第7話 VS初心者狩り


 砂塵の中から現れたのは、灰髪の男だった。

 露出した手足は筋肉で盛り上がっており、顔立ちも精悍なものである。ヤクザか軍人を彷彿とさせるその姿に、節也は萎縮しながら口を開いた。


「お前……初心者狩りか」


「そんなところだ」


 男は首肯する。

 バトルロイヤルにおいて、初心者狩りは非常に効果的な作戦だ。未来のライバルを少しでも減らすために、まだ右も左も分からない初心者を狩っていく。……今回、自分はその効果的な作戦における、狩られる側・・・・・であると節也は察した。


「む? そこにいるのは、シュロープ商会の……?」


 ふと、男は節也の背後にいるエルフィンの方を見て何かを呟いた。


「……まあいい。今は狩りが優先だ」


 深く呼吸した後、男は眦鋭く節也を睨む。


「テルミィ」


「はいなっ!」


 男の呼びかけに応じたのは、その傍にいた一人の少女だった。

 少女の背中からは、ルゥと同じように白い翼が生えている。――天使だ。


 テルミィと呼ばれた天使が、灰色の光に包まれる。

 眼前から放たれる眩い光に節也が目を細めた、次の瞬間。天使の姿が消え、代わりに巨大な鉈のような武器が顕現した。


「な、なんだよ、その武器……っ!?」


「同調すら知らないのか。この分ならどのみち他の誰かにやられていたな」


 男があからさまに節也を見下す。


「では、潔く死ね」


 男が右腕を持ち上げる。

 刀身が身の丈ほどある巨大な鉈が、豪快に風を斬って節也に迫った。


「うわ――ッ!?」


 咄嗟に真横へ飛び退くことで、節也は辛うじて攻撃を回避した。

 轟音が響く。見れば、先程まで自分の立っていた場所が抉れていた。


「セツヤ……落ち着いて」


「……ルゥ?」


 いつの間にかすぐ傍まで来ていたルゥが言う。


「この世界に来る前に、ちゃんと……説明された筈。貴方には……戦う力がある」


 ルゥの言葉を聞いて、節也はビルから突き落とされた時のことを思い出す。


 ――人間である貴方は、パートナーである天使を武器化してバトルに臨むことができます。


 ルゥの招待を受けた直後、瞳にはそのような文言が浮かんでいた。


「天使を、武器化……?」


「そう……私が、武器になる……」


 ルゥが武器になる。

 節也は混乱した頭でそのイメージを浮かべた。


「……ミサイルに変形して、突撃してくれたりするのか……?」


「……そうじゃない」


 ルゥは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 まあ確かに……ルゥがミサイルに変形して突撃するイメージを思い浮かべると、この上なくシュールである。


「貴方は、私のパートナーであり、使い手・・・……」


 片膝をつく節也の両肩に、ルゥがそっと腕を回した。


「私を使うのは……貴方」


 節也の目と鼻の先に、見たことがないほどの美しい少女の顔が広がっていた。

 ルゥの身体が淡く、白色に輝きを放つ。


「――私を視て・・・・


 金色の瞳が、節也の顔を映していた。

 節也の視線がルゥの瞳に吸い込まれる。


 瞬間――二人を眩い光が包んだ。



【天使ルゥとの初同調を確認】


【1つ目のスキルが解放されました】


【貴方の属性は "空" です】



「なん、だ、これ……っ!?」


 瞳にテキストが表示されると同時に、節也は右腕に一振りの刀を握っていた。

 ただの刀ではない。刀身は身の丈ほどの長さであり、刃は曲刀のように幅がある。更に刃先は髪の毛一本よりも薄かった。


 色も見慣れないものだ。柄も刃も雪のように真っ白だが、鍔には太陽を彷彿とさせるオレンジ色の宝石が埋め込まれていた。白い肌、白い髪、白い羽、そして金色の瞳を持つルゥの特徴が色濃く表われている。


 ――綺麗だ。


 戦闘中だというのに、思わずそんな感想が零れ出る。


『これが私の……もうひとつの姿』


 頭の中にルゥの声が響いた。

 どうやら、この強大な刀こそがルゥの武器形態らしい。


「ふん。同調したところで、ビギナーが俺に勝つことはできんッ!!」


 男が鉈を横に薙ぐ。

 節也は咄嗟に刀を前に構えた。

 鉈と刀が衝突し、大きな音が響き渡る。


「防いだ――ッ!?」


 男が驚愕する。

 一方、節也も目を見開いた。


「ふ、防げた……?」


 咄嗟の行動で、殆ど体勢が整っていなかったのに。

 全く力を入れていない・・・・・・・・・・のに・・、節也の刀は男の鉈を防いでみせた。


『セツヤ……戦って』


 ルゥが小さな声で語りかける。

 節也は意を決して、目の前の男目掛けて斬りかかった。


「う、おぉおぉ――ッ!!」


 右薙ぎの一閃を放つ。

 その瞬間、刃から閃光のようなものが放たれ――。


「な――っ!?」


「……へ?」


 放たれた斬撃は男のすぐ傍を通過し、まるでバターをスプーンで掬い上げるかのように、地面の表面を滑らかに切り裂いた。更に斬撃は止まることなく、遠くにある岩と木を容易く切断してみせる。


「な、なんだ、その力は……ッ!?」


 その光景に、鉈を持った男が驚いた。


『大振りはしない方が、いいかも……私の力、範囲が広いから……』


 今更ルゥが忠告する。


 ――範囲が広いなんてものじゃない。


 恐ろしい切れ味に加え、視界に入ってさえいれば届くという驚異的な攻撃範囲。そもそも刀を振るだけで斬撃のようなものが飛び出るだなんて、節也は全く知らなかった。これを直接、目の前の男に当てていたらと考えるとゾッとする。


『相手の武器を……狙って』


 ルゥの言葉を受け、節也は我に返って相手に近づいた。


「こうか――ッ!!」


 男が持つ巨大な鉈に対し、無我夢中で刃を振るう。

 刃先が鉈と衝突し、激しい火花が散った。


「ぐあッ!?」


 男が吹き飛び、悲鳴を上げる。

 斬りつけた巨大な鉈は――先程の一撃でひび割れていた。


「ば、馬鹿な……」


 男は呆然とした様子で、地面に膝をついた。

 巨大な鉈が音を立てて崩壊する。その直後、男の全身を光が包み始めた。


「ビギナーに負けるとは……ありえん! なんだ、その天使はッ!?」


 恐れと怒りを綯い交ぜにした表情で、男は節也が持つ一振りの刀を睨む。


「ま、まさか……四大貴天よんだいきてん……?」


 最後にそう呟いて、男の姿は消えた。

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