ……まあ文字通り、基本中の基本となるスキルね。次が諧謔曲級スケルツォ。このランクになると使う頻度も高くなる筈よ」


 メモ帳が欲しくなってきた。

 祐穂の説明をゆっくりと噛み砕いてから、続きを促す。


「その次は夜想曲級ノトゥルノ。このランクになると大規模なスキルになるわ。上手く使いこなせば大抵の相手は倒せる筈。そして最後が――終曲級フィナーレ。このランクのスキルは、使えば必殺となる」


「必殺?」


 祐穂は頷いた。


終曲級フィナーレは、問答無用の一撃必殺よ。唯一の対抗手段が、同じ終曲級フィナーレのスキルで相殺することね」


 序曲級オーベルテューレが戦いを始めるスキルなら。

 終曲級フィナーレは文字通り、戦いを終わらせる・・・・・スキルらしい。


 全体の階級は、下から順に序曲、諧謔曲、夜想曲、終曲となるようだ。

 まるで戯曲の構成である。


序曲級オーベルテューレ終曲級フィナーレは、一つずつしか習得できないから注意して。……今のところ、大抵のプレイヤーは二段階目の諧謔曲級スケルツォまでしか習得していないわ。三段階目の夜想曲級ノトゥルノを覚えているのは少数派……終曲級フィナーレに至っては、まだ確認すらされてない」


「確認されていない? じゃあ、どうしてそんなものがあると分かったんだ」


「この世界にもイベントっていうのがあるのよ。ゲームみたいにね。そのイベントの報酬が、今言った情報だったわけ」


 その説明に節也は納得する。

 Wonderful Jokerは一年以上前から始まっていたらしい。つまり自分には、実力的にも知識的にも一年近くの遅れがある。これを取り戻すのは中々大変そうだ。


「さあ、それじゃあ今の話を踏まえた上で、私と戦うわよ」


 祐穂がゆっくりと杖を掲げた。


「まずはこれを、避けてみなさい」


 そう告げる祐穂は、杖の先端を節也に向けた。


序曲級オーベルテューレ――《押し寄せる波コールガ》」


 瞬間、眼前に大量の水が現れる。

 視界を埋め尽くすほどの大波が、節也へ迫った。


「水――ッ!?」


「惜しいわね。サージェインが司るのは――"波"よ!」


 ひたすら斜め後ろに走り続けて、なんとか初撃を回避する。

 だが、すぐに二つ目の大波が放たれた。


「相手のスキルを掻い潜り、自分のスキルを使う! まずはそれを覚えなさい!」


「覚えろって、そんな急に言われてもな……ッ!!」


 いきなりのスパルタ訓練に、節也は困惑しながら逃げ続けた。

 だが、大波は攻撃範囲が広い。すぐに逃げ切れないと悟る。


『セツヤ……防御』


 ルゥの声に、節也はほぼ反射的に従った。

 刀を前に構えて衝撃に備える。直後、大きな質量が押し寄せてきた。少しでも気を抜けばあっという間に流されてしまいそうな激浪を、辛うじて耐えてみせる。


「なんとか、防げたか……」


 口に入った水を吐き出しながら節也は言う。


「……防いだ? 序曲級オーベルテューレとは言え、何のスキルも使わずに……?」


 一方、祐穂は怪訝な顔をして呟いた。


「やっぱり、ただの天使じゃないわね。……次、いくわよ」


 そう言って祐穂が杖の先端をこちらに向ける。

 杖の宝石が青白く発光し、祐穂の目の前に渦を巻く水流が現れた。


諧謔曲級スケルツォ――《水渦禍の穿槍カリブディス・ピック》」


 大きな音と共に、捻れた水流が放たれる。

 辛うじて視認できる程度の速度だった。先程の大波と比べると、攻撃範囲こそ狭いが威力は格段に向上していることが窺える。


(防ぐか? いや、これは――っ!?)


 槍の速さを考えて、防御しようと思った節也は、すんでのところで回避に切り替えた。

 直後、すぐに自分の判断が正しかったと確信する。槍は節也の頬を掠め、物凄い速度で後方へ飛んでいった。


 節也の頬から血が垂れ、足元の草を赤く染める。


「お、お前! 今の、あたったら死ぬだろ!!」


「ええ、そうよ。死ぬわ」


 平然と、祐穂は肯定した。


「初心者狩りと戦ったアンタなら分かるでしょう。この世界にいるプレイヤーたちは、平然と人を殺す。だからアンタもそのつもりで掛かってきなさい」


 覚悟が足りないと暗に告げられる。 


「でも、それで怪我でもしたら――」


「心配無用よ!!」


 祐穂が大きな声で言う。


「この際だから言っておくわ。――いい? 聞きなさい? 天使の中には、特別強いやつがいるの」


 よく通る声で、祐穂は続けた。


「私のパートナーであるサージェインは、八大令天はちだいりょうてんと言われる、天使の中でも特に強い八人のうちの一人! アンタが全力出したって、こっちはへっちゃらよ!」


 祐穂のパートナーであるサージェインは、三百人いるという天使の中でも、特に強い存在らしい。根拠のある自信を叩き付けられ、節也は反論できなかった。


 戦いに対する意気込みが足りていなかったのは自分の方か――深く呼気を吐いて、頭の中にある甘えを排除する。


「ルゥ。俺たちも、スキルを発動できるか?」


『……ん』


 ルゥが肯定すると同時に、不思議な感覚がした。

 一つ目のスキルは確かに所持している。どうやら好きなタイミングで発動できそうだ。


「これ、どういうスキルなんだ?」


『……斬撃を、飛ばすだけ』


 ということは、初心者狩りに放ったあの一撃と似たようなものか。

 眼前に佇む祐穂を見据えながら、節也は刀を構えた。


「取り敢えず――やってみるか」




 ◇




「……やっと、やる気になったみたいね」


 瞳に戦意を滾らせた節也を見て、祐穂は不敵な笑みを浮かべた。


「と言っても、あいつはまだ初心者なわけだし……こっちが手を抜いてやらないと勝負にならないわね」


 今回の趣旨は真剣勝負ではなく、あくまでスキルのレクチャーである。

 ぐんぐんと上がっていたテンションを少しだけ下げ、祐穂は冷静な思考を取り戻した。


『おい、ユーホ。あまり油断しない方がいいぞ』


 その時、杖になったサージェインが声を発する。


「油断って、あのねぇ……アンタは八大令天はちだいりょうてんだし、私は中堅プレイヤーなのよ? 節也は多分、序曲級オーベルテューレしか持っていないでしょうし、その程度の攻撃なら簡単に捌いてみせるわよ」


『だがあいつは、初心者狩りに勝っている』


 冷静に、サージェインは言った。


『スキルの保持数を強さの目安にするのは悪くない。しかしそれは、完璧な指標というわけでもない。あの坊主、セツヤは恐らく……例外だ』


「例外ねぇ……いいわね。俄然、楽しくなってきたわ」


 唇で弧を描き、祐穂は言う。


『来るぞ』


 手短にサージェインが忠告した。

 見れば、前方で節也が刀を構えていた。


 ――この距離で?


 彼我の距離は凡そ十メートル。

 天使ルゥの武器形態は刀だ。接近戦を主とする筈のその武器で、この距離からスキルを使う意図が分からない。


序曲級オーベルテューレ――」


 祐穂の疑問を他所に、節也はスキルを発動する。

 果たしてどんな攻撃を繰り出してくるのか。期待と共に、祐穂は杖を構えた。


「――《飛翔する閃薙アエロ・ブレイド》ッ!!」


 刹那、振り抜かれた刃から光の斬撃が放たれた。

 肉眼では捉えきれない速さに、十メートルという距離をものともしない攻撃範囲。僅かでも対応が遅れれば大きな事故に繋がってしまうが――。


(大丈夫、相殺できる――っ!)


 それなりに場数を踏んできた祐穂は、すぐに自身もスキル発動の準備をした。


『馬鹿! 避けろ、ユーホ!』


「へ――っ!?」


 その時、サージェインが叫ぶ。

 祐穂はその声に驚き、反射的に従った。慌てて屈んで、斬撃をやり過ごす。


 スパン! と心地よい音がした。

 何の音かと思い、振り返ってみれば――。


「なあっ!?」


 二十メートルほど後方にあった大岩が、真っ二つに切断されていた。

 斜めに一閃。綺麗な断面を残して、斬られた岩が自重で転がる。


 その切れ味と攻撃範囲を目の当たりにして、祐穂は、下手したら真っ二つになっていたのは自分だったと察した。


 青ざめた顔で、ペタリと地面に腰を下ろす。


「こ、こ……っ」


 混乱と恐怖のあまり、祐穂は涙目になって叫んだ。


「――殺す気かっ!!」


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