第2章 金糸雀幽閉リモデリング 第3話『孤独』

 キャロラインが学校に来なくなってから、一週間が経とうとしていた。カナリアも行方不明のまま、見つかっていない。

 キャロラインを置いて逃げたクララは毎日教室で一人、過ごしていた。

「おはよー!」「今日の授業なんだったかしら?」「帰りにケーキ屋さんに寄りましょう?」

 クラスメイト達は楽しげに、友人達と話している。

 ついこの間まではクララも彼女達と同じように、カナリアとキャロラインと共に仲良く過ごしていた。特にキャロラインに対しては友情以上に想い、慕っていた。

(……寂しいな)

 クララは孤独で押し潰されそうだった。もともとクララは人見知りで、二人の他に喋れる人間がいなかった。

 この一週間、キャロラインを置いて逃げた負い目から耐え続けてきたが、もう限界だった。

(今日こそは、キャロラインのお見舞いに行こう。キャロラインを置いて逃げちゃったことを謝って、それからあの夜に何があったのか聞こう)


 放課後、クララはキャロラインの家に見舞いに行き、驚いた。

 キャロラインの家は窓やドアに外から板が打ち付けられ、開けられないようになっていた。唯一、玄関のドアだけは板がなかったが、木製のものから鉄製のドアに変わり、五つの鍵が取り付けられていた。

 インターホンを押すと、やつれた様子のキャロラインの母親がクララを出迎えた。キャロラインの母親は怖々ドアを開け、相手がクララだと分かるとホッとした様子で表情を和らげた。

「クララ……いらっしゃい。早く、中へ」

 キャロラインの母親はクララを中へ入れると、鍵を閉めた。

 クララはリビングへ通され、ケーキと紅茶を振る舞われた。リビングには大きな窓があったが、内側からも板が打ち付けられていた。

「こんにちは、おばさん。キャロラインのお見舞いに来ました。キャロラインはお元気ですか?」

 キャロラインの母親は首を横に振った。

「ずっと部屋にこもっているわ。訳を聞いても話してくれないし。何かに怯えているみたいで、家の窓とドアを塞いで欲しいって頼んできたの。おかげでずいぶん物々しい家になってしまったわ。学校で何かあったのかしら?」

「……あの、」

 クララはキャロラインを置いて逃げた事実に心が押しつぶされそうになりながらも、キャロラインの母親に頼んだ。

「良ければ、キャロラインとお話させて下さい。彼女に話さなきゃいけないことがあるんです」


 二階にあるキャロラインの部屋は、どの部屋よりも厳重だった。可愛らしい薄ピンクの木製のドアには、以前遊びに来た時にはなかった大量の鍵がかけられている。

 さらに、ドアには鋭利な爪で引っ掻いた痕が無数にあった。ところどころ血が付着し、汚れていた。

「これ、どうしたんですか?」

「さぁ……朝起きたらこうなっていたのよ。キャロラインは外に出ないのに、日に日に傷が増えるの。なんだか不気味だわ」

 キャロラインの母親はドアをノックし、中にいるであろうキャロラインを呼んだ。

「キャロライン、クララがお見舞いに来てくれたわよ。少しでいいから、顔を見せてあげて頂戴」

「……」

 部屋の中からは物音一つしない。本当にキャロラインが部屋にいるのかとクララは疑った。

 しかししばらくすると、内側から鍵を全て開けられ、母親以上にやつれたキャロラインがドアの隙間からクララを覗き見た。

「クララ……何の用?」

 クララもドアの隙間からキャロラインを覗き、謝った。

「キャロライン、一人で逃げてごめんなさい。きっと、怖い思いをしたのね。貴方がそうなったのは、私のせいだわ。本当にごめんなさい」

「……いいのよ」

 キャロラインはドアの隙間から手を伸ばし、クララの頭をなでた。

「私は一人だったから、無事に家に帰って来られた。貴方があの場に残っていたら、私達今頃あの女の餌食になっていたわ」

「あの女って誰? そんなに恐ろしいことが起きていたの? それって、どんな……」

 学校の話になった途端、キャロラインは手を引っ込め、ドアを閉じた。

「……言えない。これ以上、貴方を巻き込むわけにはいかないから」

「キャロライン!」

「今すぐ帰って! もう二度とうちには来ないで!」

 クララの静止も虚しく、内側から鍵を閉められた。

 それきり、何度呼びかけても、キャロラインは部屋から出て来なかった。


 自分の家へ帰った後も、クララは諦めきれなかった。ここで逃げては、あの夜と同じだと思った。

「おばさんは『キャロラインはただ怯えているだけ』だと言っていた。だけど、あのドアの傷は明らかに本物だった……きっと、何かがキャロラインを狙っているんだわ」

 クララは深夜にコッソリ家を抜け出し、キャロラインの家を訪れた。万が一のため、武器として父親のゴルフクラブを持ってきた。

 足音を殺し、キャロラインの家に近づく。不思議なことに、玄関のドアは大きく開け放たれていた。

「なんて不用心なのかしら……これじゃいくら鍵をつけたって、意味がないじゃない」

 クララは訝しみながらも、中に入る。ドアが開いていることを知らせようと思ったが、キャロラインの家族は就寝中らしく、家の中は真っ暗で、誰もいなかった。

 その時、二階から小さく悲鳴が聞こえた。くぐもっていて聞こえづらかったが、明らかにキャロラインの声だった。

「キャロライン?!」

 クララは急いで二階へ駆け上がり、キャロラインの部屋へと向かった。

 キャロラインの部屋のドアは外から破壊され、人一人が通れるほどの大きな穴が空いていた。そしてどういうわけか、床には無数の黄色い鳥の羽根が散らばっていた。

「何これ……? キャロラインは鳥なんて、飼っていないのに」

 クララは不気味な鳥の羽根を警戒し、部屋の前で足を止める。

 穴から部屋の中を覗くと、信じられない光景が広がっていた。

「んーっ! んむーっ!」

 ベッドに横たわっているキャロラインの上に、全身に黄色い羽根が生えた少女が覆い被さっていた。華奢な体で、クララと同い年くらいの女子のようだった。

 少女はキャロラインのパジャマをビリビリに剥ぎながら、彼女の口を口で塞いでいた。ピンクの愛らしいパジャマが無惨にも破り捨てられ、白い柔肌があらわになっていく。

 クララは一瞬、目の前で何が起こっているのか分からなかった。しかし次第に現実を理解していくと、怒りがふつふつと込み上げてきた。

「キャロラインに何してるのよ!」

 穴から部屋へ駆け込み、後ろからゴルフクラブで少女を殴る。少女は「きゃッ」と人の声で悲鳴を上げたが、クララには関係なかった。

 怒りをぶつけるように、何度もゴルフクラブで殴る。これはキャロラインのためではない……クララの個人的な憎悪がそうさせていた。

(許せない……! キャロラインの唇を奪うなんて! 私が最初に奪おうと思っていたのに!)

 しばらくクララに殴られると、少女はキャロラインを諦めたのか、背中から大きな翼を広げ、部屋のドアから飛び去った。そのまま階段を下り、玄関のドアから外へ出ていく。

 クララは羽音が遠ざかっていったのを確認し、玄関の鍵を厳重に閉めた。


「クララ!」

 クララがキャロラインの部屋へと戻ってくると、中で震えていたキャロラインが抱きついてきた。恐怖で顔は青ざめ、ぱっちりとした大きな目からは大粒の涙があふれていた。

「助けてくれてありがとう……怖がりの貴方が、私を守ってくれるなんて思っても見なかったわ。貴方が来てくれなかったら私、今頃どうなっていたことか……」

 そのままキャロラインの豊満な胸が、クララの体へ押しつけられる。

 クララは今すぐそれを揉みしだきたい衝動に駆られながらも、グッとこらえた。心中を悟られないよう優しくキャロラインを抱き寄せ、彼女の頭を撫でた。

「キャロラインがひどいことをされているのを見たら、怖さなんか吹き飛んじゃったわ。無事で本当に良かった。どうして昼間には相談してくれなかったの? 私もキャロラインのお母さんも、貴方のこと心配していたのよ」

「だって……信じてもらえないと思ったから」

 キャロラインはうつむき、言いにくそうに答えた。

「あの子、カナリアなのよ。私達の大親友だったカナリア。一週間前に理科室へ忍び込んだ夜に、私に襲いかかってきたの。なんとか準備室へ逃げ込めたけど、朝まで気持ちの悪い話を延々と聞かされたわ。家にこもるようになってからもカナリアは毎夜私に会いに来て、私の部屋のドアを開けようとしていたの。玄関の鍵は自力で外していたみたいだけど、私はドアの前に本棚を置いていたから、今までは入って来られなかったのよ。でも、今日はうっかりして移動させるのを忘れてしまっていたわ。カナリアは攫われたんじゃない……悪魔の手先になってしまったのよ!」

「あれが、カナリア……」

 クララは先程の少女が変わり果てたカナリアだと知り、ショックよりも憎悪が湧き立った。同じようにキャロラインを想っているからこそ、カナリアの気持ちに勘づいた。

(カナリア……貴方もキャロラインが好きなのね? そしてキャロラインの全てを欲したのね?)

 クララはキャロラインを自身の胸へと寄せ、優しく微笑んだ。

「今まで、孤独に戦っていたのね。でも大丈夫。これからは私がキャロラインを守ってあげるわ」

「クララ……」

 キャロラインは友人の胸元に顔を埋めていることを恥ずかしがり、赤面する。しかし視線を完全には外そうとはせず、チラチラとクララの胸を盗み見ていた。

 クララはキャロラインの視線を感じ取りながらも、あえて気づかないフリをした。同時に、キャロラインとの新たなつながりが築き上げられる予感がして、ニヤリと笑った。

(安心して、キャロライン。私達はしばらくはお友達のままよ。いずれ貴方が孤独を埋めるために、私を利用しようとするまでは、ね)

 孤独だった二人の少女は、互いの孤独を埋めるため、少しずつ歩み寄って行こうとしていた。

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