第2章 金糸雀幽閉リモデリング 第4話『駅』

 ケイトの家の隣には、路面電車の駅がある。毎日大勢の学生や勤め人が通学、通勤に利用しており、ケイトもその一人だった。

 ただ、ケイトは駅特有の騒々しさが苦手だった。特に同級生と顔を合わせるのが苦手で、何を話したらいいのか分からなかった。

 なのでケイトは確実に同級生と会わない、始発の電車に乗って、登校していた。授業が始まるまでは図書館にこもって静かに本を読んだり、校庭を散歩したりしていた。

 よって、ケイトの朝は早い。始発に間に合うよう、深夜三時に目を覚まし、簡単な朝食を作って食べ、学校へ行く準備をした。


 その音を聞いたのも、深夜のことだった。駅の屋根のあたりに何かがぶつかったような「ゴンッ」という鈍い音が聞こえたのだ。

「何かしら?」

 ケイトは窓から駅の屋根を見上げ、「あっ」と声を上げた。

 近くの街灯の光のおかげで、黄色い何かが屋根の上に落ちているのが見えた。全体像は暗がりに隠れてよく見えないが、人のようにも見える。

「人間が落ちてきた……? 一体、どこから?」

 ケイトは気になって、様子を見に行くことにした。


 駅にはまだ誰もいなかった。駅員も来ていない。

 屋根の上の黄色い何かを見上げると、やはり人だった。ケイトと同じ年頃の少女で、全身を黄色い羽根に覆われた妙な姿をしている。屋根からダラリと腕を投げ出し、今にも線路へ落下しそうだった。

「待ってて。今、助けてあげるから」

 ケイトはフェンスをよじ登り、屋根へと飛び移った。

 急いで少女の体を引き上げ、落下しないよう屋根の中央へと移動する。怪我をしているのか、少女の体からは血の臭いがした。

「ここにいたら、じきに朝日が昇ってバレちゃう。かと言って、うちに運ぶわけにはいかないし……困ったわ」

 とりあえず、怪我の状態を見るために駅にあるトイレへと少女を運ぶことにした。

 少女の腕を肩に回し、屋根からホームへ降りる。少女の体は妙に軽かった。


 外からトイレの明かりを点け、個室に入る。

 中は狭く、衛星的にもいいとは言えなかったが、怪我の状態と少女の正体を確認する分には十分だった。

「えっ……嘘」

 ケイトは少女の顔を見て、驚いた。

 彼女は毎朝騒々しく駅で友人達と喋っているカナリアだった。ケイトと同じ黒百合女学院の生徒で、授業中でも彼女は楽しげに友人達と喋っていた。

 その甲高い声と、口を開けばアクセサリーの話ばかりする彼女を、ケイトは密かに「害鳥」と呼び、嫌っていた。

 カナリアは後頭部から血を流し、全身にかすり傷を負っていた。特に後頭部の傷はひどく、何者かによって後ろから何度も殴られたようにしか見えなかった。

 また、カナリアは全身を黄色い羽根に覆われ、背中には大きな翼があった。爪は鳥のかぎ爪のように鋭利で硬く、足は痩せ細っている。まるで鳥のような体をしていた。

「……行方不明になっているとは聞いていたけど、まさかこんな姿になっていたとはね」

 ケイトは先程までとは打って変わり、冷たくカナリアを見下ろすと、彼女の腕から生えている羽根を引っ張った。

 羽根は完全に皮膚と癒着し、離れない。さらに強い力で引っ張ると、羽根の付け根から血がにじんだ。

「うっ」

 痛むのか、カナリアが意識を失ったまま、うめく。無意識のうちに身をよじり、ケイトから離れようとしたが、狭い個室に逃げ場はなかった。

「痛い? だけど私も同じように痛かったのよ? 駅や学校で騒ぐ貴方達の声を聞いて、鼓膜が裂けるかと思ったわ」

 痛がるカナリアを見て、ケイトは薄く微笑む。

 そしておもむろにパンツを脱ぐと、丸めてカナリアの口へ押し込み、胸元で結んでいたスカーフで上から縛った。

「これで誰かが来ても大丈夫。思う存分、貴方をいたぶることが出来るわ。いつものような煌びやかな姿だったら、もっと愉快だったんでしょうけど、今の貴方も十分素敵ね。本物のカナリアみたいで……なぶり甲斐があるわ!」

 ケイトはカナリアの腕に生えた羽根を握り、一気にむしりとった。黄色い羽毛と赤い血がほとばしり、床のタイルを汚す。

「ムーッ?!」

 その痛みでカナリアは覚醒し、目を見開いた。猿ぐつわされた口からは、くぐもった悲鳴しか発せられなかった。


「愛憎とは、紙一重ね」

 夜明け前、ケイトの頭上から声が降ってきた。

 見上げると、オリヴィエがドアの上に乗り、蠱惑的な笑みを浮かべてケイトを見下ろしていた。

「……私のこと、チクる気?」

 ケイトはカナリアの髪をつかんだまま、オリヴィエを睨む。

 いたぶられたカナリアはところどころ羽根を失い、額や鼻から血が出ていた。全身にアザができ、特に顔は無惨に赤く腫れていた。

「いいえ。でも、罰を受けてもらうわ。私の大事な大事なモルモットちゃんを傷つけてくれちゃった罰を。いくらその子が好きだからって、そんないたぶられちゃ、心が壊れちゃうわ」

「やれるものなら、やってみなさいよ! アンタもコイツと同じ目に遭わせてやるから!」

 ケイトはカナリアを便器へ放り、トイレのドアを開け放った。

 直後、オリヴィエがケイトの後頭部に向かってホウキを振り下ろした。

「がッ……!」

 ケイトはそのまま昏倒し、意識を失った。

 その間に、オリヴィエはトイレのドアから床へ降り立ち、ケイトの口へ黒い飴玉を含ませた。

「小鳥をいじめる悪い子には、美味しい美味しい飴玉をあげましょう。ただし、人としては死なせてあげないけれど」


 ケイトが目を覚ますと、線路に横たえられていた。縛られているのか、体が全く動かない。

 遠くから振動と共に、路面電車が近づいてくる。その音は人々の喧騒の比じゃないほどの騒音で、失神しそうになった。

(嫌だ! 誰か……誰か助けて!)

 声を発しようにも、声にならなかった。代わりに、

「アー、アー」

としゃがれた声が口から出た。


 その朝、ワイヤーで体を縛られた一羽のカラスが路面電車に轢かれ、死んだ。

 同日からケイトが行方をくらました。

 警察は「黒百合学院生徒連続失踪事件」の被害者と判断し、ケイトの部屋を捜索した。彼女の部屋には、望遠レンズで撮られたと思われる、膨大な量のカナリアの写真が残されていた。

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