第42話 エピローグ
その後、冴嶋傑は姿を消した。
学校の教師によると、一身上の都合で退職したという話だが、詳細は分からない。クラスメイトの一人が興味本位で傑の行方を尋ねたところ、どうやら傑は同僚の教師たちにも一切挨拶をせずに姿を眩ませてしまったらしい。それまで傑が使用していた職員室の机には、退職届と書かれた封筒が置かれていたそうだ。
消えた傑について、学校の生徒たちは口々に噂していたが、古典の教師が一時的に傑の代わりに現代文の授業を担当した辺りから、少しずつ話題は収束していった。
そんなふうに、日々が過ぎ去る中。
学校から帰った節也が、何をしているのかと言うと――。
セツヤ:おっす
ユーホMk2:遅いわよ
自室でPCを起動した節也は、オンラインゲームをプレイした。
すぐにチャット画面を開いて挨拶をすると、フレンド登録しているユーホMk2……祐穂が反応を返す。
セツヤ:しかし、こっちでチャットするのも久しぶりだな。
ユーホMk2:そうね。異世界もいいけど、やっぱりネトゲも普通に面白いわ。入院生活なんて絶対暇だと思ってたけど、ネトゲやり放題って考えたら悪くないわね。
セツヤ:退院はいつになるんだ?
ユーホMk2:明後日よ。もう殆ど治ってるけど、両親が心配性だから念入りに検査しなさいと言って聞かないのよ。
すっかり元気な様子を見せる祐穂に、節也は数日前のことを思い出した。
傑との戦いが終わった後、節也はすぐに祐穂のもとへ駆けつけた。幸い祐穂の居場所には心当たりがあった。当初、通り魔を追い詰める作戦を立てた際、節也と祐穂は伏装丘陵の片隅にログイン地点を設定していたのだ。その地点へ向かうと、脇腹を押えている祐穂の姿を発見した。
祐穂は異世界にのみ存在する回復アイテムを使用して、怪我の治療を行った。おかげで傷はだいぶ軽くなったが、念のため地球に戻った後、病院で診察を受けることにしたのだ。結果、内臓の一部が傷ついていると発覚し、数日ほど入院することになったが、それが刺傷によるものだとは気づかれなかった。祐穂はややこしい事態を避けるため、怪我の理由を「事故」としか説明していない。
ユーホMk2:結局、冴嶋先生はどうなったの?
セツヤ:学校を去ってから、それっきりだな。新聞とかネットのニュースとかを調べても、先生の名前は出てこなかった。
ユーホMk2:そ。……自首はしてないのね。
セツヤ:したくても、できないんじゃないか? 一年前に刺されたメイはこっちの世界にいないんだし。祐穂を刺したことに関しては、自首できるかもしれないが……。
ユーホMk2:アンタの妹みたいなパターンならともかく、私はあっちの世界での怪我なら大体許容するわ。プレイヤーなんだし、こういうことにいちいち目くじら立てていたら戦えないでしょ。
それはそうかもしれないな、と節也と思った。
もしかすると、メイも最初から仇討ちなんて望んでいなかったのかもしれない。Wonderful Jokerは人間が生身で戦うゲームだ。怪我を負うのは当然である。
ユーホMk2:ねえ節也。ちょっと今から異世界に行かない?
セツヤ:なんでだよ。入院してるんだろ?
ユーホMk2:身体、動かさないと鈍るでしょ。怪我はもう確実に治ってるし、最近運動してないからムズムズしてるのよ。
セツヤ:……ちょっとだけだぞ。
画面を見つめながら、節也は溜息を零した。
それから、背後を振り返る。
「ルゥ」
「……んむぅ」
声を掛けると、ベッドの上に寝転んでいたルゥが返事をした。
身に纏う白い薄着は捲れ上がっており、胸元や足の付け根まで露出してしまっている。健全な男子にとっては目に毒な光景だ。
「お前……なんて格好で寝てるんだ」
「んー……羽を、伸ばしてた……」
文字通り、ルゥは伸ばしていた白い羽を、バサリと音を立てて畳んだ。
ひらひらと純白の羽が床に落ちる。それを掃除するのは勿論、この部屋の主である節也だった。
「メイの部屋を使っていいと言ってるだろ。なんで俺の部屋で寝るんだ」
「……なんと、なく?」
自分でも理由が分からない様子で、ルゥは小首を傾げた。
ルゥが眠たそうに欠伸をする。その潤んだ瞳を見て、節也は一瞬呼吸を忘れた。どこか現実離れした端整な顔立ちに、美しい銀色の髪。白磁の如く白い肌に、品のある黄金の瞳。普段一緒にいると感覚が麻痺するが、ふとした時に、ルゥの美貌は節也の視線を釘付けにする。
「本当に……天使みたいだな」
思わず、節也がそんなことを呟くと、
「それ……メイもよく、言ってた」
ルゥは過去を懐かしむような表情で言った。
「……そうなのか」
「ん。……あと、セツヤの好みに、ドストライクとも……」
「おい」
あいつ、そんなことを言っていたのか。
メイを見つけたら、取り敢えず一発殴ろう。そう決める。
「ドストライク……なの?」
ルゥが小首を傾げて訊いた。
その振る舞いに、節也は思わず頬を紅潮させてしまいそうになるが――。
「……お前、ドストライクの意味、知ってるか?」
「……知らない」
だよなぁ、と節也は溜息交じりに呟いた。
「でも、私は……セツヤと一緒にいるの、好き」
その不意打ちには、流石に動揺を抑えきれなかった。
節也は熱くなった顔を隠すように、ルゥから視線を逸らす。
「意味、知ってるじゃないか……」
「……なんとなく、そういう意味かなと、思っただけ」
正しい意味を伝えるのも藪蛇になりそうなので、節也は沈黙を貫くことにした。
顔の熱さが引き、落ち着いたところで節也は口を開く。
「ルゥ。今から異世界に行くから準備してくれ」
「……ん」
短く返事をしたルゥが、手を差し出す。
節也はその手を握り、唱えた。
「――
◇
その城は、まだ誰も到達したことがない未知の領域だった。
城壁は雪のように白く、造りは左右対称で繊細かつ豪奢なものだった。城の周囲には壮麗なバロック様式の庭園が広がっており、青々とした草木は城を引き立てる装飾として、寸分の狂いもなく形を整えられていた。
数キロ先からでも目立つ大きな城だ。にも拘らず、どうして誰も到達していないのか。
答えは単純。
その城は――宙に浮いていた。
「いやぁ、ただ者ではないと思っていたけど……案の定だったねぇ」
城の屋根に腰掛けた金髪の子供は、楽しそうに言った。
その顔立ちは中性的で、少年とも少女とも見て取れる。子供は目と鼻の先に漂う白い雲を、息を吹きかけることで形を崩した。
「私のお兄ちゃんだよ? 普通なわけないじゃん」
子供の隣に座る少女が言う。
黒い髪を長く伸ばした、整った目鼻立ちの少女だった。顔立ちはまだあどけないが、その遠くを見つめる眼差しからはどこか気品のようなものを感じる。
「お兄ちゃんは、私が世界で唯一尊敬する人なんだから……アイアン・デザイアなんかに負けるわけないよ」
「君がそれを言うと、途端に現実味が増すね」
「現実味じゃなくて現実なの。疑わないでよねー」
少女が唇を尖らせる。
「あ、でも……ルゥならともかく、他の女の子と仲良くしていたのは減点かなぁ。お兄ちゃんに恋愛なんてまだ早いよ~。……ただ今のお兄ちゃんポイントは、74点。うーん……最近減り続けているし、もうちょっと危機感を持ってもらわないと困っちゃうかも」
「君のその習慣だけは、全知全能である僕にも理解し難いなぁ」
少女は唐突に一冊のノートを取り出し、ペンを走らせていた。
その様子に金髪の子供は苦笑して、ゆっくりと立ち上がる。
「さて……プレイヤーの人数も丁度いいし、そろそろ次のフェイズに入ろうか」
そう言って子供は少女の方を見た。
「メイ。僕を使ってくれるかい?」
「うん」
返事をした少女は立ち上がり、差し出された子供の手を受け取った。
眩い黄金の光が、空に明るい色を灯す。それはまるで太陽のように、城を、庭園を、眼下に広がる異世界を照らしていた。
そして――。
――ゲームは、次の段階に進んだ。
【Wonderful Joker アップデートのお知らせ】
【プレイヤーの数が残り250人になりました! よって、これよりWonderful Jokerは、バージョン1.1にアップデートいたします!】
【カイナに七転八起の塔が現れました】
【ナミートに魑魅魍魎の塔が現れました】
【シンリーンに奇怪千万の塔が現れました】
【サンミャックに悪鬼羅刹の塔が現れました】
【スラムーに虎視眈々の塔が現れました】
【イベント『試練の塔』が始まりました! プレイヤーの皆さんは、制限時間以内にいずれかの塔の頂上に辿り着かなければ、脱落となります!!】
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
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現実と異世界が交差するバトルロイヤルに巻き込まれましたが、どうやら俺は最強の力《攻撃範囲特化》を引き当てたらしい~ サケ/坂石遊作 @sakashu
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