第9話 一蓮托生


「ここは……地球か」


 辺りの景色を見て、節也は自分が異世界から地球に戻ってきたことを理解した。

 前方には、節也が通り魔から逃げるために入った廃ビルがある。頭上を仰ぎ見れば、丁度、通り魔に突き落とされた屋上が見えた。


「なんとか、帰ってこられたな」


 安堵に胸を撫で下ろすと、自分の掌が汗ばんでいることに気づいた。

 思い返してみれば、今日は放課後からずっと緊張の連続だった。通り魔に襲われ、神を名乗る子供と会話し、長年求めていた妹の手掛かりを見つけ、そして異世界で他のプレイヤーと勝負した。これ以上の波乱はないと信じたい。


 心残りがあるとすれば、エルフィンと中途半端な別れ方になってしまったことだ。しかし、あちらは異世界人なだけあって、あのような状況下でも逞しい様子を見せていた。きっと心配いらないだろう。


「……お疲れ」


「ああ、お疲……うぉおっ!?」


 いつの間にか隣にいたルゥに、節也は驚きのあまり飛び退いた。


「い、いたのか……?」


「天使は……地球でも活動できる。但し、武器化はできないから……よーちゅーい」


 そう言えば、パートナーに選ばれる前のルゥは学校の教室にいた。

 元々、自分たちが知らなかっただけで、天使は地球で活動しているのかもしれない。


「取り敢えず俺は家に帰るが……その、ついて来るんだよな?」


「当然……パートナーは、一蓮托生」


 なんとなくそうなるだろうと予想はしていたので、節也はルゥを連れて帰路についた。


 幸い部屋は余っているため、ルゥと一緒に住んでも生活が不便になることはないだろう。家族以外の異性と同じ屋根の下で住むことには、倫理的な問題があるかもしれないが――妹の行方を知るという大義名分の前では霞んで消えた。


「しかし……目立つな」


 いつもの道を歩きながら、節也は呟いた。

 先程から、道行く人々にじろじろと見られている。

 視線が注がれているのは節也――ではなく、その隣にいるルゥだった。


「私……目立つ?」


「ああ。髪の色とか珍しいし……特に、その羽がな」


 ルゥの背中からは一対の白い羽が生えていた。

 汚れひとつない、まさに純白の羽だ。きっとWonderful Jokerとは無関係の者でも、この美しい羽を見れば、ルゥが天使であるという話を飲み込んでしまうだろう。それほど現実離れした神々しさがある。


 だから当然、目立った。

 通行人たちはルゥの羽を、精巧なコスプレとでも思っているのだろう。こんな街中で小さな子供がコスプレをしているのだから、目立つに決まっている。


「羽なら……仕舞えるけど」


 きょとんとした顔でルゥが言った。

 すると、ルゥの背中から生えていた白い羽が、シュルシュルと音を立てて畳まれる。どういう仕組みか全く分からないが、羽は服に隠れて見えなくなった。


「仕舞えるなら、先に言えよ……」


「……次から、気をつける」


 疲労感がどっと押し寄せた。

 どうもこの少女、あまり会話が得意ではないらしい。口調も独特な間の取り方だし、何より自分から話を切り出すことが滅多にない。非協力的というわけではなさそうだが、色々と苦労しそうなパートナーだった。


 そうこう考えているうちに、家に着く。


「ただいま」


 玄関の鍵を開けて、節也は家に入った。

 両親は海外赴任しているため家にはいない。妹が行方不明になった際は一度帰ってきたが、仕事が忙しいらしくすぐに戻ってしまった。


 ここ一年。この家に住むのは、節也一人だった。

 今日から新しく住人が加わる。


「はぁ……気疲れした」


 手を洗うため、洗面所に向かいながら節也は呟く。


「地球では一緒に行動しない方がいいかもな」


「……それは、よくない」


 ルゥが首を横に振る。


「異世界に転移した時……私が傍にいないと、セツヤは何もできない」


「……それもそうか」


 洗った手をタオルで拭きながら、節也は納得する。

 今回のように、想定外のタイミングで異世界へ転移した場合、近くにルゥがいないと戦うことができない。


「というか、ルゥが傍にいない状態でも転移はできるのか?」


「できる……逆に、私だけでも転移は可能」


 ルゥが手を洗いながら答えた。

 要するに、個々で転移できる代わりに、片方が転移するともう片方も勝手に転移するなどという便利機能は存在しないらしい。


「でも、流石に学校で一緒に行動するのは難しいぞ」


 授業を一緒に受けるわけにもいくまい。

 転校生として学校にやって来る――なんてありがちなシチュエーションもあまり想像したくなかった。心労がピークに達しそうだ。


「問題ない。……天使は、透明化できるから」


「透明化?」


 首を傾げる節也の前で、ルゥが瞼を閉じる。

 ルゥの姿が、ゆっくりと目に見えなくなった。


「……こんな感じで、姿を消せる」


「だから先に言えよ!」


「次から…………ふわぁ」


 まるで反省していない様子のルゥを、節也は引っぱたきたくなった。

 透明化できるなら最初からして欲しかった。総元さんちの長男が、小さな女の子を家に連れ込んでいた……なんて噂されたらどうするつもりだ。事案になる。


 とにかく、透明化できるならどこでも一緒に行動できるだろう。これで先程の問題は解決した。


 リビングの電気をつけ、ソファにどっかりと腰を下ろす。

 既に外は暗い。時刻は午後七時を過ぎていた。


(あ……祐穂とゲームするの忘れてた)


 しかし今回に限っては不可抗力というやつだ。

 身体も疲れている。今日はもうゲームをする気にはなれない。


(ん……?)


 暫くするとルゥが小さな歩幅でやって来て、節也の隣にちょこんと座った。

 その姿に、節也は違和感を覚える。


「なあ……なんか、慣れてないか?」


「……何が?」


「いや、その、随分と勝手知ったる様子というか、遠慮がない様子というか。……玄関の鍵も閉めてくれたし、手も普通に洗うし。お前、俺の家に来たのはこれが初めてだよな?」


 節也の家の鍵は、俗に言う「ちょっと操作が分かりにくい鍵」だった。来客の際は鍵の締め方で戸惑われることも多い。だからルゥが簡単に鍵を閉め、更に人間と同じように普通に手洗いうがいをしている場面が妙に気になった。


 恐る恐る尋ねる節也。対し、ルゥは小首を傾げて、


「……さぁ?」


「さぁ!?」


 あからさまに誤魔化される。

 出会ってから眠たそうな表情しかしていないルゥだが、そのぼーっとした様子とは裏腹に、何か隠し事があるのかもしれない。


「お前、そう言えば、以前から俺のことを見ていたって言ってたよな。それってもしかして、学校の時と同じようにこの家にもいたってことか?」


「……さぁ?」


「おい!!」


 冗談ではない。それはつまり、今までずっと私生活を覗かれていたということか。

 節也は戦慄した。もしかすると自分はこの少女に、幾つもの弱みを握られているかもしれない。


 警戒心を露わにする節也だが、やがて諦めたように溜息を吐いた。

 現状、このバトルロイヤルにおいて、ルゥは唯一の味方だ。仲違いはしたくないし、今後のことを考えると慎重に意思を共有したい。


「ルゥ。……その件は水に流すから、少し真面目な話をさせてくれ」


「……話?」


「ああ。俺の……妹の話だ」


 節也は真剣な表情で言った。


「俺は、行方不明になった妹を探している」


「……妹を?」


 節也は頷く。


「神の言葉が真実なら、妹は異世界にいるらしい。だから俺は、なんとしてもこのバトルロイヤルを勝ち上がりたいんだ。少なくとも妹の行方を知るまでは、絶対に負けたくない」


 そう言って、節也はルゥの方を見た。


「協力してくれるか?」


「……言われるまでもない」


 口調こそのんびりとしたものだが、ルゥは迷うことなく返事をした。


「私は……セツヤの武器。セツヤが望む力に、なってみせる……」


 ルゥは真っ直ぐ節也の顔を見据えて言った。

 相変わらずの無表情だが、彼女なりに真剣な表情をしているつもりかもしれない。そう考えると少し気持ちが和らぐ。節也は微笑した。


「ありがとう。……と言っても、まだ手掛かりなんて殆どないに等しいんだけどな」


 それでも――今までのことを考えると、大きな進歩である。

 嬉しさが込み上げると同時に、節也は微かな眠気を感じた。バトルロイヤルについて知りたいことは山々だが、焦ったところでこれ以上は頭が働きそうにない。


「……ん?」


 その時、ポケットに入れていたスマホが震動する。

 画面を見ると、ある人物からメッセージが届いていた。


「あー……」


「……セツヤ、どうかした?」


「いや、その、ちょっと約束をすっぽかしてしまったせいで、怒られているというか……」


 相手は勿論、学校一のマドンナこと御厨祐穂だった。

 メッセージの内容は、今すぐにゲームへログインしろといったものだ。


 流石に今日はもうゲームで遊ぶ気にはならない。探し続けていたメイの手掛かりも手に入れたため、もうゲーム上で通り魔の武器を探すこともなくなるだろう。


 とは言え、無断ですっぽかしてしまったことには微かな罪悪感を覚える。


「……謝っておくか」


 ほぼ強制的に取り付けられた約束なので、こちらが誠意を示す義理なんてない気もするが……あれで意外と親切な一面もあるのだ。妹が失踪して、精神的に参っていた自分を色々と励ましてくれたこともある。


「ルゥ、俺は二階に行ってるから、好きに寛いでいてくれ」


「んー……」


 こちらから話題を提供しないと「ん」しか言わなさそうな少女だ。

 しかし、これから会話することになる祐穂と比べると、落ち着きがあるとも捉えられる。


 天使としての実力は恐らく高い。それにこうして同じ屋根の下で暮らすことを考えると、ルゥみたいに物静かな性格の方がいいかもしれない。そう考えると、ルゥがパートナーで良かったと思う。


 ――あれ?


 不意に節也はルゥとの出会いを思い出し、二階に向かう足を止めた。


「なあルゥ。お前、俺と契約する時に、『貴方にはやるべきことがある』って言ってなかったか?」


 その問いかけに、ルゥは視線を合わせることなく答えた。


「言ってないと、思う……」


「……そうか。俺の勘違いか」


 もしかして、ルゥは俺が妹を探していることを知っていたのかと思ったが、そうではなかったらしい。


 あの時のことは通り魔に襲われた混乱でよく覚えていない。勘違いしている線も十分あるだろう。


 節也は祐穂とチャットするべく、二階の自室に向かった。



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