第22話 恩人錯乱


 異世界からログアウトした節也と祐穂は、再び節也の家に現れた。

 地球と異世界では時間の流れが違う。節也たちは異世界で三時間以上、活動していたが、地球ではまだ一時間と少ししか経過していなかった。


「それじゃあ、今日はもう帰るわ」


「ああ。今日は色々教えてくれて助かった」


 スキルのことも、妹の手掛かりのことも、教えてもらって感謝している。

 これほど祐穂と知り合いだったことに感謝した日はない。節也は深く頭を下げた。


「おい坊主。ユーホに恩を感じているなら、家まで送ってやるくらいしたらどうだ」


「なっ」


 サージェインの発言に、祐穂が驚きの声を発する。

 微かに頬を赤らめた祐穂に対し、節也は少しだけ考えてから答えた。

 一応、祐穂の家は知っている。ここから徒歩で行くことは可能だが、少し距離があった。


「……それもそうだな。もう夜遅いし、折角だから家まで送ろう」


「そ、そう。じゃあ、よろしくお願いしようかしら」


 ちょっと様子がおかしい祐穂に、節也は首を傾げながら外出の支度をした。


「ルゥも来るか?」


「当たり前。……私は、貴方のパートナーだから……ふわぁ」


 ルゥは眠たそうに欠伸をしながら言った。

 見た目は幼い少女だ。眠たいなら無理せずに休んでもいい。そう言おうと思ったが、通り魔に襲われた前例があるため、やはりルゥと行動を共にした方が安全だと考え直す。


「祐穂」


「なによ」


 外に出て暫く歩いてから、節也は祐穂に訊いた。


「もしかして、ずっと前から妹のことを調べてくれていたのか?」


「……そんなわけないでしょ。偶々、あの武器を目にしたから、一応覚えていただけよ」


 祐穂が目を逸らしながら言う。

 まあ祐穂がそこまでする義理もないし、当然かと節也は納得したが――。


「ほぉ、偶々? スキルの解放そっちのけで、ひたすら手掛かりを探していたのにか」


「サージェイン!!」


 サージェインの言葉に、祐穂は怒鳴る。

 しかし節也は今の発言を聞き逃さなかった。


「そう、なのか?」


「ああ。カイナからすぐナミートに移ったのも、アイアン・デザイアの本拠地がナミートにあると知ったからだ。その方が、お前の妹に関する情報が集めやすいと思ってな」


 今度は祐穂も怒鳴ったり否定したりしなかった。

 どうやらサージェインの発言は事実らしい。


「なんか……悪い。正直、そこまで動いてくれているとは思ってなくて……その、ありがとう」


「……ど、どういたし、まして」


 まさか祐穂にそこまで面倒をかけていたとは思わず、節也は改めて感謝の言葉を述べる。一方、祐穂もまさかそこまで感謝されるとは思っていなかったのか、非常に複雑な表情をしていた。


 気まずい空気が生まれる。

 節也にとって、祐穂はただのゲーム仲間だった。しかし今の話を聞いた以上、もうそんな目では見られない。ここまで自分のために動いてくれたのだ。祐穂は最早、恩人と言っても過言ではないだろう。ただの友人から恩人へと変化した彼女に、どう接すればいいのか分からなくなってしまった。


「あぁああぁああーーーーもうっ!!!!!」


 その時、祐穂が頭を抱えて唸る。


「だから嫌だったのよ! なんか気まずくなるし! これじゃあ私が恩着せがましい感じじゃない!!」


「わ、悪い……」


「謝るな! アンタにそんな態度取られるのは嫌なのよ!!」


 じゃあどうすればいいのか。

 口を閉ざすと、隣にいるサージェインが言う。


「坊主。感謝してるなら、これからはもっとユーホと一緒に遊んでやれ。つい昨日まで、ユーホが異世界にいる時の口癖は、『節也がいたらもっと面白いのになぁ』だったんだぞ」


「わあああああああああああああ!!!! 黙りなさい、サージェイン!!!」


 暗い夜道でも分かるくらい祐穂の顔が真っ赤に染まっていた。

 流石にそこまで意識されていると、こちらも少し照れる。結局、気まずい空気のままだった。


「その……送ってくれて、ありがとう」


 視線を逸らしたまま祐穂が言う。

 目の前には豪邸があった。学校で噂されているように、祐穂が金持ちのお嬢様であることは事実である。ただ、性格を偽っているだけで。


「ああ。それじゃあまた明日」


「ちょっと待ちなさい」


 そう言って祐穂は、スマホを操作した。

 暫くすると、節也のスマホが軽く振動する。取り出して画面を見ると、祐穂からメールが届いていた。件名はなし。本文には、ウェブサイトのURLだけが記されている。


「アンタ、知識不足だからそのサイト見て勉強しておきなさい」


 どうやらこのサイトはWonderful Jokerに関する何からしい。

 首を縦に振ると、祐穂はルゥに視線を移す。


「ルゥって、言ったかしら」


「……ん」


「アンタのパートナーは、妹のことになると無茶をする時があるから。ちゃんと気をつけときなさいよ」


「……分かった、気をつける」


 本人の前でそんな会話を繰り広げられることには釈然としないが、口を挟むと藪蛇になりそうなので黙っておく。


「じゃあね。また明日」


 そう言って、祐穂は家の中に入った。

 その背中が見えなくなって、節也は小さく吐息を零す。


 今日は本当に色々あった。正直、疲労も蓄積しているが――気は抜けない。

 これでメイがWonderful Jokerと関係していることがはっきりした。プレイヤーとして、あの異世界で活動すれば、もっと手掛かりを得られるかもしれない。


 まずは祐穂に教わったウェブサイトにアクセスしてみよう。

 そう思い、節也は家に戻ろうとしたが、


「……あれ? ルゥ、どこにいった?」


 いつの間にか、傍にいたルゥが消えていた。

 透明化したのだろうか? 節也は首を傾げる。




 ◇




「悪いな、ルゥ。急に呼び出して」


 節也が首を傾げている間、サージェインはルゥに小さな声で謝罪した。

 二人の天使は御厨家の庭にいた。節也と祐穂が別れの挨拶をすると同時に、サージェインがこっそりルゥを手招きしたのだ。節也だけでなく、祐穂も気づいていない。


「別にいいけど……用って、何?」


 欠伸をするルゥに、サージェインは真剣な顔で口を開く。 


「お前、まだパートナーに全てを打ち明けていないのか」


「ん。……まだ早い」


「早いって……聞いた話によると、お前が隠していることは、坊主がWonderful Jokerに参加する理由そのものだろ。早めに説明した方がいいんじゃないのか?」


「実力が足りていない……半端に希望を持たせたところで……きっと暴走する」


「それは、そうかもしれないが……」


「さっき……ユーホも言ってた。セツヤは、妹のことになると、何をするか分からないって。……それは、この一年間ずっとセツヤを見てきた私も……同意見」


 眠たそうに眼を擦りながら、ルゥは言う。


「もうちょっと……見極めたい。セツヤに、戦う力があるのかどうか……」


 普段通りの、のんびりとした口調でルゥは告げる。

 ルゥなりに考えがあるらしい。それを悟ったサージェインは、自身が冷静になるためにも小さく息を吐く。


「力がなければどうするんだ?」


「その時は……戦いを、下りると思う」


「できればユーホのためにも、それは止めてもらいたいところだけどな」


「全ては……セツヤの力次第」


 サージェインは溜息を零した。


「天界での縁もあるし、俺の口からお前に関する情報は漏らさないでやる。……その代わり、Wonderful Jokerが行われている間は、天界の上下関係が通用しないんだ。俺に攻撃されても文句は言うなよ?」


「……大丈夫。その時は……相手になる」


 そう言ってルゥは姿を透明にした。恐らく節也の傍に戻ったのだろう。


「……ちっ」


 夜風が吹き抜ける中、サージェインは舌打ちして先程の問答を思い出す。

 その時は相手になる。そう告げたルゥの瞳は、いつも通りの眠たそうなものだった。……それは本来なら有り得ないものだ。


「おっかねぇな」


 まるで、路傍の石を見るような目で見られた。

 八大令天を、そんな目で見ることができる天使は限られているだろう。


 果たして節也は気づいているのだろうか。

 ルゥという天使が、どれだけ強い存在なのかを。


 そして――そのルゥに選ばれた自分が、どれだけ高い能力を有しているのかを。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る