第32話 心の距離
ルゥが真相を語った後、節也たちは喫茶店を後にした。
気づけば空は橙色に染まっている。そろそろロズマリアと集合しなくてはならないため、広場へ向かった。
「あ! 皆さん、お待ちしていました~!!」
広場に着くと、ロズマリアが節也たちに気づいて走り寄って来る。
カイナにはアイアン・デザイア対策本部があり、常にプレイヤーたちが町を警邏している。この町にいる以上、ロズマリアも襲撃を受けることはないだろう。
「……あれ? なんだか、空気が重たくありませんか?」
ロズマリアは首を傾げる。
「節也さん、どうかしたんですか~?」
ロズマリアが節也の顔を覗き込む。
節也は張り付けたような笑みを浮かべ、誤魔化すことにした。
「……なんでもない。それより、夕食はどこで食べるんだ?」
「あちらにある、大きな食堂です~!」
今ばかりはロズマリアの元気な性格に救われた。
節也の頭の中では、まだルゥから告げられた話がぐるぐると反芻されている。……流石に、簡単に飲み込める話ではなかった。
「さ~! 今日は私の奢りです! 遠慮なく食べちゃってください!! 本日は護衛していただき、ありがとうございました~!!」
案内された店は、賑やかな大衆食堂だった。
至るところから焼けた肉の香りがする。空いている席に座り、ロズマリアが適当に人数分の注文をすると、すぐに美味そうな料理が運ばれてきた。
「……美味いわね」
「でしょ~!」
複雑な表情で呟く祐穂に、ロズマリアは得意気な笑みを浮かべた。
料理は次々と運ばれ、テーブルに所狭しと配膳される。
節也は鶏肉の香草焼きを頬張った。確かに美味い。肉は柔らかく、味覚と嗅覚を刺激するスパイスは食欲をそそった。
しかし、節也の表情は優れない。
異世界で本格的な食事をしたのは、これが初めてだ。本来ならもう少し気分も高揚しているのだろうが……どうしても今だけは、目の前の陽気な空気に馴染めそうにない。
「ちょっと、外で風にあたってくる」
腹八分まで料理を堪能した節也は、そう言って立ち上がった。
店の奥にはバルコニーがある。そこへ出た節也、夜風にあたりながら吐息を零した。
無言で空を仰ぎ見ていると、背後から小さな足音が聞こえる。
振り返ると、そこには真っ白な少女が佇んでいた。
「ルゥ……?」
節也にとっては、一蓮托生のパートナー。
ルゥは節也に近づき、申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「セツヤ……ごめんなさい。ずっと、黙ってて」
ルゥは改めて謝罪した。
相変わらず表情が読みにくい。だが、わざわざ二度も謝罪したということは、本人なりに罪悪感を覚えているのだろう。
そんなルゥの様子に、節也は苦笑する。
「いい。……メイが生きていると分かっただけでも、俺にとっては十分過ぎる収穫だ」
ルゥに対して、怒っているわけではない。
ただ少し、この現実を噛み砕くことに時間が掛かっているだけだ。
「……俺が知らなかっただけで、ルゥは今まで、メイの傍にいたんだな?」
「ん。……セツヤの家にも、何度も行ったことがある」
どうりで、契約初日から勝手知ったる様子だと思った。
ルゥはメイの契約者だった頃に、節也たちが暮らすあの家に何度も出入りしていたのだ。キッチンもベッドもトイレも、何処にあるのか知っていて当然である。
「メイと、契約を解除してからも……私はずっと、セツヤの近くにいた。……だから、セツヤが地球で襲われた時も、なんとか対応できた」
節也はルゥと契約した時のことを思い出す。
通り魔に襲われ、ビルから突き落とされた直後、ルゥは契約の話を持ちかけた。タイミングが良すぎるため、幸運に恵まれたと思っていたが……違った。ルゥは一年前からずっと、節也のことを見ていたのだ。
「そう言えば、俺たちが契約した日……どうして俺はあのタイミングで、アイアン・デザイアに襲われたんだ? メイが失踪してから一年近く経っているのに……」
「……フェルムにとっては、メイが脱落したかどうかなんて、確認のしようがないから。……それで、もう一度セツヤを狙ったら、メイが姿を現わすかもしれないと考えたんだと思う。……或いは、勘の鋭いプレイヤーが……セツヤの傍にいる私の存在に、気づいたか……どっちかだと思う」
「……そうか」
訥々と語るルゥに、節也は相槌を打つ。
「メイがいるのは、別の大陸……俺は、そこまで行かなくちゃいけないんだな」
節也は強い使命感のようなものを感じていた。
だが同時に、臆病な気持ちも湧く。
現時点で、大陸を移動できたプレイヤーは約二名。そのうちの一人はメイ……つまり優勝候補だ。
自分がその大陸へ渡るには、メイと同じくらいの実力を身に付けなければならないらしい。その事実は、メイの才能を知っている節也にとって、とても大きな重圧と化した。
「ルゥたちが、ホワイトと呼ばれていたということは……前に見た大きな地割れは、ルゥのスキルによるものなんだよな?」
「……ん。あれは、私の八つ目のスキル」
祐穂に案内されて初めてカイナへ移動した時、節也たちは巨大な地割れを目の当たりにした。その亀裂の長さは一キロに及ぶらしい。とんでもない威力のスキルだ。
「俺はまだ……全然、ルゥの力を引き出せていないんだな」
今の自分が、あれほどの力を発揮できるとは思えない。
「メイのようには、いかないか……」
つい、弱音を吐いてしまう。
しかしそんな節也に、ルゥはそっと寄り添って言った。
「メイは……最初から強かった」
ルゥは語る。
「だから、私も安心して戦うことができた。……でも、偶に、私じゃなくてもいいかもって……思ったことがある」
「……どういう意味だ?」
「多分、メイは……誰がパートナーでも、優勝できるようなプレイヤー。……だから、メイは私に何も要求しなかった。……私が何も考えなくても、メイが勝手に戦うだけで……無敵だった」
節也はルゥの言いたいことを理解した。
メイは天才だ。だからきっと、どんな天使と組んでも優勝候補と呼ばれるほど成長してみせただろう。しかしそれは……ルゥにとっては複雑だったのかもしれない。
Wonderful Jokerは、二人一組のタッグ戦である。
だがメイは才能が大きすぎるせいで、一人でも十分戦えたのだ。チームワークなんて全く必要なかったのだろう。
「その点……セツヤは、違う。セツヤは多分、私も一緒に頑張らないと……強くなれない」
きっとその通りだろう。
節也は頷く。
「……でも、私は、それでいいと思う」
その言葉に、節也は目を丸くした。
「セツヤと、契約して……思った。パートナーと、一緒に強くなるのも……悪くないって」
呟くような小さな声で。
自分自身の胸中に湧いたその感情を、丁寧に拾い上げるかのように、ルゥは優しい声音で告げる。
「セツヤの足りないところは、私が埋める。……セツヤが、私の力を引き出せないなら……その分、私が歩み寄ってみせる」
真っ直ぐ、ルゥは節也の瞳を見つめて言った。
「私は……セツヤのパートナーになって……よかったと、思ってる」
ほんの小さな笑顔が咲く。
その柔和な笑みを見て、節也も優しく微笑んだ。
「それは……俺も同じだ」
今までのことを思い出す。
通り魔に襲われた時も、初心者狩りに襲われた時も、節也はルゥに助けられた。ルゥにとっては、別に節也がパートナーでなくても良かったかもしれない。けれど節也にとっては、ルゥがパートナーでなければ今まで生き残れなかった筈だ。
「ルゥ。俺をパートナーに選んでくれて、ありがとう」
たとえそれがメイの指示だったとしても。
節也はルゥに、強い感謝を抱いた。
相変わらずルゥは眠たそうな顔をしていた。しかし、いつの間にか節也は、ほんの少しだけその表情を読み取ることができるようになっていた。
多分……距離が近づいたのだと、節也は思う。
どこか温かな、居心地の良さを感じていると……ふと、頭の中に文言が浮かんだ。
【2つ目のスキルが解放されました】
唐突に訪れたその感覚に、節也は目を見開く。
ルゥも同じように驚いていた。どうやら彼女も新たなスキルの発露に気づいたらしい。
「……このタイミングでか」
昼間、あれだけ装甲虫を倒してもスキルは手に入らなかったのに。
節也は苦笑する。
「ルゥ。このスキルはどんな効果なんだ?」
「……分からない」
「え?」
「メイの時は……こんなスキル、なかった……」
首を傾げる節也に、ルゥも不思議そうに答えた。
「多分、これは……私とセツヤ……二人だけのスキル」
二人だけのスキル。
それは――メイにもなかった力らしい。
「ちょっと、アンタたち。いつまで外に出ているのよ」
その時、背後から祐穂の声がした。
見ればそこには、祐穂だけでなくサージェインやロズマリアの姿もあった
祐穂は不機嫌そうな顔で、節也へ近づく。
「ていうか、節也……私をあの女と二人きりにしないでちょうだい。苦手って言ってるでしょ」
「あ、ああ、悪い。でもサージェインがいるし、二人きりってわけじゃないだろ」
「あいつは苦しんでいる私を見て、ニヤニヤ笑っているだけの性悪男よ。置物よりたちが悪いわ」
祐穂はサージェインを睨みながら言った。
サージェインは「ふっ」と笑みを浮かべる。
「実は丁度、今、新しいスキルを覚えたんだ。ルゥと一緒に、どんな効果なのか考えていた」
「え~~! 節也さん、新しいスキルを獲得したですか~~!?」
ロズマリアが目をキラキラと輝かせながら、顔を近づけてきた。
「私、そのスキル見てみたいです~!」
「いや、でもそんな急には……」
「見たいです~!! 見せてください~!!」
ぐいぐいとくるロズマリアに、節也は困惑する。
しかし、節也も新たに習得したスキルの効果が気になっていたので――。
「……そうだな。折角だし、試してみるか」
密着しようとするロズマリアから離れ、節也はルゥに視線を注ぐ。
ルゥは無言で頷き、その身体を一振りの刀に変えた。
一つ目のスキルと同じような効果かもしれないので、節也は周りを巻き込まないよう、空に向かって刀を振る準備をする。
「ルゥ、スキルは発動できるか」
『ん……今、発動する』
カチリ、と身体の何処かにあるスイッチが入ったような感触を得る。
しかし――どれだけ待っても、変化は訪れなかった。
「……何も、起きない?」
恐る恐る刀を下ろす。
スキルの発動前後で、何も変化を実感できない。拳を握り締めても、軽く跳躍してみても、いつも通りの感覚だ。
「アンタ、スキルが手に入ったのは気のせいなんじゃないの?」
「そんなことはないと思うが……」
節也は首を傾げる。
「上手くいきそうにないなら、戻りましょう。検証は後でもできるわ」
祐穂の言葉に、節也は釈然としない気持ちを抱えながら頷いた。
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