第11話 どこを触ればいいんでしょうか


「アンタの家に来るのって、久しぶりね」


「……そうだな」


 家の中に祐穂を入れると、すぐに彼女は猫被りを止めた。その様子に節也は呆れつつも、警戒心を抱く。


 天使は地球では武器化できない。なら、仮に祐穂がプレイヤーだとしても、ここで戦いになることはない筈だ。万一、襲われたとしても腕力なら節也が上である。


「そんなに警戒しなくてもいいわよ」


 無言で佇む節也に、祐穂は落ち着いた様子で言った。

 祐穂は堂々とこちらに背を向けリビングに向かう。そして、ソファでうたた寝しているルゥに視線を注いだ。


「ふぅん。……こいつが、アンタの天使・・ね」


 その言葉ではっきりした。

 今のルゥは羽を生やしていない。にも拘わらず、ルゥのことを天使と呼ぶのは――。


「やっぱり、祐穂も……」


「ええ。私もWonderful Jokerのプレイヤーよ」


 不敵な笑みを浮かべて祐穂は言う。

 節也の中で、また少しだけ警戒心が膨らんだ。


「アンタ、いつの間にプレイヤーになったのよ。この前、私が異世界について尋ねた時はまだプレイヤーじゃなかったんでしょ?」


「ああ。……丁度、今日の放課後だ」


「ふぅん。じゃあ急用ってそのことだったのね」


 そう言って、祐穂は改めてルゥの方を見る。


「……そっちだけ天使を見せているのも不公平だし、私も見せた方がいいわね」


 ルゥを見つめながら、祐穂は小さく呟く。


「サージェイン」


 唐突に祐穂が誰かの名を告げた。

 すると祐穂のすぐ隣に、長身の男が現れる。


「サージェインだ。ユーホのパートナーをやってる」


 ぶっきらぼうな口調で男は言う。

 つば付きの帽子を被った、青髪の天使だった。長い前髪で左目が隠れており、服は襟が深いため鳩尾辺りまで露出している。背が高いだけでなく筋肉もしっかりついている体型であるのが見て取れた。


 サージェインは節也に視線を注いだ後、瞳だけでルゥを見た。


「……ルゥか」


 小さな声でその名を呟く。


「ルゥのことを知っているのか?」


「ん? ああ、まあな。Wonderful Jokerが始まる前に、天界で何度か顔を合わせたことがある。と言っても、向こうは何も覚えていないだろうがな」


 その言葉に三人の視線がルゥに注がれた。

 しかしルゥは、眠たそうに手の甲で目元を擦りながら、


「……覚えてない」


 ちらりとサージェインの顔を見て、そう言った。

 空気が弛緩する。これを訊くには今しかないと思い、節也は口を開いた。


「お前たちは……俺たちの敵じゃないのか?」


 その問いに、サージェインは唇を引き結ぶ。

 答えたのは祐穂だった。


「最終的には戦うことになるわ」


 鋭い目つきで祐穂は言う。

 それはそうだろう。Wonderful Jokerはバトルロイヤルだ。最後まで味方――なんて関係は誰とも築けない。


 最終的にとはいつだ? 狙いは何だ?

 逃げるべきか? それとも――今のうちに倒すべきか?

 節也の頭に無数の疑問が去来する。


「ったく、素直じゃねぇな。うちのお嬢様は」


 沈黙を破ったのは、サージェインの溜息混じりの言葉だった。


「おい坊主。あんまりユーホの辛口を真に受けんなよ? コイツ、ついさっきまで『やっとアイツと一緒に異世界で遊べるわ!!』って、めちゃくちゃ目を輝かせて――」


「うああぁああぁああぁああぁあぁぁぁあぁぁあぁあぁあ!? 黙りなさい! サージェインッ!!」


「へいへい」


 掴みかかろうとする祐穂を避けたサージェインは、「おっかねぇ」と口にしながらリビングの隅に避難した。


「と、とにかく! 今は争うつもりがないから安心しなさい。いいわねっ!?」


「りょ、了解」


 有無を言わせないその迫力に、節也は二度頷いた。


「……で、アンタ。今、異世界の何処にいるのよ?」


「転移した直後の草原だ。カイナという町に向かう途中だったけど、色々あって道中で地球に戻ってきた」


「カイナね。まあ分かってはいたけど、大陸を移動していなくてよかったわ」


 納得した素振りで祐穂が頷く。

 その呟きの意味を理解できなかった節也に、祐穂は補足した。


「Wonderful Jokerを始めたばかりのプレイヤーは、最初に揺り籠の島クレイドル・アイランドって島に飛ばされるのよ。この島は五角形になっていて、それぞれの頂点を中心とした五つの町がある。アンタはそのうちの一つ、東南にある町カイナに飛ばされたのね」


「なるほど。じゃあ祐穂は今、どこにいるんだ?」


「ナミートっていう西南にある港町よ。島内で唯一、別大陸へ移動することができる町なの」


「港があるのか。……別の大陸に移動するつもりだったのか?」


「考え中。挑戦したいのは山々だけど、まだ二人くらいしか行けてないから」


「……二人?」


 そう訊くと、祐穂は神妙な面持ちをした。


「Wonderful Jokerが始まって、まだ一年と少し。今のプレイヤー私たちじゃあ、別大陸はまだ早いってことでしょうね。……聞いた話によると、出現するモンスターのレベルが桁違いらしいわ」


 どうやらその二人を除けば、あらゆるプレイヤーが別大陸への移動に失敗しているようだ。


 やはり、自分はまだ異世界に対する知識が足りない。下手したら致命的な弱点と成り得る。


「それじゃあ早速、異世界に行くわよ」


 唐突に祐穂が告げる。


「それじゃあって、今から行くのか?」


「私はアンタと違って半年前からWonderful Jokerに参加しているから、共有するべき情報が山ほどあるのよ。口頭で伝えるのも面倒だから、一度現地に行きましょう」


「……まあ、そういうことなら」


 情報を得られるならこちらとしてもありがたい。

 ルゥに目配せすると、話の流れは大まかに把握していたのか、トコトコと無言で近づいてきた。


「そう言えば、ここから異世界に転移した場合、どの地点に出るんだ?」


「基本的には最後にログアウトした場所よ。但し、二人以上のプレイヤーが、身体を接触させた状態でログインすると、二人一緒にどちらかの開始地点に転移することができるの」


「地球で合流さえすれば、一緒に同じ場所へ転移できるということか」


「そういうこと。今回は私がアンタの転移先についていくわ」


 異世界ではそれぞれ違う町にいる。それなら、わざわざ向こうで合流しなくても、地球で合流して一緒に転移すればいい。だから祐穂は訪ねて来たのだと節也は理解する。


「というわけで、アンタはまず私に触って」


 手を組みながら、祐穂は言う。

 あっさりと祐穂は告げたが――節也は先程までとは違う緊張を感じた。


「ちょっと、ほら。早く触りなさいよ」


「ど……どこを触れば、いいんでしょうか?」


「どこでもいいでしょ、そんなの」


 祐穂は特に何も気にしていない様子で急かす。

 手に触ろうかと思ったが、腕を組まれているため難しい。じゃあどこを触ればいいのか。肩か? 腰か? どちらもセクハラと訴えられそうで怖い。


 悩みに悩み抜いた結果、節也は漸く触る場所を決めた。


「……じゃあ」


 ゆっくりと手を伸ばす。

 そして――目の前にある、祐穂の頭を撫でた。


「……異世界へログイン


 呟くと同時に、節也と祐穂の姿が光に包まれる。

 ほぼ無意識に頭を撫で続けていると、祐穂の顔が徐々に赤く染まり、


「ふぇあ――っ!?」


 変な声を発する祐穂を見て、節也は「後で怒られるな」と悟った。



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