第2章 金糸雀幽閉リモデリング 第2話『祝福』

 キャロラインは友人のクララを連れ、夜の校舎へ忍び込んだ。学校で行方不明になったカナリアを探すためだ。

 黒百合女学院では近年、カナリアの他にも行方不明になる生徒が続出している。噂によれば、理科学倶楽部の生徒に連れ去られ、夜な夜な良からぬ実験の餌食になっているらしい。

 カナリアも彼女達のモルモットにされているのかもしれないと思うと、いても立ってもいられなかった。

「キャロライン、怖いわ。もう帰りましょう?」

 クララは夜の学校に怯え、キャロラインの腕にしがみつく。

 キャロラインも内心怯えていたが「何言ってるのよ!」と自分にも言い聞かせるように、クララを叱った。

「こうしている間にも、カナリアは恐ろしい目に遭っているのかもしれないのよ? 学校も警察も"カナリアは家出した"と言い張って、動いてくれないんだから、私達が助け出すしかないじゃない!」

「う、うん。ごめんなさい……」

 クララはキャロラインに叱られ、しょんぼりと項垂れる。

 キャロラインも「少し言い過ぎたかな」と反省し、クララの頭を優しく撫でた。

「……カナリアを見つけたら、うんと叱ってやりましょう。それから、最近出来たケーキ屋さんであの子の大好きなレモンケーキを買うの。明日はカナリアのお誕生日だから」

「うん……」

 クララは心地良さそうに目を細め、頷いた。


 やがてキャロラインとクララは理科室にたどり着いた。入り口の鍵は開いていた。

「カナリア……? いるの?」

 二人は恐る恐る理科室へ足を踏み入れ、懐中電灯で部屋の中を照らす。噂とは異なり、人の気配はなく、暗いだけで昼間の理科室と特に変わりなかった。

 ただ一点、入り口から一番遠い机の上に、昼間の授業の時にはなかった鳥籠が置かれていた。鳥籠の扉は開いており、中はカラだった。

 その直後、キャロラインの視界が黄色に遮られた。

「キャァッ?!」

「キャロライン?!」

 入り口付近から動けずにいたクララは、キャロラインの異変に気づき、固まる。懐中電灯をキャロラインに当てると、彼女は全身が黄色い羽根に覆われた何かに後ろから抱きしめられていた。

 ふいに、その何かが懐中電灯に気づき、クララを振り向いた。その何かは、キャロラインとクララが探していたカナリアだった。

「ひ、ひゃぁぁぁ!」

 クララは恐怖のあまり、キャロラインを置いて逃げた。廊下を走る足音は徐々に遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。


「いやっ、離して!」

 キャロラインも背後のカナリアに懐中電灯を当て、驚愕した。

「カ……カナリア?! 貴方、その体はどうしたの?!」

 カナリアは「フフッ」と笑い、誇らしげに羽根で覆われた腕を持ち上げてみせた。

「美しい翼でしょう? 理科学倶楽部の方に改造して頂いたのよ。アクセサリーなんかよりも、ずっと綺麗だわ」

「ひっ?!」

 しかしキャロラインはカナリアの腕を見て、悲鳴を上げた。

 彼女の腕には無数の羽根が。毛穴一つ一つに無理矢理羽根を突き立てられ、皮膚を焼いて接着させられている。

 よく見ると、カナリアの目は淀み、光を失っていた。キャロラインと話しているはずなのに、虚な眼差しで宙を見上げている。

 キャロラインはカナリアの目を見て、彼女が既に手遅れであったと悟った。


 カナリアはキャロラインの制服の袖をまくり、彼女の腕を艶かしく撫でた。

「あぁ、なんて美しい腕なのかしら。白くて、細くて、柔らかい……私と同じ羽根を生やせば、もっと美しくなるわ」

 そう言うとカナリアは自分の腕から羽根をむしり取り、キャロラインの腕へ挿そうとした。

「さぁ、キャロライン! 私と同じ"カナリア"に生まれ変わるのよ! そして、私と一緒にお祝いするの!」

「い、いやぁっ!」

 キャロラインは懐中電灯でカナリアの顔を思い切り叩いた。

「痛っ!」

 カナリアは怯み、キャロラインを拘束していた力を緩める。

 キャロラインはその一瞬の隙をつき、カナリアを突き飛ばした。そのまま理科室の奥にある理科準備室へと駆け込み、中から鍵をかけた。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 理科準備室には外へ出る扉がなく、窓ははめ殺しになっている。外から侵入されることはないが、外へ出ることも出来なかった。

「キャロライン!」

「ひっ!」

 その時、カナリアが理科準備室の扉を強く叩いた。扉はダンッと音を立て、揺れる。

 カナリアは続けてダンッ、ダンッ、と扉を叩いた。

「キャロライン、キャロライン、キャロライン! ねぇ、ここを開けてよ! どうして私を拒絶するの?! 私はこんなに美しく生まれ変わったのに! どんなにアクセサリーで着飾っても手に入らなかった美しさを手に入れたのに! どうして祝ってくれないの?! どうして私と一緒になってくれないの?! 私、早く貴方と……」

「いやぁっ! 来ないで!」

 キャロラインは耳を塞ぎ、理科準備室の隅にうずくまった。

 その間にも、カナリアは扉の向こうで楽しげに、おぞましい妄想を語っていた。今の彼女は、これまでキャロラインが見てきたカナリアとはまるで別人だった。

「違う……あれはカナリアじゃない。きっと、カナリアは何処か別の場所に監禁されているのよ。でなきゃ、あの子があんなおぞましいことを言うはずがない。あの子は私の友人、私のクラスメイト、それ以上でもそれ以下でもないもの」

 キャロラインは指と指の隙間から聞こえてくるカナリアの妄想を懸命に否定しながら、助けを待った。


 キャロラインは理科準備室の扉の鍵が外から開けられる音で目を覚ました。窓からは朝日が差し込み、部屋の中は薄明るかった。

 扉が開いた瞬間、キャロラインは緊張で体を硬直させた。近くにあった顕微鏡で応戦しようとしたが、現れたのはカナリアではなかった。

「貴方、こんなところで何をしているの? 勝手に入っちゃ、ダメでしょう?」

「パラケルスス先生!」

 鍵を開けたのは、理科教師であるパラケルスス先生だった。中にいたキャロラインを訝しげに見ている。

 キャロラインはホッと安堵し、先生の元へ駆け寄った。

「先生、理科室にカナリアによく似た化け物はいませんでしたか?」

「カナリア?」

 パラケルスス先生は首を傾げた。

「貴方の言うカナリアとは、人間の方のカナリア? 鳥ではなく?」

「えぇ。私の友人で、クラスメイトの方のカナリアです。昨夜、理科室に忍び込んだ時に襲われたんです。全身が黄色い羽根に覆われた、カナリアにそっくりの顔をした化け物に……」

「私がここへ来た時には、誰もいませんでしたよ。悪い夢でも見ていたのではないですか?」

「悪い夢……?」

 キャロラインは昨夜のことを思い出してみた。

 言われてみると、記憶が判然とせず、長い悪夢を見ていたような気分になった。少なくとも、キャロライン本人は「あれが夢であって欲しい」と願っていた。

「……そうですね。悪い夢を、見ていたのかもしれません」


 キャロラインは理科準備室を出た瞬間、硬直した。

 昨夜は何も入っていなかったはずの鳥籠の中に、金糸雀カナリアが入っていた。カナリアと同じ、黄色い羽根を持つ鳥だ。

 金糸雀は理科準備室から出てきたキャロラインをジッと見つめると、ピロロロ、ピロロロと鳴いた。美しい鳴き声だったが、パラケルスス先生が口にした一言で、キャロラインは青ざめた。

「メスが求愛をするなんて、珍しいな。しかも人間の女の子相手に」

「ひっ!」

 キャロラインは耳を塞ぎ、理科室を飛び出した。金糸雀の求愛の声は、キャロラインが校舎を出るまで響いていた。


 キャロラインが理科室を出て行った後、パラケルスス先生は白衣のポケットからリボンのついた小さな包みを取り出し、金糸雀の鳥籠の中へ入れた。

「お誕生日おめでとう、。これは私からのプレゼントだよ。新たに生まれ変わった君への、ね」

 金糸雀はクチバシで丁寧にリボンをほどき、包みを開いた。中には金糸雀の餌である、植物の種が大量に詰まっていた。

「……」

 金糸雀は種を見るなり、一心不乱についばんだ。自分が人間だったことは、すっかり忘れているようだった。

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