第3章 天使薬デスティニー 第2話『後悔』

 知りたくなかった。

 サマンサが、私の運命の人じゃなかったなんて。

 何処? 何処にいるの?

 私の運命の人は……。


 シルヴィが目を覚ますと、暗い倉庫のような部屋に閉じ込められていた。

 窓からは夕日が差し込み、部屋を薄明るく照らしている。窓には全身に銀色の羽根が生えたシルヴィの姿が映っていたが、シルヴィは「部屋に置かれた備品が窓に映っている」のだと思っていた。

 棚にはシルヴィがかよっている「黒百合女学院」と書かれた書類が収納されており、この部屋が校内のどこかであることは確かだった。

「私……死ねなかったの?」

 ふと、シルヴィは部屋の隅に置かれた巨大な鳥籠に目がいった。上から白いシーツがかけられ、中は見えなかったが、誰かが中に入っているような気配がした。

「……誰かいるの?」

 シルヴィは意を決し、シーツを取った。

 中にはシルヴィが最も愛したサマンサがいた。全身を茶色い羽根で覆われ、ぐったりと横たわっている。

 全身を覆っている羽根といい、明らかにいつものサマンサではなかったが、シルヴィにはそんなことはどうでも良かった。

「サマンサ! 生きていたのね! 良かった……私だけ生き残っちゃったんかと思ってたわ!」

 力づくで鳥籠をこじ開け、サマンサを外へ出す。

 サマンサはされるがまま外へ出され、床へ倒れた。

「ねぇ、サマンサ。ここがどこの部屋か分かる? 学校のどこかってことは分かっているんだけど、私には見当がつかないの。何か知らない?」

「……」

 サマンサは答えない。両目をカッと見開き、苦悶の表情を浮かべたまま、固まっている。

 その肌は青白く、死んでいるのは明らかだった。

「ねぇ、サマンサ。どうしちゃったの? 私のことが嫌いになってしまったの? 私だって、悪かったと思っているわ。無理矢理川へ引きづりこんで……でも、大丈夫。次はちゃんと言うわ。私と一緒に死んで、って」

 シルヴィはサマンサが死んでいることに気づかず、必死に話しかける。

 しかし次第にサマンサの異変を察すると、ぽろぽろと涙を流した。

「サマンサ……嘘でしょう? 私を残して死んでしまうなんて。そんなの、嘘よ……」


 しばらく泣き続けた頃、ふとシルヴィは思いついた。

「……そうだわ。キスをすればいいのよ。そうすれば、きっとサマンサは目を覚ましてくれる。だって私達、運命の相手なんですもの」

 それは童話の中の出来事だった。

 何かしらのアクシデントで姫は命を落とすが、どこからともなく現れた王子にキスをされ、目覚める。二人はいつまでも幸せに暮らしました……。

 シルヴィは叶うはずのない幻想にすがりつき、サマンサの唇へキスをした。

 しかしいくら経っても、何度唇を重ねてもサマンサは目覚めなかった。

「どうして……? どうしてサマンサは目覚めないの? 私の運命の人でしょう?」

 その時、部屋のドアの鍵が「ガチャリ」と外から解除される音がした。

 同時に、部屋のドアがゆっくりと開かれ、実験器具を手にした女子生徒、スージーが恐る恐る顔を覗かせてくる。彼女は中にいたシルヴィと目が合うと「キャッ?!」と悲鳴を上げた。

「だ、誰? この部屋は鍵が閉まっていたはずなのに」

「……ねぇ、教えてくれない?」

 シルヴィは涙ながらに、スージーへ尋ねた。

「キスをしても目覚めない相手は、運命の相手ではないと思う?」

「え? え?」

 スージーは質問の意図が読めず、戸惑う。

 しばらく考え、質問の意味を噛み砕いた末に、はっきりと答えた。

「……。キスをしても目覚めないなんて、将来の伴侶として相応しくないもの」

「そう……そうよね」

 途端にシルヴィの表情は暗くなる。

 スージーの解釈は概ね当たっていたが、シルヴィの言う「目覚めない」というのが、眠りから目覚めないのではなく、死から目覚めないという意味であるとは分からなかった。そして、その一点を履き違えてしまったばっかりに、彼女はここへ来たことを死の淵まで後悔するのだった。


「残念だわ。サマンサは私の運命の人ではなかったのね」

 サマンサの正体が分かり、一気にシルヴィの瞳から熱が失われる。一方的に想いを寄せていたのはシルヴィであったというのに、裏切られたような気分だった。

 シルヴィはサマンサから離れ、立ち上がると、今度はスージーへ微笑みかけた。

「……貴方は? 貴方は私の運命の人?」

「え?」

 ペタペタと足音を立て、スージーへ近づく。

 細く白い指で彼女の頬を撫でてやると、まんざらでもなさそうにスージーは頬を薔薇色に染めた。

「あ、あの……」

「確かめるには……一度、

 次の瞬間、スージーはシルヴィに首を握りしめられた。即死だった。

 シルヴィはダラリと首をもたげるスージーの唇へ唇を寄せ、キスをする。

 死んで間もない彼女の唇はほのかに温かく、血の味がした。

 スージーが生きていた頃の余韻に浸るように接吻を楽しみ、やがて唇を離す。スージーもまた、二度と目覚めることはなかった。

「……残念だわ。貴方も私の運命の相手ではなかったのね。殺してごめんなさい」

 シルヴィは心底残念そうにスージーを床へ捨て、手の甲で唇を拭う。

 そのまま二人を放置し、部屋を出ていった。

 部屋の外は理科室だった。シルヴィとサマンサが監禁されていたのは、理科準備室だったのだ。

 だが、シルヴィにはそんなことはどうでも良かった。

 自分が理科学倶楽部の実験体として捕まり、カナリアの血を元に作られたある薬によって、異形の姿になっていることなど、知るよしもなかった。

「あぁ……こんなことなら、知りたくなかった。サマンサが私の運命の人じゃなかったなんて。知らなければ、私達はいつまでも幸せに過ごしていたのに。私はひとりぼっちにならずに済んだのに」

 シルヴィは理科室から出て、無人の校内をさまよった。

 既に生徒は帰宅し、教師もほとんどいなかった。

「何処? 何処にいるの? 私の運命の人は……」

 シルヴィは運命の人を失った後悔に苛まれながら、本当の運命の人を探し、姿を消した。

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