第5章 魔女生誕フォークロア 第3話『階段』

 ホーリィが行方不明になって、一週間が経過した。未だに見つかっていないらしい。

 そのことはパラケルススの耳にも届いていたが、「私には関係ない」と自分に言い聞かせ、実験に没頭した。

 しかし、誰よりもホーリィに心酔していたヒルダ達は、パラケルススとは違っていた。


 昼休み、パラケルススが屋上で弁当を食べようと、外付けの螺旋階段に向かうと、ヒルダ達が屋上で言い争っているのが見えた。

 距離が遠くて、何を言っているのかよく聞こえない。

「……邪魔な奴らだな」

 パラケルススは三人を追い払おうと、螺旋階段を上った。

 ホーリィと仲良くしている彼女達を妬んでいるわけではない。むしろ彼女達のおかげで、ホーリィが自分に近づかなくなったので、感謝すらしている。

 にも関わらず、パラケルススは三人の姿を見ると、無性に苛立ってしまうのだった。


 螺旋階段の中間まで来たところで、ヒルダが怒声を上げた。

「ホーリィがいなくなったのは、アンタ達のせいよ! フランシスが持ってくる菓子は、甘ったるいだけでクソ不味いし、ヘレナはつまんないホラばっか吹くし! 私がどれだけフォローしてやったと思ってんの?! いい加減、学習しろよ!」

(……見つかったら面倒だな)

 パラケルススは三人に見つからないよう、その場で立ち止まり、息を殺す。

 普段は誰よりもお淑やかで、物静かなヒルダが、まるで人が変わったような汚い言葉遣いで、フランシスとヘレナを罵っていた。

 かなり衝撃的な現場だったが、フランシスとヘレナも黙ってはいなかった。

「だったら、ヒルダが持ってきたらいいじゃない! いっつも澄ました顔して、私達をこき使って! お菓子を作る材料費だって、全部私のお小遣いから出してるのよ?! 凝ったお菓子なんかは手間も時間もかかって、大変なんだから!」

「噂話を集めるのだって、そうよ! 毎日時間を見つけては、色んな生徒に聞いて回って! それをアンタはさも、自分が調べたかのように喋りやがってさ! 私がいなかったら、なんにも喋る話題がないくせに!」

 日頃から心に溜まっていた鬱憤を吐き出し、二人がかりでヒルダを責め立てる。

 ホーリィがいなくなるまでは、一緒に仲良くお昼を食べていた仲だったとは、とても思えなかった。

「何よ! そもそも、私がホーリィに話しかけたから、アンタ達だってホーリィとお近づきになれたんでしょうが! その恩を忘れたの?!」

「はァ? 先に話しかけたからって、偉そうにしないでくれる?!」

「そうよ! 私達はホーリィを気遣って、声をかけるタイミングを窺っていただけ! それをアンタが横取りしたんだ!」


 次の瞬間、フランシスがヒルダに螺旋階段の穴へ突き落とされた。途中、パラケルススと目が合ったが、自分の身に何が起こっているのか分からない様子だった。

 フランシスはそのまま悲鳴を上げることなく、真っ逆さまに落下し、地面に叩きつけられた。下を見ると、フランシスだった残骸が微動だもせず転がっていた。

(あれはもう、助からないな)

 パラケルススは冷静にフランシスの状態を確認し、判断した。

「フランシス! フランシス!」

 屋上のヘレナは、遠くてフランシスの状態がよく見えず、必死に彼女に呼びかける。ひどく動揺しているせいか、パラケルススの姿は眼中になかった。

「あはははっ! 死んだ、死んだ! ねぇ、どんな風に死んでるのぉ? うっかり、苺ジャムをぶち撒けた感じぃ? それとも、薄く叩き潰したタルトの生地? 熟れたあたまをつけたら、アンタの大好きな苺のタルトになるわね! 良かったじゃない、フランシス! ざまぁみろ!」

 一方、ヒルダはフランシスの死を確信し、嘲笑う。

 次いで、今度はヘレナに襲いかかり、彼女も螺旋階段の穴へ突き落とそうとした。

「アンタもデブの上に落ちて、ミルフィーユになっちゃいなさいよ! 仕上げに、アタシが唾を吐きかけてやるからさぁ!」

「うるさい! 触らないでよ、キチガイ女! お前こそ落ちろ!」

 ヘレナはなんとか踏みとどまり、ヒルダにつかみかかる。

 二人は互いに突き落とそうと揉み合っていたが、次第にヘレナが押され、後ずさった。

「あっ」

 次の瞬間、ヘレナは階段を踏み外し、後ろへ倒れていった。

 そのままヒルダ共々、全身を段差や手すりで打ちつけながら、階段を勢いよく転がり落ちてくる。

「やばっ」

 パラケルススは巻き込まれないよう、寸前で手すりの上に飛び乗り、やり過ごす。

 その後も二人は止まることなく、地面まで転がり落ちていった。階段を転がり落ちてきた勢いのまま、地面に叩きつけられる。

 ようやく止まった二人は全身がブルーベリー色に鬱血し、遊び倒された人形のように手足があらぬ方向へ折れ曲がっていた。打ちどころが悪かったらしく、二人とも既に息絶えていた。


「……何なんだ、急に。妙な連中だな」

 パラケルススは静かになった三人を訝しげに見下ろし、手すりから階段へ降り立った。

「ホーリィも、ホーリィだ。もう少しつるむ相手を選んで欲しいものだな」

(……じゃないと、心配になる)

 パラケルススは他の昼食場所を探しに、螺旋階段を立ち去った。

 しかし、惨劇は始まったばかりだった。

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