第5章 魔女生誕フォークロア 第2話『永遠』

 呪ってあげる。

 呪ってあげる。

 ハイネ(あなた)も、この学園に関わる女は、皆。

 私がに生き続ける限り、呪ってあげる。


 ホーリィがパラケルススと仲違いした後、彼女の周りにはパラケルススと入れ替わるように、三人の取り巻きがつくようになった。

「ご機嫌よう、ホーリィ。今日もいい天気ね」

「今日は美味しいクッキーを焼いてきたのよ。お昼に食べましょう」

「それよりご存知? また殺人芸術家の犠牲者が出たそうよ。怖いわねぇ」

 お淑やかなヒルダ、お菓子作りが趣味のフランシス、ゴシップ好きのヘレナ……三人が集まれば、途端にお茶会が始まり、噂話に花が咲く。

 最初はパラケルススを失った悲しみに打ちひしがれていたホーリィも、姦しい三人と過ごすうちに、徐々に孤独が癒されていった。


 ある昼下がり。いつものように庭でお茶会をしていると、ヘレナが「見て」と廊下を指差した。

 見ると、パラケルススが下級生の生徒と楽しげに話していた。ホーリィにもほとんど見せたことのない、満面の笑みを浮かべている。

「ハイネったら、今度は下級生と付き合うことにしたのね」

 パラケルススを見たヒルダとフランシスも、コソコソと囁く。

「この前は先輩とデートをしていたわ。これで十人目よ」

「しかもその先輩、殺人芸術家に殺されたんでしょう? ハイネと仲良くしてた子達って、みんな殺人芸術家に殺されてるわよね」

「もしかしたら、ハイネが殺人芸術家だったりして」

 三人はホーリィにも聞こえるよう意味深に囁き、彼女に視線を向ける。

 実は彼女達は以前からホーリィを崇拝し、パラケルススを妬んでいた。

 ホーリィがパラケルススから離れたのをいいことに近づいたものの、彼女と一緒に過ごすうちに、ホーリィの心はまだ、パラケルススの元にあると気づいてしまった。三人が楽しそうに話している横でぼーっと空を見ていたり、廊下でパラケルススとすれ違うたびに視線を向けていたりするのを見て、三人は悔しくて仕方なかった。

「何であんな不気味な子を気にかけるのかしら!」

「私達の方が、ずっとホーリィを楽しませられるのに!」

「ハイネなんか、殺人芸術家に殺されればいいのよ!」

 だから偶然、パラケルススと下級生が話しているのを見つけて、チャンスだと思った。

 二人が本当に付き合っているかなんて、知ったことではない。

 とにかく、ホーリィがパラケルススを嫌うように仕向けたかった。ただ、それだけで良かったのだ。

「……ハイネ」

 三人はホーリィを振り返った途端、ギョッとした。

 それまで天使のような笑顔を見せていたホーリィが、一切の表情を無くし、パラケルススを凝視していた。

 その瞳には強い憎悪が宿っており、まともに目を合わせれば魂を奪われそうなほど、おぞましかった。

「ほ……ホーリィ、どうしたの?」

「そ、そんな怖い顔しないで頂戴よ」

「ハイネのことは忘れましょう? ね?」

 三人がいくらなだめても、ホーリィはパラケルススから視線を外そうとしなかった。

 ゆっくりと立ち上がり、フラフラとした足取りでパラケルススの元へ近づいていく。その後ろ姿からは、強い殺気が感じられた。

 三人は彼女を止める力も勇気もなく、ただただ怯えて身を寄せ合っていた。


 ホーリィはパラケルススと下級生の元にたどり着くと、窓から「ハイネ」と声をかけた。以前のように声をかけたつもりだったが、何処か棘のあるように聞こえた。

 楽しそうに会話をしていた二人はホーリィを見て驚き、下級生の方に至っては「じゃあまた」と逃げるように去って行った。

「何の用? 君がそんな怖い顔をしているから、せっかくの標的が逃げちゃったじゃないか」

「標的?」

 幾分かホーリィの表情が和らぐ。恋人ではないと分かれば、それで良かった。

「じゃあ、恋人ではないのね? ただの標的でしかないのね?」

「……さぁ?」

 パラケルススはとぼけた様子で、首を傾げた。

「恋人になるかもしれないし、ならないかもしれない。私達は最近仲良くなったばかりだからね。私が気に入れば、付き合うことになるかもしれないな」

 無論、そんなつもりは毛頭ない。

 パラケルススはホーリィに付き纏われたくないばかりに、嘘をついていた。

 これでホーリィが諦めてくれれば、平和に済む。最悪、下級生がホーリィに殺されたとしても、素人であるホーリィではすぐに捕まるだろう。

 そう、パラケルススは高を括っていた……ホーリィの底知れぬ執着心に、気づかないまま。

「……そんなことさせないわ。ううん、あの女の子だけじゃない。誰もハイネの恋人になんかさせないわ。貴方は永遠に私のモノよ」

 そう言うと、ホーリィはパラケルススに背を向け、教会の方へ走り去っていった。


 ホーリィは以前、ヒルダ達から教会にまつわるある噂を聞いていた。

「あの教会には昔、魔女が監禁されていたの。信者には見えないよう、地下の隠し部屋に閉じ込めてね。魔女は死んで魂だけの状態になった今でも、閉じ込めた人間達を憎み、地下の隠し部屋に留まっているそうよ」

「だけど、魔女は悪いばかりじゃないそうなの。自分と同じように、誰かを憎んでいる人には、魔女の力を貸してくれるんですって」

「私も憎んでる相手は何人かいるけど、試すのは怖いわ。だってほら、魔女や悪魔との契約って、対価がつきものじゃない? 復讐を果たしても、命を取られたら意味ないじゃない」

 隠し部屋への行き方や、魔女の魂を呼び出す儀式のやり方は、図書室で調べてある。

 あとは実行するだけだった。

「ねぇ〜、もう一回」

「もう……しょうがないなぁ」

 教会に入ると、二人の女子生徒が隅でイチャついていた。一方の生徒がキスをねだり、もう一方の生徒が恥ずかしそうに応じる。

 二人はホーリィが入ってきても一切気に留める様子はなく、二人だけの世界にいた。

「……ズルい。私だって、本当はハイネとしたかった」

 ホーリィは恨めしそうに二人を睨む。

 本当は今すぐにでも殺したかったが、なんとか我慢した。

「今はせいぜい、楽しんでいることね。貴方達にも私と同じ苦しみを味わわせてあげる」

 ホーリィは祭壇の仕掛けを作動し、地下の暗闇へと消えていった。

 イチャついていた二人には、互いの姿しか見えていなかった。


 ホーリィが地下室に入ると、ひとりでに壁の燭台へ火が灯った。部屋は閑散としており、床には赤黒い血で魔法陣が書かれていた。

 ホーリィは作法通り、魔法陣の上へ横たわり、魔女の魂に呼びかけた。

「魔女様、魔女様。どうか私の願いを聞き届けて下さい。私に力を与えて下さい。その代償に、この身を貴方様に捧げます」

 すると、ホーリィの呼びかけに応じるように、目の前に真っ黒い火の玉が現れた。

「……よろしい。貴方の憎悪、怒り、願望、欲望……全て伝わりました。貴方には私の力を受け継ぐ資格がある。さぁ、存分に呪いなさい。相応の代償を対価に、力を与えましょう」

 黒い火の玉は女の人影へと形を変え、ホーリィに覆い被さる。これが地下室に今なお留まっているという、魔女の魂なのだろう。

「あぁ……ありがとうございます、魔女様。これでハイネを……この学院の生徒を呪えます」

 ホーリィは恍惚の表情を浮かべ、影にされるがまま全てを受け入れた。


 ホーリィは祈った。

 パラケルススが、永遠に自分以外の誰のモノにもならないように。

 そして、この学院にかよう生徒は、永遠に恋をしてはならないように。

 もし恋をすれば、気が狂い、愛した人も、それを奪おうとする人も、殺したくなるように……。

「ハイネは誰にも渡さない。この学院で幸せになるのは、私達だけでいい」


 ホーリィの祈り……もとい呪いは、地上にある学院まで届き、生徒達に干渉した。

 恨みが恨みを呼ぶ、永遠に止まらない死の連鎖が幕を開ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る