第40話 VSアイアン・デザイア④


夜想曲級ノトゥルノ――ッ!!」


 傑の持つ短剣が、かつてないほど輝きを発する。

 夜想曲級は、四段階あるスキルのうち、上から二番目に該当するランクだ。節也は勿論、祐穂もまだ習得していないそのランクのスキルが、今、発動された。


「――《屍山血河の坩堝グラオザーム・グール》ッ!!」


 スキルの名が唱えらえた次の瞬間。

 傑によって操られていた装甲虫が、一斉に形を崩した。


 自滅? ――いや、違う。


 形を崩した装甲虫たちの残骸が、旋風に乗った落ち葉のように一箇所に集束していた。やがてそれは、装甲虫の死骸を継ぎ接ぎにした、新しいモンスターと化す。


「なんだ、これは……っ!?」


 節也の正面に、全く知らないモンスターが顕現した。

 その形状は、装甲虫を巨大化したものに近い。しかし鋏は六つ、尾は三つ、牙は顎の外側にまで連なり仮面のように顔を覆っている。


 禍々しいモンスターだった。

 その強烈な気配に、節也は冷や汗を垂らす。


『セツヤ……気をつけて。あのモンスター……素材となった、装甲虫たちの強さが……そのまま全部、乗せられてる……』


 恐怖に身が竦む節也に、ルゥは落ち着いて注意を促した。

 傑のスキルによって、三十匹ほどいた装甲虫が纏めて消えた。だがその代わりに、目の前に装甲虫三十匹分の力を持つモンスターが現れた。


 一対多が得意な節也とルゥにとっては、数よりも質で攻められた方が厄介だ。

 体力を消耗した今、選択できる行動にも限りがある。


「が――ッ!?」


 刹那、脇腹に強烈な衝撃を感じた節也は、右側へ吹き飛んだ。

 自分はモンスターに殴られたのだと、すぐに悟る。装甲虫の質量と膂力だけでなく、速度まで三十匹分あるらしい。肉眼で捉えるのも難しい速さだった。


「《飛翔する閃薙アエロ・ブレイド》――ッ!!」


 体勢を整えた節也は、瞬時にスキルを発動する。

 だが、今までどんなものでも一刀両断してきたその斬撃は、遂に――。


「――弾かれたッ!?」


 放たれた三日月状の斬撃が、モンスターの外殻に弾かれる。

 元々、装甲虫はモンスターの中でも硬い部類だ。今まではルゥの力があったから容易く切断できていたが、それが三十倍の硬度となると流石に切断できない。


 絶体絶命の四文字が頭を過ぎる。

 距離が空いているにも拘らず、節也は後ずさりした。

 直後、モンスターの鋏が左右から迫る。


「く……ッ!?」


 鋏の数は六つ。

 節也は《天元の瞳アイ・ソレイユ》による俯瞰視点で、周囲の状況を把握しながら防御に徹した。しかし、モンスターの力は強く、節也の防御を正面から破壊する。


「ご、ぁ――っ!?」


 巨大な鋏に弾き飛ばされる。

 身体を押し潰すような衝撃に、肺に溜まった酸素が吐き出された。


「ははっ! やっと、くたばってくれそうだなァ!」


 刀を杖代わりにして立ち上がる節也に、傑は愉快そうな笑みを浮かべた。


「普通の天使なら、今の一撃でぶっ壊れてもおかしくねぇ。……四大貴天は伊達じゃねぇな。お前がその力を使いこなす前に、息の根を止めることができて嬉しいぜ。……後少しすれば、手が付けられなかったかもしれねぇ」


 既に決着がついたかのような様子で、傑は言った。


「まだ、だ……ッ!」


 軋む全身に鞭打って、節也は立ち上がる。

 劣勢は自覚している。それでもここで倒れてはならない。


 ――まだ、負けるわけにはいかない。


 メイの居場所は分かっているのだ。妹を救うためにも、こんなところで負けるわけにはいかない。自分はなんとしても、メイがいる大陸へ行かねばならないのだ。


 胸中で覚悟の炎が燃え盛る。

 このままでは死んでも死にきれない。あんな男に負けてたまるものか。


 その時――ドクン、と何かが鼓動した。

 心臓ではない。強く脈打つそれは、節也とルゥが宿す力――スキルだった。


「これ、は……」


 節也の覚悟に呼応するかのように、二番目のスキルがその存在感を増していく。

 数日前に試した時は不発に終えたが……節也は何故か分かった。

 今なら、そのスキルを使える。


「……ルゥ」


『……ん』


 この感覚が気のせいではないことを、ルゥと一緒に確認する。

 ルゥも知らないスキルだ。どんな効果があるのか分からない。だが、この劣勢を覆すには――このスキルに頼るしかない。


「じゃあな、総元」


 傑が告げると同時に、巨大な装甲虫が三本の尾を注連縄しめなわのように捻って一本に纏めた。

 極太の尾が節也に向かって放たれる。尾の先端は杭のように尖っており、直撃すれば一溜まりもない。

 黒い尾が襲い来る最中――節也は第二のスキルを発動した。


 バキィィィン!! と甲高い轟音が響く。

 装甲虫の巨大な尾を、節也は白い刀で受け止めた。


「馬鹿な、受け止め……っ!?」


 傑が目を見開く。

 節也は、眼前にある黒々とした尾を睨みながら、唱えた。


夜想曲級ノトゥルノ――」


 第二のスキルが、今、発動される。


「《天に誓ったあの境地レイジエンド・ミスラ》――――ッッ!!!!」


 刀に押しつけられた尾を、節也は全力で弾き返した。

 装甲虫が大きく後方に吹き飛ばされる。その光景を目の当たりにした傑は、驚愕のあまり目を剥いた。


「なんだよ、その力は……ッ!?」


 傑が震えた声を発する。

 疲労困憊だった節也の全身に、かつてないほど力が湧いた。

 その力は……自分がずっと求めていたものだ。


 メイを助けるためには、メイと同じくらい強くなって、大陸を超えねばならない。

 だからあの日、節也とルゥは天に誓った。いつか二人で、あの強さに辿り着こうと。


 第二のスキル《天に誓ったあの境地レイジエンド・ミスラ》は――その強さを前借りするものだった。


 発動条件は、プレイヤーである節也が一定以上のダメージを蓄積していること。そのダメージに比例した力を、《天に誓ったあの境地レイジエンド・ミスラ》は与えてくれる。以前、試しに発動した時は、節也がダメージを負っていなかったから不発に終えたのだ。


 最初から強かったメイは、このスキルを持っていない。

 地道に、着実に、傷だらけになりながらも強くなることを誓った、節也とルゥだけの力である。


「ふざけんな……ッ!! まだ、終わりじゃねぇぞ!!」


 傑が叫ぶと、巨大な装甲虫が再び節也たちに襲い掛かった。

 だが節也は冷静に、モンスターを見据える。


「ルゥ」


『……ん』


 刀を右腰の後ろに引いて、節也は静かに吐息を零す。


序曲級オーベルテューレ――」


 全身に迸っていた力が、一振りの刀に集束した。

 純白の刀がかつてないほど大きな輝きを放つ。その光は刀という形状に収まり切らず、溢れ出た輝きは巨大な――大木の如き刃と化して、顕現した。


 その刃渡りは、眼前より迫る装甲虫を超える。

 傑の手によって生み出されたモンスターの双眸に、恐怖の感情が過ぎった瞬間。

 節也は、刀を振るった。


「――《飛翔する閃薙アエロ・ブレイド》」


 光の斬撃が、世界を裂いた。


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